201話 ハッファの光軌からの贈り物
「本当にありがとうございます」
動揺が隠しきれそうになかった座長の代わりに対応したのはその通りだが、だからと言ってひれ伏してほしい訳ではない。
「いえ、無事帰って貰えてよかったです。皆さんも立ってください」
だが、座長パッタルを始めとして、座員達全員が恐れ多いとばかりに、伏したままの姿勢を崩さない。
それどころか、テントの中に残っていたケラシャとヌジャル、看病に別のテントに残っていたムルメーシャまで出てきて、同様にひれ伏す。
お礼を言われるほどの事はしていないと言い放つのは簡単だが、先ほど聞いた話と合わせれば、御礼も敬意も一旦は受け取った方が、彼らの心が少しでも楽になるのであれば、受け取る事自体に否やはない。
それほどにこの世界が優しくなく、恐ろしい一面を持つのだという証左にしかならないが…。
とは言えこの状況は居心地が悪い事この上ない。
「ぇっとですね……自分としては大した事はしたつもりないんですよ、本当に。なのでこの状況は居たたまれないと言うか……」
困ったように零せば、パッタルがゆっくりと顔を上げた。
「皆、エリィ様をこれ以上困らせてはいけない。立たせて頂こう」
パッタルの言葉に全員が互いに顔見合わせてから、ゆっくりと立ち上がった。
その様子にエリィがホッと息を吐いていると、パッタルが近づいてきた。
「エリィ様、どうぞ、先程のテントに戻ってていただけますか?」
先ほどまで居たテントの前には、すでにケラシャとヌジャルが待ち構えている。
困惑気に、それでも了承に頷けば、何故かパッタルはくるりと反転し、大きな幌馬車の方へ歩いて行った。
それを見送ってから、指示されたテントの方へ足を向けると、ケラシャとヌジャルが満面の笑みで迎えてくれる。
「エリィ様、本当にありがとうございました。どうぞあの席に」
「ニモシャの事だけじゃなく、一座に居るものとしてもお礼を言わせてください」
背を押されるようにテーブルへ近づけば、何時の間に用意したのか、先程まではなかった無駄に豪華な椅子が用意されていた。
座面も背もたれも、文様が織り込まれた華やかな布が使われ、恐らく綿か何かが入れ込まれている。
この世界の椅子というと、これまで普通に木で作っただけの椅子で、当然座面も木を切っただけの板しかお目にかかった事がなかったのだが、ちゃんと綿入れなんかの手法もあるのだと変なところに感心してしまった。
固辞しようと足を踏ん張ってみるが、そこはそれ、体格差に物言わせて強引に豪華な椅子へと誘導される。誘導はされたが座る事を渋っていると、ヌジャルに両脇を取られそのまま豪華な椅子の座面に下ろされた。体格差に物言わせるなんてずるいと思うくらいは許してもらおう。
どうにも落ち着かない。
せめてケラシャとヌジャルも席についてくれれば良いのに、何故か控える様に立ったままなのだ。
「………」
何とも居たたまれない空気の中、暫くするとパッタルが戻ってきた。
手にはお茶のポットと何かの小瓶、そしてカップが乗ったトレーを持っている。よくよく見れば、それ以外に用途不明の黒い小箱も乗っていた。
「お待たせしました。どうぞこちらもお使いください」
そう言ってトレーを下ろし、エリィの前に小瓶を静かに置いた。
何だろうと首を傾けていると、ケラシャが説明してくれる。
「これは花の香りを閉じ込めた希少な水らしく、花香と呼ばれている物なんだとか。先だって訪れたケクターナト王国で手に入れる機会に恵まれたモノなんですよ」
花の香りを閉じ込めたとは……フローラルウォーターか何かだろう。
もしそうなら前世日本でも売られていた物だ。アロマオイルの副産物とも言える。
実はこのフローラルウォーターは自作する事も可能だ。蒸留器等専用の道具を購入して作る事は勿論、手持ちの蒸し器を利用する等、台所用品でも作ることが可能である。方法としては蒸留と言う手法になるのだが、興味のある方は是非検索等どうぞ。
ちなみにケクターナト王国とは、ゴルドラーデン王国の南西に位置する、カレリネ王女の現婚約者のいる国だ。
国面積としては大きくはないが、陸路での交易の要所となっており、富んだ国である。
それというのも、ずっと西側の国々、例えば『ハッファの光軌』の故郷があるバルモアナ氏長国他は東の国々と交易する際、ケクターナト王国か、その南に位置するナジャデール王国を通らねばならない。
盗賊国家と称されるナジャデール王国側のルートを選ぶ者は当然少なく、結果ケクターナト王国が栄えると言った具合である。
「ケラシャの舞を絶賛してくださった貴族様がいらっしゃいまして、褒賞としてくださったものなんです」
ヌジャルがこれ以上ない程の笑みで自慢げに言うのに、ケラシャもご機嫌で頷く。
「こんな恐れ多いモン、あたい達も使うに使えませんよ、だけどエリィ様に使って頂けるならそれが一番ですからね!」
何が一番なのかわからない。
実際エリィなら異空地で作りたい放題なんだが……まぁ流石に希少品の価値を下げて経済に打撃を与える訳にはいかないから、たとえ作ったとしても自分達で楽しむだけで、世に出す事はないだろうが。
とは言え褒賞に貰ったのはケラシャだからと言って、断れる雰囲気ではない。
「………ぁ、りがとう、ござ、い……マス…」
しどろもどろと御礼を言って、カップに注がれる茶と花香を眺めていると、テーブルを挟んで向かい側に、未だ立ったままのパッタルが黒い小箱を手に取った。
それをテーブルに置き、エリィの方へと滑らせる。
「どうぞ、こちらもお納め下さい」
花香の芳香が豊かに香るお茶の方に気を取られるが、先に小箱の方を見た方が良さそうだ。
「これは?」
首を捻っていると、隣に立ったケラシャが、箱を開ける。
箱の中にもう一つ箱があり、それを取り出して開けてから、エリィの前に置いた。
中に入っていたのは指輪だ。
青く澄んだ丸い宝玉を中心に、周りを薄い水色の小石で縁取っている。
宝飾品には全く造詣がなく、価値としても値段としても、高いのか安いのかさっぱりわからないが、流石に受け取れないと若干引き気味に首を振る。
「す、すみませんがこんな高価そうな物、受け取れません。このお茶だけでもとんでもなく高価そうだし、もう十分です…」
狼狽えるエリィを前に、パッタルが穏やかな笑みを浮かべた。
「これは宝飾品と言うより、我ら『ハッファの光軌』の想いの証にございます。
子々孫々まで貴方様を恩人と伝える為の物。どうか受け取ってください。
これを見せて頂ければ我らハッファの光軌に連なる者は、貴方様の願いに応えるでしょう」
いやいや、どういう意味合いであっても宝飾品=高価と言う図式に変化はないでしょうが!と声を大にして言いたいが、とりあえず一度落ち着こうと、エリィはふぅと深呼吸をする。
「あのですね、その御気持ちは嬉しいんですが、やっぱりこんな高価なものは受け取れません。お気持ちだけ有難く頂きます」
そう言うとパッタルが途端に眉尻を下げ、今にも萎れそうによろめいた。
エリィが慌てるより早くヌジャルが支える。
「どうあっても…ですか? しかしこれを受け取って貰えぬとあれば、皆に何と言われるか……お慈悲です、どうかお納めいただけませんか?
それにこれは宝石ではなく魔石です。ですので宝石として高価かどうか……それでもダメでしょうか?
想いを受け取って貰えなかったとあれば、本当に一座の者達からどんな叱責が……あぁ」
座長を叱責できるような座員などいないだろうがと、内心冷静に突っ込み入れるが、一座全員の気持ちとして差し出された物を拒否したとなれば、少しは座長がいたたまれない羽目になるのかもしれない。
(しかし魔石か……魔石も結構な値段するわよね…もっとも何の魔石かにもよるだろうけど。
……うぅん…これは受け取っておいた方が無難なのかしら)
一応念話で全員に軽く聞いてみるが、全員一致で受け取っておけと言われた。
フィルだけは人間種と蜜に関わるなど……と少々苦言を零しているが、まぁこれはいつもの事である。
「……わかりました…受け取らせて頂きます」
エリィの言葉にパッタル、ヌジャル、ケラシャが揃って満面の笑みを浮かべた。
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