213話 聖英信団との邂逅
何かゴミのような何かを見る目で、フロルが冷ややかに見下ろす。
もしかするとゴミの方が、まだマシかもしれない……。
そんなフロルと、やはり静かにキレていそうなアンセに、セレスの方が困惑の表情を隠せない。
「そ、そう言ってやるなよ……魔素の減少って俺らが思うより、ずっと人間種への影響がデカイんだ……」
「流石大精霊ですこと、お優しいのね?」
「フロル、落ち着いて」
「あら、お兄様こそキレていらっしゃるじゃないですか」
「………」
精霊たちのやり取りに、苦笑するしかなかったエリィだが、地面に転がされたままの蓑虫から漏れる呟きを拾ってしまった。
「……せ、い……れ…い…?」
エリィが顔を向ければ、アンセがこれ見よがしな溜息を一つ吐いた後、目元のぐるぐるも緩めた。
転がったままの姿勢ながら、襲撃者であるエルフがその目を精霊達に向ける。
「嘘…ありえないわよぉ~……だってただの子供にしか……だ、けど…」
顔を上げた拍子に緩んだぐるぐる……大地から伸びた弦の様な物が解け、襲撃者の顔が露わになった。
ハニーブロンドの柔らかくうねる髪を後ろで一つに纏めていたようだが、蔓に巻き取られたときに解れたのだろう、額や頬に一部張り付いていて、灰緑色の瞳は驚愕と困惑に彩られ、大きく見開かれている。
そう、聖英信団 信官吏長パトリシア、その人だ。
彼女の視線を辿れば精霊達、中でもセレスに向けられた後、フロルとアンセに向けられた。
「う、そよ……でも、だったら何であの子……薄っすら光って…る? それに……有り得ない…羽が、ある?」
ぶんぶんと音が聞こえそうな程、地面に転がされたままのパトリシアは大きく頭を振った。
部下である信官吏ツィリーネに、あれほど口を酸っぱく言い聞かされたパトリシアだったが、どうしても欲求を押さえることが出来なかった。
パトリシア母娘の恩人ジャダナイファが病に伏してから作り始めた、各地の忘れ去られた信仰の場を利用し、そこの信仰を大事にしながらも仲間の旅の安全の無事を願う場所。そのうちその場は連絡手段の一つとして機能し、裏の顔も持ち始めた。
ジャダナイファが何処まで想定して作り上げた場だったのか、今となっては誰も知る由もないが…。彼の死後、パトリシアの母であるバルナーラが引継ぎ、現在の聖英信団の形は成って行った。
そしてバルナーラが、今は亡き故郷に一度戻りたいと旅立ったのを契機に、娘であるパトリシアが信官吏長の地位を引き継いだのだ。
パトリシアにとって恩人で、父とも慕うジャダナイファと、母のこれまでの結晶である信団は、何物にも代えがたいほど大事なのだ。だから如何に『ハッファの光軌』の恩人と聞かされても、亡きジャダナイファの遺品を受け継ぐと認められた者だとしても、自分の目で確かめずにはいられなかった。
その結果、こうして拘束され地面に転がされていては、情けないにも程があるが。
そんな彼女だったが、流れるエルフの血は伊達ではないのか、アンセとフロルの背に羽が……いや、翅と記したほうが良いか、それが見えているようだ。
「へぇ、曲がりなりにもエルフと言う事?」
「だとしても、言い訳にもなりませんわ」
「アンセ…フロルも、頼むよ……あんまり人間種を、その、だな…」
精霊達に任せていたら、何時まで経っても話が進まないと判断したエリィが口を開く。
フィルが居たら不味かったかもしれないが、目の前の3名ならエリィが話し始めれば、大人しくしてくれるはずだ。
「それで、まずは名前を聞かせて貰っても良いかしら?」
ようやっとエリィの存在を思い出したのか、パトリシアが顔をバッと向けた。
「あ……あた、し……あたしはパトリシア」
「そう。そのパトリシアさんとは面識がない様に思うんだけど、何故襲撃されなければならなかったのかしら? 私、何かした?」
完全に一方的な事情で襲撃しただけに、パトリシアは返事に窮する。
しかしその後沈黙が続き、誤魔化しも何も許されない空気を感じ取って、パトリシアはその目線と地面に落とした。
「さ…先に謝ります、ごめんなさい。
その…ハッファの光軌の恩人だというエリィ様っていうのを、自分でも確かめたくて…」
蛇に睨まれた蛙とは、正にこの事かもしれない。
最早いつもの間延びした口調は、どこかへ吹っ飛んでいた。
「そう、確認が襲撃というのは、些か乱暴だと思うのだけど、どうかしら?」
「………ぁ、その……」
もう何をどう返して良いのか、珍しく頭が真っ白になっているパトリシアの様子に、焦れたフロルが声を出した。
「エリィ様のお手を煩わせるような価値はございませんわ。私が後はやっておきますわ」
冷え切ったフロルの声は『やっておく』が『殺っておく』に脳内変換されてしまう程だ。
当然、当のパトリシアにもそう聞こえたのだろう。真っ青な顔でブルリと身体を震わせている。
「フロル、ありがとう。だけど、もう少し話を聞きたいから、少し待って、ね?」
エリィの言葉に否やを訴える事はしないフロルは、桜色の艶やかな唇を少しだけ不満気に突き出したが、すぐに頷いた。
「それで、どうなの?」
どうやら許されないらしい。
それはそうだろう。見も知らぬ相手から、一方的な考えで命の危険に晒された挙句、『ごめんなさい』の一言で済ます馬鹿な被害者が、どこに居ると言うのだ。
「済みません……本当に申し訳ございません、もう、しませんので許してください!」
最後の方は涙声になっているが、そんな状態になるなら最初からやらなければ良いだけなのだ。
そんなパトリシアに、今度はアンセが口を開いた。
「言葉だけの謝罪に何の意味があると?
僕は人間種の言葉等に、何の価値も見いだせません。
平気で噓を吐き、騙す事に躊躇いも感じないような存在でしょう?
『仕方なかったんだ』『どうしようもなかったんだ』と自己弁護しながら、自分以外に、いとも簡単に手を上げるのでしょう?
だったら精々自分の行いを呪いながら、さっさと死にましょう? その方が貴重な魔素が無駄に消費されずに済みます」
「アンセ!!」
セレスが弾かれたようにアンセの方を向いて、驚愕に掠れた声をあげた。
実際、自分に危険はない、自分なら大丈夫と言う、変な自信に奢ったパトリシアの自業自得である。200年以上生きてはきたが、あらゆる意味で危険な目に遭ったことのないお嬢様だったのだ。
とは言え『鼻持ちならない、傲慢が過ぎたお嬢様』であるのは確かだが、エリィとしては別に命まで取ろうとは思っていない。
『もう、しません』と言う言葉を引き出せたので、それで矛を引くのに吝かではなかったのだが、アンセとフロルにとっては許し難かったようだ。
しかしこのまま放置すれば、アンセもフロルも本気でパトリシアを八つ裂きにでもしてしまいそうだったので、仕方なく口を挟む。
「まぁ、こうして一度痛い目にはあって貰ったわけだし、命まで取るより、今後役に立ってくれる方が良いと思うのだけど、どうかしら?」
「そ、そうだよな! エリィ様のお役に立て! それがいい!!」
エリィからの助け舟(本当に?)に、セレスがこれ幸いと便乗する。
アンセとフロル以外の二人は、自分を殺そうとしていないと気付いて、少しほっとしたのか涙が浮かぶ。しかしそれをグッと堪え、パトリシアはコクリと大きく頷いた。
「はい、あたしパトリシアと聖英信団は、今後貴方様にお仕えすることを誓います」
神妙に誓う彼女だったが、その内心はいろんな感情が吹き荒れていた。
自身の未熟さ、考えの足りなさ、他にも色々。
戦闘にしたって自分の方が何故か上だと、謎の自信を持っていた。相手の事を呼び名と外見的特徴以外、ほぼ何も知らないくせに…。
第一に『ハッファの光軌』が認めた相手を試そうなど、思い上がらなければよかったのだ……どのみち自分含め聖英信団は『竜の碧石』に選ばれた相手には膝を折るのだから。
『ハッファの光軌』から渡された『竜の碧石』と呼ばれる魔石を使った指輪なのだが、実は不思議なことがある。
これまでも何度か『恩人』に渡され、一座から離れようとした事があったのだが、いつの間にか座長の…『ハッファの光軌』の元に戻っていたのだ。意志でもあるのか、魔石自身が是としない限り動かないのだろう。それが今回は『旅立った』のだ。
つまり今回の恩人『エリィ』は『竜の碧石』に選ばれたという事に他ならない。
しかし、実はこの時、エリィは別の事で固まっていた。
(聖英信団ですと……!?)
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)




