195話 病と薬とポーションと
異空地から外に出たエリィとアレクは、再び歩き出した。
ここから先はゆぅるりと街道からつかず離れずで、合流する町『デノマイラ』を目指す。
王都に近づいている事もあってか、街道は人の行き来が多くなり、エリィとしては少し離れた場所を進む方が気が楽だったのだ。
明日にはデノマイラの町門に到着するだろうという所で、休もうかと言う話になり、手頃な場所を探すべく、エリィとアレク2人してキョロキョロとしていると何かに気になるモノでもあったのか、エリィの動きが止まった。。
「……?」
少し離れた場所にいるエリィの足が止まった事に気付いたアレクが、くるりと顔を向けて近づいてきた。
「どないしたんや?」
「ん、手頃な場所を見つけたんだけど、先客がね」
エリィの言葉にアレクが周囲を見回してから、ふわりと浮き上がった。
「ほんまやな。というかあれって旅芸人とかやろか、なんやめっちゃファンタジーやな!」
エリィとアレクが見つめる先は、恐らく休憩場として設置されているのだろう。露店や店、家屋なんかがある訳ではないが、水場が置かれている広場になっていた。そこで何やら動き回っているのは赤だの緑だの、原色が目に鮮やかな(派手ともいう)布を纏った一団だった。
肌の色も褐色で、前世で言うところの異国の旅芸人のイメージから、そんなに離れていない。
ただ、艶やかな布で身体をすっぽりと覆っているので、一目では誰が誰なのか、
区別がとてもつきにくい人々だった。
何やらバタバタとしていると思ったが、どうやら何か揉め事でも起こったのだろうか、言い合う声が聞こえる。
「よ、寄るな!」
「おい、もう行こうぜ。こんな所に居て俺らまで悪気に憑かれたら困る」
「そうだな」
「お願いします、何か薬をお持ちではないですか? あの!!」
何事かとエリィとアレクは顔を見合わせるが、怒鳴りつけていた人々が足早に散った所で、状況が見えてきた。
布を被った大柄な人が子供を抱えている。
しかしその子供の様子がぐったりとしていた。張られたこの場からは詳しくはわからないが、病気か怪我かというところだろうか。
ただ怪我なら、他の人が振り払うようにして急ぎ離れた状況の説明が難しいので、恐らくは病気の方だろうと思われる。
あともう少しで到着すると言うのに、こんな面倒事には関わらないのが一番だと思われるが、アレクの目が何を訴えているのか察せてしまい、思わず額を押さえて首を横に振る。
「アレク……気持ちはわからないじゃない。だけど、この世界で病気はかなり面倒よ? 丁度中世の感染症の話をした所だったけど、アレクも知ってるのよね?」
「……ぅん、それはそうやねんけどな」
「だったら関わらないのが一番だって言うのも分かるわよね?」
「そうやけど、エリィの薬やったらどないかならへんやろか……」
はああああっと思い切りこれ見よがしに盛大な溜息を吐く。
「体力回復ポーション程度しかないわよ。大体原因がわからなきゃどうしようもないと思うんだけど……細菌によるものなのかウイルスによるものなのか、環境だったり体質だったり、そんなの、私にわかるわけないでしょ」
「鑑定でも無理やろか?」
「未だにあちこち空欄があるような状態で、病気や体内の様子を鑑定なんて不可能に近いと思うわ」
まぁ助けられるならと言う気持ちは、本当にわからないではないのだ。
だがやはり限度と言うモノがあるし、エリィとしては無駄に人間種と関わりたいわけではない。恐らくだが治癒回復の魔法を使えばあっさり治せるだろうと思う。だがそんな事をすれば、後々の面倒がとんでもない事になるのは想像に難くないのだ。
セラに使った時は初挑戦と言う側面もあったし、何より魔物であるセラが言いふらしたり、後々迷惑をかけてくるという事態も考えにくかった。
だが今回は相手が人間種だ。
人間種の欲やなんかを考えれば、魔法を使うのは悪手でしかない。それに申し訳ないが、顔見知りでさえない相手に、色々なリスクを冒してまで助けたいと言う気持ちに等ならない。
カーシュやケネスの時と言い、アレクは本当にお人好しと言うか…勿論悪い事ではないのだが。
「はぁ……もう、アレク、本当にそう言うの困るんだからね…これを最後にして欲しいわ。それと魔法は使わないし、体力回復ポーションを渡すくらいしか出来る事はないと思う。まぁ他にできそうなことがあれば手は貸すけど、それで助からなくても後でとやかく言わないでよね?」
「うん、ごめん」
「謝らなくていいから、これで最後にしてね」
「……」
「返事」
「………ぅん」
まぁきつく言いはしたが、町までの距離なんかを考えても、ここで騒動になるのも得策ではない。
そう自分を納得させてエリィは立ち上がった。
「あぁ、ニモシャ! しっかりするんだ!」
全体的に緑色で、織り込まれた幾何学模様が無駄に鮮やかな布を纏った大柄な男性が、顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら腕に抱えたニモシャという名の少女に必死に声をかけている。
少女の方はと言うと、発熱しているのか浅い呼吸を繰り返し、発汗も酷い。
どちらも褐色の肌をしていて、この辺りの者ではない事が窺い知れるが、言葉はさっき聞き取れたので問題はないだろう。最も彼らが何処のどんな言葉を使ったとしても、エリィには適当に翻訳されて聞こえるだろうと思われるが。
「どうしました?」
アレクを肩に乗せた状態で、エリィがゆっくりと近づく。
かけられた声に弾かれたように顔を上げた男性と視線が交差するや否や、彼が子供を抱えたままガバリと頭を下げた。
「な、何か薬をお持ちではないですか!? 手持ちのモノではどうにもならず……あぁ、こんな時に限って座長も出かけていて…」
とりあえず少女も抱え込まれたままでは苦しかろうとそう言えば、男性は慌てて張られたテントの一つに、エリィを案内しながら入った。
「熱発、発汗、他の症状は?」
「朝から調子が悪そうにしてたんですが、少し前からぐったりして」
少女の手を取ればかなり熱い。脈もやはりというか速い。
ただ肌の張りが年齢にしてはないように感じる。とはいえ瘦せ細っていると言う訳ではない。
「食事や水分は?」
「それが吐いてしまって……腹の具合も悪いみたいで」
消化器系の感染症だろうか。
「血便は……ぁ~、排泄物に血は混じってる?」
「血ですか? いえ、そんな話は聞いてない」
「下痢をしているだけ?」
コクリと頷く男性を横に、取り立ててある訳でもない知識を総動員する。
血便がないなら、赤痢なんかの可能性は低いだろうか…ただその情報を100%信じてはいけないだろう。『座長』と言う言葉からも、彼らはなんらかの一座として集団行動をしていると思われる。ならば家族と言う訳ではなく、少女が羞恥からはっきりと伝えなかった可能性が出てくる。
どちらにせよ嘔吐と下痢、そして熱発があるなら注意すべきは脱水症状だ。
だがこの世界で『点滴』と言う行為が普通なのかどうなのか……うん、点滴は最終手段にしたほうが良いだろう。
とりあえずこの世界知識の中で出来る事――大げさかもしれないが単なる腹痛と考えて後悔する羽目になるよりは、最低最悪の事態を想定して動いた方が良い。
タリュンの葉を漬け込んだ水で、男性含め、今いる座員にはまず手指の消毒をしてもらおう。衣服も着替えてもらうよう伝えるが、着替えた衣服はどうしたものだろう。
埋める燃やす……殺菌効果を持つタリュンの葉を漬け込んだ水に暫く晒す方が良いか……色々考えるが、こんな事になるなら、もっと前世で知識を得ておけば良かったと、エリィは少し凹んだ。
「とりあえず体力回復ポーションを飲ませるとしましょうか」
「体力回復ポーションだと!? そんな高価なもの……」
これまであまり気にした事はなかったが、確かにトクスの薬売りの露店でも、見かけたのは傷薬や解熱剤、鎮痛剤等だけだった。
病気を薬でどうにかするという発想がないのか、ラノベあるあるの神殿管轄とかそういう類の案件なのか。その辺りの事情は分からないが『高価』と言ってくれるモノを提供したならば、最悪死亡したとしても、こちらが悪く言われる事はないだろう。
エリィより病人の少女の方が身体が大きい為、飲ませるのは男性に任せる。背負い袋から取り出す振りをしつつ、収納から3等級の体力回復ポーションを出して手渡す。
浅い呼吸を繰り返して薄く開いたままの唇に容器を押し当て、ゆっくりと水薬を流し込むが、少し流し込んだ所で少女が噎せこんでしまった。
一口だけでも飲めた様子は確認できたので、とりあえず良しとしよう。
後は……そう、何か変な物や慣れない物を口にしていないだろうか、その辺りも確認して見なければ。それに衣服だけじゃなく、使った水なんかもその辺に適当に流さない方が良いはずだ。
あぁ、考えないといけない事、やらないといけない事が多すぎる。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)