205話 宴の後
昼日中の宴会で、酒はないが座員秘蔵の果物や、その果実水、彼らの故郷バルモアナの伝統料理なんかをふんだんに振る舞われた。
中でも彼らの舞は素晴らしかった。
艶舞と称されるヤーザシャ氏族の舞の名手がケラシャなのだそうだ。
スマフル氏族伝統舞踊の剣舞の方はムルメーシャにその席を譲っているらしいが、この一座の花形はやはり艶舞の方だと言う。
そんな事情もあってニモシャと言う娘が生まれたにもかかわらず、ヌジャル、ケラシャ夫婦は一座から離れられずにいるようだ。
そんな裏話や愚痴、これは聞いていいのかと思わず周囲を確認してしまうような情報を聞きながら宴は進行していった。
そんな中、念話が届いた。
【エリィ、見つけたで】
【あら、お疲れ。ちょっと手間取ったようだけど……】
【それなんやけど、隠蔽の魔具使っとりよんねん。それでちーっとばっか遅うなってしもうた】
【なるほど】
【それで、どないする? 留まっとるんは1人みたいやから、スーらも居るし、どないにでもできるけど】
【そうね、そのままスー達はそいつの尾行と監視をお願いするとして、アレクは戻ってきていいわよ】
【了解や】
さて、どうしたものか…。
アレクの言う通り、隠れて観察してるのが1人だけと言うなら制圧は容易い。しかしそうしてしまえば他の輩が警戒を強めてしまうだろう。
なら無事感染が広がった幻影でも見せておくというのが良いかもしれない。
監視に残って貰ったスーを経由して、認識誤認の魔法を飛ばす。
まぁ座員達がバタバタと倒れる幻影でも見せれば、直ぐにでもここから離れて本体に合流するだろう。
彼らとて悪気は恐ろしいはずだから。
(それにしてもナジャデール王国ねぇ。
パッタル達も呼ばれることがあるらしいが、上客ではなく避けたい相手のようだし、盗賊国家とか周囲から言われるって……何とも前世の某国々を彷彿とさせてくれるわ。
まぁ、今有用でなくとも今後活きてくるかもしれないし、スーには頑張って貰いましょ)
パネルを呼び出し命令を書き換えて、再び意識を宴に戻した。
しかして夜が明けた………。
あの後も宴は続き、陽が落ちてからはとうとう酒まで出されるようになった。
見た目と違い、エリィは子供と言う訳ではないと告げていたせいか、酒も勧められたが、一杯だけ頂いて、それに衝撃を受けてからは丁重に辞する。
アルコール度数が高いのはわかる。だが決定的に美味しくないのだ。
前世《藤御堂絵里》時代はザルでお酒はかなり好きだったのだが、そこはそれ日本人、美味しくないと手が伸びない。
度数が高いだけの物は酒と言いたくない、いや、もちろん酒の一種であることは承知しているが、そうではないのだ。
『美味しい』と感じられる、そこがエリィにとっては重要なのである。
エリィは大人しく果実水に戻り、無言で決意する。
―――美味しいお酒を造ろうと。
日本には法律があって、勝手にお酒を造る事は制限されていた。
販売禁止や度数の下限等、まぁ色々と細かい制限があったわけだが、ここは異世界、そう異世界なのだ。
それに売ったりする気も別にない。自分で楽しむだけなのだから問題はないはずである。
座員秘蔵の珍しい果物の種も先程手に入れたし、なんちゃって抗生物質作成にあたり実験室もどきも作った。ならばその一角で酒造りをしたとして、誰に文句を言われる筋合いはない。
まぁそんな話はさて置き、宴の主賓であるエリィが『おやすみなさい』と席を離れても、飲めや歌えの宴は夜明けまで続き、エリィを始めとして先に休んでいた年若い…というか、幼い座員達が現在進行形で片づけをしているところだ。
空いた酒壷を集めていると後ろから声をかけられる。
「あの……」
手を止めて振り返れば、昨日泣いていたクヌマシャと呼ばれた少女が、湯気の立つ器と匙をもって立っていた。
何か言おうとして、だけど躊躇ってを何度も繰り返す彼女に、エリィが首を傾げると、意を決したのか器と匙を差し出してくる。
「これ! その………ニモちゃんに…」
見知らぬ他人から貰った菓子を、強引にニモシャに食べさせて共犯にしようとしたのは彼女で、彼女の居たたまれなさやバツの悪さをエリィが肩代わりしなければならない理由はない。
「私が何故?」
淡々と問い返せば、ふるっと一度大きく震えてクヌマシャが俯いてしまった。
「……だって、エリィ様の方がきっといい。あたし……ニモちゃんに…」
「『ニモちゃんに…』何?」
「!」
痛みを耐えるかのように唇をぎゅっと引き結ぶクヌマシャに、更にエリィは続ける。
「私を間に挟んでどうするの?」
クヌマシャとニモシャの問題で、エリィは全く、欠片も関係がない。
小さな子供にそんな厳しい事を言わずとも、等という意見もあるかもしれないが、エリィはそう考えないと言うだけだ。
とは言っても最終的にどうするか選ぶのはクヌマシャで、エリィは自分の考えを話はしても押し付ける気は毛頭ない。
そんな気はないのだが、少し気になってしまった。
「それともあの子が嫌いだから酷い事したの?」
「!」
ビクリと震えたまま沈黙するクヌマシャに、返答を促すように首を傾けた。
「ち、違う……あたし、ニモちゃんを嫌ってなんか……」
下唇をギュッと噛んで、零れ落ちそうになる涙を必死に耐えているが、根気よく沈黙に付き合っていると、ややあってからぽつりぽつりと話し出した。
この一座の子供たちはニモシャ以外の全員が、捨て子や奴隷上がりなのだと言う。『ハッファの光軌』は、その中でも酷い状況の子らを各地で見つけては、拾い上げているのだそうだ。
皆が並んで親ナシだが、ニモシャにだけは両親が揃っている。しかもまだ幼く誰にでも甘えるのだと言う。
そんな彼女を可愛いとも思うし、羨ましい妬ましいと言う気持ちもどこかにあるようだ。
クヌマシャ自身もまだ10歳になっていない少女で、そんな自分のドロドロした感情を持て余しているらしく、たどたどしく話してくれるが、要約すればそういう事だろう。
もしかしたら先だって聞いた話が繋がるのかもしれない。
ヌジャル、ケラシャ夫婦は恐らくだが子が出来た時点で、一座から離れるはずだったのではないだろうか。
それはこうした感情を持ってしまう子供もいるからだと思われる。
しかし、一座の次の担い手が育っておらず、離れるに離れられないという事情があった……もしそれで間違っていないなら、皆がある意味被害者だろう。
それに、実際には大人達からの扱いに差がなかったとしても、差を自身で見つけて思い込んでしまうというのは珍しい話ではない。
難しい問題だが、クヌマシャ自身悪い事をしたと思っており、自分の中の感情にも気づいているようだ。
ならばやはり、彼女自身がニモシャに謝ったほうが良いとエリィは考える。
勿論許すか許さないかは、実際に被害を被ったニモシャが決める事で、謝ったから終わりとはならないが、まずそこを始めなければ話にならない。
「そっか、羨ましいって感情持っちゃったんだね。
だけど、ニモシャさんともう話すのも嫌?」
「ううん、そんな事ない…ニモちゃんね、可愛いんだよ。お花とか見つけるとくれるんだ」
「そう、じゃあやっぱり『ごめんなさい』を直接伝えた方が良いと、私は思う」
「………」
「謝ったからと言ってニモシャさんが許してくれるかどうかはわからないし、仮に許してくれなくても、それは受け入れないといけないと私は思うけど。
だけど貴女が何も行動しなかったら、ニモシャさんも許すと言う選択肢選べないかもしれないんじゃないかしら?
まぁあくまで私はそう思うと言うだけで、選択権は貴女にある。
自分にとって、そしてニモシャさんにとって良いと思える選択が出来る事を、私は願うだけよ」
こんなのは自分のキャラじゃないんだけどなぁと、無言でぼやいてしまうが、面倒厄介は御免被ると言っても、何も諍いを起こしてほしい訳でも何でもない。
単に波風の立たない平穏を愛してやまないだけだ。
「許してくれるかな……」
「それはわからないわね。だけど許してくれないからと言って謝らないのは違うのではない? 貴方はどう思う?」
ゆっくりと顔を上げてから、クヌマシャがしっかりと頷く。
「あたし、謝って来る」
そう言うが早いか、クヌマシャはすっかり湯気のなくなった器と匙をもって、ニモシャが休んでいるテントへ駆けて行った。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)