207話 華の裏側
なんちゃって抗生物質を作り終え、ほくほくと満足気に異空地を後にするエリィの背を見送り、それぞれ思い思いの場所や作業に戻って行く。
そんな中、フロリセリーナは自身そっくりの兄であるアンセクティールの隣に並び、小さな声で問いかける。
「お兄様、エリィ様は人間種をどうお考えだと思われます?」
問いかけの意図がわからず微かに首を傾けるが、アンセはふむと少し考え込んでから答えた。
「どうだろうね…それはエリィ様にお訊ねするしかわからないと思うけど、どうしてそんな事を?」
「これから向かうのは、人間種の成す『国』とか言う集団の中心なのでしょう?」
「そうだね。海に面した場所でゴルドラーデンと言うんだったかな。その都に今は向かっているね」
「……その国とやらには身分の違いと言うものがあると聞いていますわ……ですから、わたくし、気に入りませんの」
少々不機嫌な表情で零すフロルの言葉に、あぁと合点が言ったようにアンセは微笑んだ。
「エリィ様が膝をつかされるかもしれないのが気に入らない?」
「当然ですわ! エリィ様は我らの主、この世界にとってなくてはならぬ御方。それだけでも敬われてしかるべき御方なのです。
それを人間種如きが何を血迷ったかあの愚行……到底許せるわけございませんわ!
そんな人間種に膝を折るなど、許せるはずがないではありませんか……やっと、やっとお戻りいただけたのに……。
この世界に瘴気が溢れバランスが崩れたのも、元はと言えば人間種のせいではありませんか…そのせいでわたくし達も住いを追われましたわ……」
黙っていれば儚げながら咲き誇る花の様な美少女だが、なかなかどうして、フロルは苛烈な部分がある。それを知っているアンセは次に飛び出す言葉を想像して苦笑が先に浮かんでしまった。
「ですので考えましたの。エリィ様より先んじ、人間種どもに我らが力を見せつけておきません事?
そうすれば、人間種如きがエリィ様を押さえつけようなどと、不遜な考えは捨てさせる事ができるのではないかと」
アンセ自身も、この世界を支配していると錯覚している、傲岸不遜な人間種を好ましいとは決して思っていないし、それどころかはっきりと嫌っている。
今ここに居る精霊で人間種に比較的好意的なのは、予想に反するかもしれないが、実は風の大精霊であるセレスだ。
セレスに限らず『大精霊』と称される、属性力が比較的強い者達は、人間種と積極的に関わりたいと思っているわけではないが、他に比べれば嫌悪感は薄い。
人間種に恐れられるだけでなく、崇拝の念も向けられることが多かったせいか、多かれ少なかれそんな傾向があるのだ。
とはいえフロルやアンセが人間種を嫌うのは否定しないし、反対に当然だと大精霊達だって思っている。だが遥か古に崇める双神から託された願いによって、心底嫌う事はできないのだ。
―――この世界に生きる命達に、その力を貸してやってはくれまいか?
―――そっと陰から力を添えるだけ、ほんの少しで良い。
―――そして恐らくだが最も愚かな人間種らには少しだけ、他の命よりもほんの少しだけ多めに気を向けてやってはくれまいか?
―――自分達も気に掛けはするが、頼めないだろうか…?
控えめに、そっと伺うように託された願いを、大精霊達はずっと記憶しているのだ。
最もそれも、遥か遠い時間に行われた人間種の愚行で、粉々に砕け散ったが、それでも双神に直接託された彼らは、迷い苦しみながらも人間種を見捨てることが出来ないまま今に至っている。
「そうだね。セレスにも声をかけてみよう。彼が何と言うかはわからないが、除け者にしては可哀想だろう?」
「セレスに? セレスもそうですけど大精霊達は、わたくしたちが人間種に手を貸すのはやめようとどれほど言っても、その首を縦に振らなかったではありませんか…」
「彼らと僕らに差はない。だけど属性の力に偏った、精霊の中でも力の弱かった彼らに役目を与え、誇りを取り戻させたのは双神様と人間種であることも事実だ。
フロルもそれはわかっているだろう?」
「……それは…わかっておりますわ。
彼らは馬鹿なのですわ。勝手に自分達が劣っているとか思い込んで閉じこもって……わたくしたちの間に差などありませんのにね…」
「それにエリィ様も、記憶はまだ完全には戻っていらっしゃらないようだけど、忌避しながらも人間種を門前払いにはしていらっしゃらない。
僕達精霊も、分岐点なのかもしれないよ? それにほら、セレスを守ろうとしてくれた人間種も居たじゃないか」
「セレスが居なかったらあのようなゴミ等、瘴気に食わせていましたわ!」
ふふっと微笑みを深くし、アンセがフロルの頭を撫でる。
「だからさ。僕達も見極めなくては……そうだろう?」
「……わかりましたわ。じゃあ早速外へ出ましょう! セレスの事ですから、きっとエリィ様にくっついて移動しているはずですわ」
「待って待って。フロル少し落ち着こうか? フィルも除け者にはできないよ? 同じ精霊なんだから」
「あぁ、そうですわね! じゃあまずはフィルの所へ行きましょう!」
フロルとアンセが騒がしくフィルの方へ向かうのを、薬草の世話をしていたムゥが『?マーク』を飛ばしながらきょとんと見送っていた。
広い室内は薄いピンクに支配されており、置かれた調度品はどれもこれもが金色で目に煩い。
そんな室内に、置かれたストロベリーレッドのソファで寛ぐ女性が1人。
ゴルドラーデン第1王女カレリネである。
暇なのか朝食を終えて間もなく、お茶と茶菓子を所望した。静かに準備をするメイドらをぼんやりと眺めているうちに、何か思い立ったようだ。
「そこの…ゲネミーサを呼んできて頂戴」
丁度ワゴンを押して部屋から出ようとしていたメイドに、カレリネが命じ、更に下がれと手を一振りする、
無言で頭を下げて了承の意を示し、直ぐに退出してから少しして、カレリネの母親と言っても問題ない年齢の女性が、静かに部屋に入ってきた。
「カレリネ様、お呼びと聞いて参りました」
「商人を呼んで頂戴。気晴らしがしたいわ。そうね…あぁ、イエヤンス商会が良いわ」
「畏まりました」
ゲネミーサと呼ばれた女性が恭しく礼をして退室すると、カレリネは菓子に手を伸ばす。
「久しぶりの夜会だと言うのに、何だってテレッサまで来るのよ……」
手にした菓子を口に運び、忌々し気に眉根を寄せる。
「どこまでも邪魔な女…伯父様にあんなにお願いしてるのに、いつまでたってものうのうと……」
怒りがふつふつと湧きだし、どうにも収まらない。
ヒステリックに菓子の乗った皿を手に取って床に投げつけ、カップも何もかも薙ぎ落とした。
盛大に陶器の割れる音に、隣室で控えていたメイドたちがやってくる。
メイドたちが黙々と片付けるのを目を眇めて見ていたカレリネだったが、一人のメイドに目を止めて、声をかけた。
「お前、床に這いつくばりなさい。そんな醜い顔をワタクシの前に晒すなんて、万死に値するわ」
言われたメイドはビクリと全身を震わせ固まる。
言われなかったメイドたちも思わず手を止め、固唾を飲んで同僚に気遣わしげな顔を向ける。
確かに彼女の顔にはそばかすが多く、骨ばった輪郭も相まってあまり美人とは言えないが、愛嬌のある顔立ちではある。
しかし機嫌の悪いカレリネにとって目障りで仕方なかった。
「何をぼんやりしているの!? さっさと散らばった破片を、その身で拭き取るのよ!」
カレリネはヒステリックに叫び、近くに会った自分の扇をギリリと握りしめた。
最初、這いつくばるも何も、どのみち屈まなければ片付けられないのにと、困惑していたメイドたちだったが、その意味を理解した途端、そばかすのメイド以外の全員が思わず後退ってしまった。
「……ぉ、ぉ許し、を……」
掠れる声でカレリネの前で土下座するメイドに、片眉を跳ね上げてカレリネがゆらりと立ち上がる。
理不尽な命令に許しを請うのも当然だ。未だ大小の破片が散らばる床を、自分を掃除用具にして片付けろと言っているのだ。そんな事をすれば全身傷だらけになってしまうだろう。
「誰が声を出して良いと言ったのかしら。顔が醜いと発する声も醜いのね。そんな汚らしい音を出すものではないわ」
そう言うが早いか、握りしめていた扇を振り被り、そのまま勢いよく土下座するメイドの背を打ち据えた。
「うっく……」
「汚い音を出すなと言ってるでしょう!!」
打ち据えられるメイドを誰も助けることが出来ないまま、聞くに堪えない音と血臭が室内に満ちる。
誰も第1王女に逆らうことが出来ないのだ。そうこうしていると商人の手配に退室していた侍女が戻ってきた。
「まぁ、カレリネ様、そのような事をしては貴女様の美しい玉手が傷ついてしまいますわ。ささ、別の部屋へ参りましょう、すぐにイガーカリも参ります」
近づいてきたゲネミーサは、打ち据えられ、床に傷だらけで這うメイドを無感情に一瞥するが、すぐに顔をカレリネへ向ける。
そんなゲネミーサの声に、カレリネはパッと表情を一変させ、華やいだ笑みを浮かべる。
「まぁ! イガーカリが? そう、今日は商会長が来ていたのね」
「はい」
柔らかな笑顔でカレリネの顔にまで飛び散った血を、ゲネミーサは丁寧にハンカチで拭き取ってやる。
「でも先にお着替えを致しませんと。カレリネ姫様の美しさは損なわれる事はございませんが、商人とは言えやはり…」
「そうね。わかったわ」
血を流し床に蹲ったままのメイドには、最早何の興味もないのか、ゲネミーサはカレリネを着替えさせるために別室に案内して出て行った。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)