194話 卵とミルクとチーズ、そして小難しい話?
ジュゥゥゥ
熱せられたフライパン(のような調理器具)で香ばしく焼ける匂いがする。
何から作ろうかと考えたが、まず初手は目玉焼きにした。幼女…少女?なエリィの手にすっぽり収まるくらいの大きさの卵を、丁寧かつ素早く割り、卵黄部分を潰さないように火を通していく。同じフライパンの端っこで塩漬けにした肉の切れ端も焼いた。
「良い匂い~~~~!!」
深いオレンジ色をした黄身部分は、プルプルの半熟仕上げにする。
異空地に建築で設置したテーブルの上の大皿に、目玉焼きと塩漬け肉を焼いたものを、どんどんと乗せていく。
「なぁ、エリィ、もう食べてもええ?」
アレクがそわそわと訊ねてくるので、それに苦笑交じりに返事する。
「良いけど火傷には気を付けてよね」
小さめの皿に取り分けでやれば、待ちきれないとばかりに突撃している。
エリィの隣で手伝ってくれているフロルとフィルも、やれやれと頭を横に振っていた。
最後の卵を調理し終え、全員がテーブルに着く。
皿に頭を突っ込んでいる者、フォークやスプーンを使う者、色々だが、エリィは箸を手に取った。
フライパンの様な調理器具を始めとして、フォークにナイフ、スプーン等は調屯地でも手に入れることが出来たし、トクスの露店や雑貨屋なんかでも普通に売っていた。しかし残念ながら箸は見かける事さえなかった。
なのでエリィが使っている箸は自作したものだ。
皿の上に鎮座する目玉焼きを前に、エリィは暫し悩む。
黄身部分を割って味わうべきか、はたまた割らずに一口で余すことなく楽しむべきか。
うんと一つ頷いて、エリィはまず白身部分を一口大に箸で切って味わう。
塩漬け肉を横で一緒に焼いたおかげか、特に味付けをしてはいないのだが、丁度良い加減の塩味でとても美味しい。
最後に黄身部分をまるっと頬張る。口の中に溢れ出る卵黄の濃厚な香りと味に、思わず悶絶してしまう。
「!!!!!……☆◎□@@!!!」
一頻り身悶えてから、
「美味しいぃぃぃぃいい!!」
「うんうん! これほんまに旨いなぁ、なぁ、もうあらへんの?」
「生より断然美味しいじゃぁないか」
「もう……ない、足りない…」
「お兄様、卵ってこんな味がするんですのね」
「そうだね、僕も初めて知ったよ」
「う、うまぁぁぁぁい!!」
最後の叫び声はセレスだ。
ずっとフィルやアンセ達に居空地へ足を踏み入れる事を許してもらえなかった彼だが、やっと一時的にはいる事だけは許容してもらえたのだ。
あくまで一時的なもので、用が済めば出なければならないし、他の皆と違い好き勝手に出入りする事も出来ないが。
「これは、もう少し捕まえて来るべきでしょうか」
上品に味わうイケメン執事フィルが、視線を流す先に地球の鶏に似た鳥たちが闊歩している。
尾が少し長めで、見た目が豪華だが、体格そのものは小柄で当然ながら卵も小さい。
捕獲してそんなに経っていないので、今は試食する程度しか量がないのだが、どうやらかなり高評価のようだ。
同種で森に居る大柄な鶏の方は、レーヴを始めとして生で食べたことがある者がいたが、今回捕まえた草原種は初だったらしい。
「それでも良いし、森林種? そっちを探すでも良いかもしれないわね」
エリィが御馳走様と手を合わせてから、フィルに応える。
鶏と牛の探索をスー達に依頼してからそんなに時間は経っていないのだが、あっさり発見してくれて今に至る。
ちなみにスー達も今は異空地に入り、少し離れた所で報酬と言うかご褒美の肉を楽しんでいる最中だ。
牛っぽい動物も発見してくれて、そっちも捕獲はしたのだが、やはりかなり小柄だ。見た目はホルスタインやジャージー牛に近いのだが、大きさが羊くらいしかない。
そんな事情でミルクの方は量がまだとても少なく、試食できるまでもう少しかかりそうだ。
まぁ大きければ良いと言うものではないし、鶏達にしろ牛達にしろ、健康で美味しい卵をミルクを提供してくれればいう事はない。
彼らの世話はアンセが主にやってくれるようだ。
「こうなるとチーズも作りたくなるわよね……何だったかしら、乳酸菌と酵素が必要なんだっけ」
「ニュウサンキン ト コウソ ですか?」
フィルが首を傾げる。
「そう、乳酸菌で発酵させて、酵素で固める、だったかな。凄くざっくりと言うとだけど」
「それってなんなんだい?」
興味が引かれたのかレーヴが参加。
「日本にいた頃ならお米のとぎ汁からでも大丈夫だったけど、こっちだと何が良いのかなぁ……それか乳酸菌かそれに近い菌そのものを探すところからしたほうが良いかしら…多分その辺に居そうだけど。鑑定で探せるかしら。
酵素は、そうね、何処まで説明したら良いかしら…ミルクを固めて栄養吸収の助けをするモノとでも言えば良い? まぁ生物から取り出すよりやっぱりカビや細菌からの方が抵抗は少ないわよね、こっちも探せると良いんだけど」
「ぅぅ? よくわかんないねぇ」
「あぁ、ごめん、そうよね。こっちの世界にチーズって言うものが、そのものズバリであれば良いんだけど、なさそうだから作ろうかなってだけなのよ。で、作るのに細菌とか酵素が必要だなって。
乳酸菌の方は地球では植物なんかについてて、珍しい細菌ではないと思うんだけど、酵素……レンネットの方は元々は動物の胃から取り出してたのよね。つまり酵素を取り出すために動物を殺してたって事。だけど代用品を日本人が発見、実用化してね、それがカビから作られてたって訳」
「ふぅん、何だが小難しいんだねぇ」
レーヴは難しい顔で腕組みをする様子に、エリィが小さく吹き出した。
「何にしろ見つけるまでは大変かもしれないけど、見つけてしまえば私には分解素材化なんて荒業も使えるから、何とかなるんじゃないかと思ってるわ。楽観的過ぎ?」
「確かにこっちにはチーズとか見た事ないかもしれへんわ。まず酸味そのものが忌避されるやろしな」
「発酵と腐敗は違うわよ?」
「こっちやと一緒くたやと思うで。まず細菌とか黴っていう微生物って概念があらへんやろ」
アレクまで参戦してきた。
「せや、カッテージとかやったらすぐ作れるやん。ミルクの量が溜まったら作ってや」
「作るのは良いけど。ねぇ、こっちの人には微生物はわからないって事?」
「そっちに食いつくんかいな。せやな、見えへんモンは存在せえへんっちゅうか、神サンの領域っちゅうか? 病気が細菌とかウイルスが原因なんて知らへんやろし、考えても居らへんやろな。わかりやすう言うんやったら、ほら、地球でも中世とかそんなんやったやろ?」
中世……ペストなんかの事を言っているのだろうか。
確かに当時は『病』を『魔』と考えるのが一般的で、細菌だのウイルスだのという微生物が原因だとしっかり解明されたのは、そんなに古い話ではなかった。
接触を避ける等は経験的に理解していたのだろうが、そんな防護をすり抜けて来る、目に見えないほどの小さな殺人者など思いもよらなかっただろう。
物理的な接触を避けるために手袋や長衣、空気的な接触を遠ざける為にペストマスクと言った具合だが、当然ながら穴だらけのガバガバである。
勿論全く効果なし等と乱暴な事は言わない。ペストマスクに仕込まれていたハーブ類は、現代地球に置いてもメディカルハーブなどと言われる物もあるし、分析すれば数々の薬効成分を分離抽出できる。
だがそれでも経験則に則っただけのもので、原因である細菌やウイルス等、生態や感染経路等々にまで考えが及んでいたわけではない。
話し出せばキリがなくなる話なのでこの辺までにしておこう。
「『病魔』って事ね」
「そうそう、悪いモンが身体に入って来るっちゅう考えやねぇ。根本的に間違ってる訳やあらへんけど」
フィルやレーヴ達は険しい表情をしている。
「あれ、エルフレイアさんだっけ? 元日本人なのよね? その人とそんな話はしなかったの?」
「エルとは食べモンとか着るモンの話だけしかしたことがないねぇ」
「ワタクシめも主に食べ物の話でした」
「あ、そ……ぅん、なるほどね」
アレクが何を思って遠い目をしているのかわからないが、そんな皆を眺めてエリィは苦笑を深めた。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)