202話 記憶が埋もれる前に
「それでは改めまして…」
コホンとワザとらしくパッタルが咳ばらいをすると、それを合図としたようにケラシャ、ヌジャルも姿勢を正し、シンクロするように深く頭を下げた。
「エリィ様、末永く宜しくお願い申し上げます」
思わず誰か嫁入りでもするのかと遠い目をしながら考えたとしても、エリィは悪くないはずだ。
「宴の準備も、皆楽しそうにやっておりますので、もう少しお待ちを」
宴も要らないし、何ならこのままトンずらしたいくらいなんだけどと、困惑交じりの表情をエリィはあえて向けるのだが、パッタル以下、皆が笑顔で見事にスルーしてくれる。
まぁこんな昼日中からの突発宴会なら、そんな大層なモノでもないだろうと思い直し、仕方ないとばかりに苦笑を口元に刻むが、ふと気になっていた事を思い出して、それを聞いてみようと思い立つ。
「本当にお気遣いなく……ところで、あの女の子…ニモシャさんって言いましたっけ? あんな風になる原因に心当たりは?」
エリィから問われて、パッタルたちが困ったように顔を見合わせた。
「皆さん一緒に行動しているんですよね? だったら彼女一人だけと言うのは考えづらいんですよね…発症タイミングに差が出来たとしても。
それとも彼女だけ何か違うものを口にしたり、違う行動をしたりしたとかですか?」
「それが…あたいもよくわからないんです。今日は朝から挨拶に行く予定があって、お腹を壊したニモシャとは昨日から離されちまってたんです…、ヌジャル、あんた何か聞いてない?」
「ニモシャには聞いたんだが、首を振るばかりで何も言わなくてな……」
「そうかい…クヌマシャ達には聞いてみた?」
「いや」
ケラシャとヌジャルが記憶を探りながら話していると、顎髭を撫でていたパッタルがテントの入り口の方へ歩いて行った。
入口の布を少し押し広げると。
「クヌマシャはいるかい? 居たらちょっと来て欲しいんだがね」
パッタルの声に応える微かな声が、テーブルに座ったままでも聞こえてくる。
「(クヌマシャならあっちで小物の準備してます)」
「(あたし、呼んでくるね)」
そうしてるとパタパタと軽い足音が聞こえ、パッタルに背を押されるように小さな女の子が1人入ってきた。
伏せっているニモシャより年上だろうが、おどおどとしており、見ていて可哀想になる。
「あ、あたし、何も…」
「あぁ、お前に何か問題があって呼んだわけじゃないよ。聞きたいことがあってね」
クヌマシャと呼ばれた少女は、テント奥、テーブル近くに佇むケラシャ、ヌジャルと見て、次にテーブルに座ったエリィを見る。最後に再びパッタルの方を見上げてから、泣きそうに顔を歪めて俯いた。
「クヌマシャ…どうしたんだい? 座長の言った通り、ちょっと聞きたいことがあっただけなのに、そんなに怯えてさ……もしかして誰かに何かされた?」
パッタルはじめ、座の主な面子は、一応虐めや暴行がない様にと気を付けてはいるが、どうしても目が行き届かない事もあるだろう。
そう言ったこともこれまであったからと、クヌマシャを気遣って訊ねる。
「やっぱり何か嫌だと思った事があったんだね。そうだねぇ…クヌマシャはどうしたい? あんたに何かするとしたらこの前来たばかりのあの子か…それとも……」
「ち、ちがうの!!」
決して虐めているわけではないが、座員の中には少女らによく注意している者もいるし、一座に拾われたばかりの子供も居て、相性が良くないのかもと思い浮かべていると、クヌマシャが顔をくしゃりと歪ませてぽろぽろと涙をこぼして叫んだ。
「ご、ごめんなさい…ごめんなさい、ごめんなさい」
ヒックとしゃくりあげながら只管謝り続ける少女に、エリィも、勿論それ以外も困惑するしかない。
「ちょ、ちょっと…クヌマシャ? 急に謝るなんて、何がどうしたって」
「……ごめんなさい」
「怒ってるんじゃないんだよ、詳しく訳を聞いても良いか?」
「………」
涙をこぼしながら唇をグッと真一文字に引き結ぶクヌマシャの様子に、どうしたものかと困っていると、騒ぎを聞きつけたのか、ムルメーシャがやってきた。
「一体どうしたの? 外までクヌの泣き声が聞こえてるんだけど」
入口の布を引き上げる動きに合わせて、腕の金飾りがシャランと涼やかな音を響かせる。
見れば何故か最初に見た彼女より、更に艶やかな衣装を身に纏ったムルメーシャが立っていた。
「姐さん……姐さんがいるのにクヌが泣くって…ほんと、なんなの?」
「それが、あたいらにもよくわからなくて。エリィ様にニモシャが倒れるような原因に心当たりはないかって聞かれてね。だけどあたいは勿論、ヌジャルも、当然座長も心当たりなんてなくてさ。だからいつもニモシャと遊んでくれてるクヌマシャにも聞いてみようかって…」
ムルメーシャの綺麗な眉が跳ね上がる。
「心当たりって…、単なる旅の疲れだったんじゃないの?」
未だ泣き続けるクヌマシャ以外の全員の目がエリィに集中する。
その視線に、どう返事するべきかと悩むが、今更、致死性の高い感染症だったんですなんて言って、怯えさせる必要はないだろう。
だから嘘はつかずに、ふわっと伝えるだけに留めようと決める。
「ムルメーシャさんでしたか、中に入って扉の布を閉めてください」
ハッとしたようにエリィの指示に従ってくれる様子を見ながら、小さく肩を一回上下させる。
「旅の疲れなら疲れで、何が良くなかったのか特定しておくことは、次に同じ事態を招かないためにも重要です。ですのでちょっとお伺いしていました。
こういうのって早めに聞き取りしておかないと、すぐ記憶の海に埋もれてしまうでしょう? 記憶の糸を辿るなら早いほうが良いんです。勿論後になって思い出すこともあるでしょうけど」
「……あ~、なるほど、そういう事ね。確かにそれなら重要だわ」
二ッと笑ったムルメーシャが、座長に何か話しかけると、そのままクヌマシャの背を押して外に出て行った。
「エリィ様、何だか済みません」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。何だか引っ掻き回してしまったみたいで」
「そんな事は決して…」
何とも微妙な空気の中、当たり障りない会話を続けていると、テントの外から、先程外に出て行ったムルメーシャの声がする。
「ムルメーシャです。入って良い?」
招き入れる様に、なんだか出入り口に立ち尽くしたままだったパッタルが布を押し上げた。
「えっと、話聞いてきた…」
先刻ニッと笑った、強かな明るさを持った顔はすっかり曇っている。
長い話になるかもと、彼女は全員を座らせ、自分も端っこの椅子に腰を下ろした。
「あぁ、もう、どっから話せば良いんだか」
「ムルメーシャ?」
頭を掻きむしらんばかりの様子に、ケラシャが困惑している。
「とにかく、話すわね。わかり難かったらごめん。
それでなんだけど、昨日クヌマシャが休憩所でお菓子を貰ったんだって」
誰も口を挟むことなく聞いている。
「貰った相手は誰?って聞いたんだけど、知らない人だったみたいで……もうその時点でダメなんだけどさ…ほんと子供らには何度も『知らない人から物を貰ったりしないように。断れそうにないときは座長や大人を呼べ』って注意してるんだけど……それをニモちゃんに見られたらしくて、慌ててニモちゃんに貰ったお菓子を食べさせたって…」
「「「「………」」」」
「何でそんな事したのって聞いたら、お菓子食べたら共犯だから、大人達に告げ口できなくなると思ったって言うのよ」
パッタルが眉間の皺を深くして難しい顔をしている。
「昨日の休憩所というと村外れの広場ですね……人から貰ったとなると…」
何か思い出したのか視線をスッと巡らせる。
「確か言葉のたどたどしい男達がいましたっけ」
「あぁ、あれナジャデールの奴らでしょ?」
「え? あの人達ナジャデールの人だったの? 服装が私らと同じバルモアナっぽかったから、てっきりどっかの氏族の人達なんだと思ってた」
パッタルの呟きにヌジャルも思い出したのか、男たちの事を言いだすと、ムルメーシャがそれに答えた。
とはいえ、それに続くケラシャの言葉に首を捻る。
(ナジャデール人なのにバルモアナ人と見間違える服装?)
この世界に恐らくだがコスプレと言う文化はない。
ならばそれは最初から誤解される事を狙った物なのではないだろうか?
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
そしてブックマーク、評価、本当にありがとうございます!
とてもとても嬉しいです。
もし宜しければブックマーク、評価等して頂けましたら幸いです。とっても励みになります!
修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)