197話 なんちゃって抗生物質
せっせと果実や野菜、泥水なんかも棚に置いていく。
土の中にも有用な微生物がいるのだ。
暫く温度や湿度を上げるなど条件を変更しながら、都度鑑定すれば、お目当ての糸状菌や放線菌が確認できた。
「フ……見つけたわよ、微生物ちゃん!! さぁ、目いっぱい阻害物質を作り出して頂戴ね!」
やはりこちらの世界の病も、前世と同じく細菌やウイルス等の微生物が原因になっている場合が多いのだろう。
勿論エリィが知らないだけで、悪気とかいうモノが原因となる病もあるのかもしれないが、今回はそれに当てはまらない。
見つけた微生物を取り出し培養してみれば、セファロスポリンやテトラサイクリン等に近い成分を鑑定で見つけることが出来た。
実際に地球で抗生物質を得るには吸着したり等、なかなかに煩雑な手順が必要となるが、こちらの世界でなら収納時に分離するだけで終わる。
もちろんそんな機能がある収納なんて、まず見つかるとも思えないが、有難い事にエリィの収納にはその機能があった。
できた抗生物質の濃縮液を眺めて、エリィはかなり御満悦である。
そんなエリィを見つめる者達は三者三様で、フィルはエリィに完全同調、セラとレーヴは子を見守る親のようで、ムゥとルゥはよくわからないけどエリィがご機嫌ならいいやと言う感じだ。
アンセとフロルも良かったなぁと言う表情なのだが、ここでフロルが口を開いた。
「エリィ様、こうふわっと治癒回復魔法を薄くかけるのではいけませんでしたの?」
フロルの疑問にエリィが目を丸くして固まる。
「折角エリィ様が手間暇かけてお作りになったこれらの薬剤って、世に出せませんでしょう? とても勿体ないと思うのですわ。だけどこの世界のバランスを考えますと、今この時点で世に送り出すのは……いえ、勿論人間種には非常に喜ばしい成果ではあると思うのですけど。下手に出せば人間種達の争いの種になってしまいますものね」
そう、フロルの言う通り、薬剤にしろ魔法にしろ、大々的にぶちかませないのだから、ひっそりこっそりバレない程度という前提ならどちらでも良かったのだ。
エリィの顔の向きがゆっくりと足元に向けられると、そのまま頽れた。
「……ぁ~、そうね…、何もこんな手間かけなくても、バレないなら魔法で良かったのよね。もう、何やってるのよ私ぃ……」
【どうして世に出しちゃいけないなのよ?】
ムゥがどうにもわからないと、首もとい身体をググゥッと捻っている。
「そうね、まず、何の下準備もなしに人間種の命綱になりかねない物や技術を公表してしまうと、それを独占しようとしたり、奪おうとしたりする輩が出てくるの……多分こっちの世界でもそれは変わらないと思うわ。
恐らくそう言う行為を取り締まるような法もないだろうし、貴族とか言う目に見える権力者がいる世界だしね。
だからこれまでも容器だってガラスは避けるとか、いろいろ気を遣って来たのよ。
そしてそれ以前の問題でもあるわね。わざわざ分離したり濃縮したり、そんな技術を磨かずとも、そのものずばりの魔物素材なんかもあったりするから、技術他が向上し難い側面がこの世界にはあると思うわ。
だから今そういう知識や技術を世に出しても、理解できないだろうし、再現もできない可能性が高いかも…
何と言うか…世界とバランスの取れていない技術や知識は、急に出すと余計な反動があるとでも言えば良いかしら。そしてその反動は大抵面倒で厄介なのよ。だから避けたい……。
ごめんね、私も語彙力貧困なのよ。
全く持ってうまく言えてる気はしないけど、こういう説明で分かる?」
エリィがムゥの顔を覗き込んで訊ねると、ムゥは大きく一回跳ねるようにして頷いた。
【取り合いになっちゃって誰かが怪我したりするかもしれないのなのよ? ムゥ、間違ってるぅ?】
「ううん、まぁそんな感じでふわっとした理解で大丈夫よ」
いい感じで纏まった?と微笑みあうエリィとムゥに、フィルが話しかけてくる。
「それではどうなさるおつもりですか?」
「どうしたものかしらね……だけどせっかく作ったし、希釈して効果を控えめにした上で、これをやっぱり使うかな」
エリィが濃縮液の入ったガラス容器、前世で言うところの三角フラスコのような容器を軽く弾いて一人頷く。
「確かに魔法でも良いだろうけど、ふわっとゆるッとかけたとしても私の見た目がね……神職っぽいとかなら祈りで!なーんて言い訳もできたかもしれないけど。
今にも死に至りそうな状態から急に快癒しちゃったら、流石に『いい感じで自然回復しましたね!』なんて言い逃れ、通じると思う?
ん~、私が作ったとか言わずに、旅の途中でたまたま貰ったとか言えば、うまく誤魔化されてくれないかな……どう思う?」
「そうですね、偶々手に入っただけで、もう手に入らないのだと、そう言う体で言い逃れましょう」
エリィの言葉にフィルが首肯している様子を見ていたレーヴが、無理やりそれっぽく作った小さな実験区画を見て訊ねる。
「じゃぁ、ここはもう壊しちまうのかい?」
つられるようにエリィも実験区画に顔を向ける。
「そうね、潰さずこのまま色々実験は続けようかな。
世に出せなくても自分たちが使う分には、何の問題もないし、それこそどうしても必要になる事態に巻き込まれないとも限らないでしょ?
前に言ってたチーズの凝固剤代わりになるモノも探したいしね。
それに何より作ったりするのは大好きなのよ。だからこの区画は潰さず、反対に拡充していきたいかも」
「あぁ、何か言ってたねぇ。それも『びせいぶつ』ってやつだったっけ?」
「そうそう、確か毛カビの一種じゃなかったかな」
そんな会話の中、フロルが眉尻を下げて情けない表情をする。
「ごめんなさい、私が余計な事を言ったから」
「え? 余計な事なんかじゃないよ」
実験区画に向けていた顔をフロルに向けてエリィが苦笑交じりに話す。
「どうにも魔法って言うのが馴染みがなくて、ついつい前世の知識とかに偏っちゃう私が至らないってだけ。
こっちの常識とかまだよくわかってないし、色々意見を言ってくれたりしてくれるのは助かってるの。だからこれからも何かあったら気兼ねなく言って頂戴、ね?
まぁ最初からこういう面倒事に関わらないのが一番なんだけど…主にアレクが首を突っ込みたがるからなぁ
まぁ私は人外っぽいし、面倒や厄介事は嫌いだから、そんな機会はアレクが居てもあまり多くはないと思うけれどね」
屈託ない笑顔でそう言えば、フロルが目に見えてホッとして微笑む。
「よし、とりあえず希釈しよ。静注なんてまずいよね? 経口で服用してもらっても大丈夫かしら」
【何ならタリュンの葉を飲ませてしまうとかはダメなんですか?】
「それ考えたんだけど、鑑定したら服用には向かないって出たのよ。だからこんな手間かける羽目になったのよね」
なるほどとルゥが頷いた。
何にせよやってみなければわからないことだらけなのだ。鑑定で全てわかれば良いが、まだまだ覚束いていないのだから仕方ない。
作った希釈薬液を焼き物の容器に移し、エリィは異空地から出る。
外の時間経過がない様にしていたので、状況に変わりはないだろうが、念の為アレクに念話で話しかけた。
【アレク、今戻ったわ。何も変わりない?】
【えろう早いお戻りやな。こっちは何もあらへんで】
【あっちにはそれなりの時間滞在してたけど、外の時間経過を弄ったからね。薬作ってきたから、そっちのテントにいくわ】
テントに入れば男性が今にも泣きそうな顔のまま、じっと少女の横についている。
「あの、もしかしたらこれが効くかもしれないんですが…」
エリィの声に男性がのっそりと顔を上げる。
ゆっくりと、だけど確実に男性の目に光が戻った。
「……ぁ、お願いします! 必ずお金でも何でもお支払いします! どうかニモシャを、娘をお助け下さい!!」
死魚目になっていた異国の男性は、どうやら病に倒れた少女の父親だったようだ。
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