203話 あらゆるモノを拾い集める者
「やだ、何それ、つまり嫌がらせでニモシャはあんな目に遭ったって言うのかい…」
ケラシャの怒りを抑えたような低い声に全員の視線が集まる。それに気づいたのかケラシャがハッと顔を上げた。
「え…何?」
まぁそう言う側面もあったかもしれない。しかし……ケラシャ以外の全員の気持ちは同じだろう…『そうじゃない』
「それならバルモアナの民の振りをする必要はないと思うんです。
皆さんが見て服装は違和感なく同郷と判断してしまえたんですよね?」
エリィが何となく緩んだ空気に再び緊張を強いる。
「そうだね、あたしも言葉を聞かなきゃバルモアナの民だって判断したと思う」
自身の指い軽く歯を立てて、忌々し気に舌打ちしているムルメーシャが、エリィの問いに応える。
「つまりエリィ様は単なる嫌がらせではないとおっしゃりたい?」
パッタルの問いにエリィが口をへの字に曲げていたが、ふと何か思いついたのかムルメーシャの方へ顔を向けた。
「ムルメーシャさん、その御菓子を貰ったという本人は、ニモシャさんにお菓子を食べさせた時の事、何か言ってました? 例えばくれた人の反応とか」
「渡してきた奴のって事? ん~……あぁ、そう言えばくれた奴が笑ってたって言ってたね。だけどその笑いが気持ち悪くて、余計に怖くて言えなかったって」
ムルメーシャの言葉にエリィが考え込む。
(最初に渡したクヌマシャと言う少女が食べずに、他の女の子に上げたのに笑ってた…まぁ普通に考えれば微笑ましく見てたのかと思う所だけど、気持ち悪い笑みとなると……最初から汚染された食べ物だと知ってて、そして標的は誰でも良かったって所か…まぁ大人よりは子供が望ましかったのかもしれない。
大人より子供の方が体力も乏しく、大事になりやすい。
ふむ……汚染された食べ物の検証か? だったらまだ近くにいるかもしれないな)
脳内会議で出した結論に従って、エリィは中空にパネルを呼び出す。
余人がどれほど居た所で、見えていないのなら何も問題はない。
掌握:スフィカ{398}
デル・ファナン・セピトナ{398}
命令:掌握主とその眷属は襲撃不可(永劫継続)
有用な動植物の探索{398}:探索継続中(対象への攻撃不可)
要望:待遇現状維持
命令を変更しようとして気が付いた。いつの間にか個体数が増えている。確か以前は387匹だったはずだ。
あの巨大な魔物蜂が増えたのかと、一瞬遠い目をしてしまう。
が、直ぐに気を取り直し命令を書き換える。
掌握:スフィカ{398}
デル・ファナン・セピトナ{398}
命令:掌握主とその眷属は襲撃不可(永劫継続)
周辺の怪しい人間種の探索、報告、監視{398}:探索開始(対象への攻撃不可)
要望:待遇現状維持
これで何か見つければすぐ報告が上がってくるだろう。
そしてついぞ忘れていたが、アレクもその辺を売ろつ置ているはずなので、さくっと念話でお願いしておく。
ふと顔を上げれば何故か全員の顔がエリィに向けられていて、軽く仰け反った。
「はい? ぁの、何か…」
ホッとしたように詰めていた息を吐きだし微笑むパッタルに、同調するかのように全員がぎこちなく笑う。
「いえ、エリィ様がピクリとも動かなくなられたので、つい」
なるほど、命令変更などをしていたせいかと腑に落ちた。
「あぁ、すみません、少し考えてただけです」
先だって色々な話を取り留めなく聞いていたが、その中にざっくりとだが国の位置関係やそれぞれの印象なんかの話も聞かせてもらえた。
それによると、『ハッファの光軌』の故郷ともいうべきバルモアナ氏長国は、その名が示す通り、それぞれの氏族の長が集まって国をなしている連合国なのだそうだ。そして褐色の肌に濃い髪色や瞳を持つ者が多い。なんというか紫外線の多い地域なのだろう。
そして御多分に漏れずこの世界でも人種差別はあるようだ。
『ハッファの光軌』等の名の通った一座は請われて行く事も多く、表立って暴言や暴力は振るわれないが、やはり影では忌避される事もあるのだと言う。
東の大陸と交易をしていて、前世で言うところのアジア圏に近い容貌の者達を相手にしているゴルドラーデン王国やノークヴェーン王国、陸路の交易の盛んなケクターナト王国まだマシな方で、ナジャデール王国は『ナジャデールに非ずば人に非ず』と言って憚らない国だと言うのだ。
そんな国の者が見下しているバルモアナの民に扮する。
実際にエリィはあった事はないが、誇りだけ山のように高いという印象を受けるナジャデール人が好んでそんな扮装をするとは思えない。
(つまり、悪気騒ぎを起こして、それをハッファの光軌……というかバルモアナに擦り付ける算段?
何だかさらに面倒と厄介が待ち伏せしてそうな嫌な予感がするわね……杞憂だと良いんだけど
まぁ何にせよ、今この時点でハッファの光軌に何か手出ししてくる可能性は低いかな…どこかで観察はしてると思うけど、兵士達が来た時にも静観してた訳だし。
まぁ手出ししてきたら反撃すれば良いかしらね)
等とあれこれ考えるが、全てはただの可能性で、今気を揉んでも仕方ない。
そう思ってエリィは口角を上げる。
その表情にパッタルもホッホと、何とも気の抜ける笑いを零した。
「では、そろそろ外へ出ましょうか」
パッタルの言葉に全員が頷き、テントから出るとそれぞれ何か持ち場があるのだろう、テント前にエリィはパッタルと残された。
「エリィ様」
暫くして、パッタルの何やら改まった呼びかけに振り向いて見上げると、そのままパッタルが傍で腰を落とした。
「聞くべきか迷いました。ですが座長としては聞いておくべきだろうと思うのです。
エリィ様は明言なさいませんでしたが、ニモシャは悪気だったのですよね?」
エリィも見上げたままスンと表情を消し去る。
「沈黙は肯定でございましょう。
本当にありがとうございました」
明言は避けたが、やはりというか、座長は察していたようだ。とはいえ思いの他…いや、それ以上になんちゃって抗生物質の効き目や体力回復ポーションの効果が高かっただけだ。
前世ではあんなに短時間で感染力が無くなる事もないし、回復にも時間がかかるものだ。心底異世界様々である。
「ニモシャが頂いた薬が何かなど追及は致しません。
ですが、どうしても再度の御礼とお伝えしたい事がございました」
パッタルはエリィが持っている黒い小箱に視線を移した。
「それは我ら『ハッファの光軌』の気持ち、そして恩人の証。
それに嘘偽りはございません。
ですが、それだけではございません。その指輪はバルモアナの民、そして聖英信団の心にございます。
貴方様なら悪いようにはなさいませんでしょう、どうぞ如何様にもお使いください」
にこやかに告げられた言葉に、エリィの顔が引き攣った。
(ばるもあな、の……せいえいしんだんの、心ぉ……ぉぉぉお?)
固まるエリィに気づいていないのか、パッタルなにこやかなまま説明を続ける。
「我らは流れ流れてあちらこちらで拾い上げる者。それは孤児達だけでなく情報等あらゆるモノを拾い集めるのです。そして聖英信団も貴方様の意向を尊重します。
何なりとお命じ下さい。
ホッホ、まぁあらゆるモノを拾い集める事を信条にしている我らが、知りえなかった薬を手にしていらっしゃるエリィ様には、無用の長物かも知れませぬがな」
(――ぁ、うん、異世界あるあるだね…ぅん、いつの間にかとんでもない人脈に恵まれたりするのって、ほんとファンタジーだよね!
というか、話が大きくなり過ぎで実感わかないし、ファンタジーでしかあり得ないよね! そんでもって『せいえいしんだん』って何!?)
引き攣った表情のまま、エリィはそんな事を脳内で叫んでいた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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とてもとても嬉しいです。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)




