193話 王弟殿下には無縁の話
2人が眉根を下げて残念な子を見るかのような、生暖かい視線をローグバインに向ける。
しかし視線の意味を捉えかねたローグバインは首を捻るばかりだ。
「いや、これは仕方ないな」
「流石にログの前でそういう話はした事がなかったように思う、うん」
「ヴェルだってログには知られたくなかったと思うぞ」
「あぁ、俺なら避けて引き籠りになるところだ」
ソアンとヒースの会話に、やはり首を捻らざるを得ない。
「な、何なんだ?」
詰まりながらも、この訳の分からない生温さから脱却したくて、ローグバインは問いかけた。
「これは言うべきか?」
「ヴェルザンの名誉のためには黙ってておいてやりたいが、このままでは埒が明かないだろうな」
「私もそう思うぞ」
ソアンとヒースは頷きあい、ソアンが一歩前に出る。
「えっとだなぁ……」
向き合っておきながら、なおも言い淀むソアンに、ローグバインの緊張が高まる。
「ヴェルの想い人なんだが……テレッサだ」
「……ぇ?」
たっぷり間を取ってからの間抜けな反応に、ソアンはそうなるよなと無言で頷く。
「もうヴェルが自覚した時の凹みようは、今思い出しても気の毒になる程だったよ」
「あぁ、おかげで引き留める事も出来なかったしな」
「……えっと…?」
やはり飲み込み切れなかったのか、ローグバインの反応は鈍いままだ。
「だからだなぁ、ヴェルが公爵家を飛び出したのは、テレッサへの気持ちを自覚したからなんだよ」
「………」
「ログ? いや、頼むから気持ち悪いとか言ってやるなよ? お前にそんな言われ方したら、恐らく二度と立ち直れない」
「あぁ、ソアンの言うとおりだ。あいつにだってプライドってものがあるからな」
何やら合意し合っている2人を交互に見遣る。
「つまり、テレッサ様とヴェルザンは相思相愛って事?」
「相思相愛と言うか、両片思いというか?」
「取り持ったりする前に、どちらも自分で答えを出して背を向け合ってしまったからな。知らぬは本人ばかりなりだ」
ローグバインの疑問にソアンとヒース、どちらもが返事をしてくれる。
「いや、だけど、テレッサ様は別にお気持ちを隠したりは……ぁ」
「思い至ったか……私達がテレッサの気持ちを知っているのは、彼女がある程度大きくなってからお茶をしたりしたときに、うっかり口を滑らせたからだ。だがそのときには既にヴェルは公爵家を出ていた」
「なるほど……じゃあテレッサ様のお気持ちを、ヴェルザンが知らない事が問題だったんだな」
「「………はい?」」
「うん?」
「いや、そうじゃないだろ!? ヴェルが悩んだのは年齢差! それ以外は申し分ないの、わかる?……ぁ」
あまりに察しの悪いローグバインに、つい勢いのまま口にしてしまったが、もしかしたらそっとしておくべきだったかもしれない。ソアンは蟀谷を軽く揉みながら眉間に皺を寄せた。
後悔先に立たずとはこの事である。
「年齢差?」
「その……えっと、だなぁ……こう言えばわかるか? ヴェルが成人した時にテレッサは生まれたばかりか、生まれていないか。そんな年齢差なんだ」
「……ぁ」
ソアンの言葉にやっと合点がいったのか、何とも微妙は表情でローグバインは固まった。
「いや、テレッサももう成人しているし、何も問題はない。だが、気持ちを自覚した時のヴェルの落ち込み様は筆舌に尽くし難いものだった。ログの前では取り繕っていたと思うがな」
この場にエリィ達がいなかったのは幸いだ。
もし居たらこの時点でヴェルザンには烙印が押されていただろう。
―――「真正ロリ」と。
だがあえて擁護させてもらうなら、ここゴルドラーデンに限らず、彼らの年齢差程度はよく見るもので、特別おかしなことではない。
何しろ現王には側妃にどうだと釣署が届くことが偶にあるが、一番幼かった年齢で9歳と言うものがあった。
現王ヒッテルト4世の年齢は現在40歳である。
テレッサ王女とヴェルザンの年齢差など、まだまだ可愛いものと言える世界なのだ。
「なるほど」
「兄上は難色を示しているが、実際一番良い選択肢なんだよ。貴族派閥にこれ以上力を持たせるのは得策ではないし、ヴェル本人の能力は勿論、後ろ盾としても申し分ない。テレッサ自身の民からの人気も高いしな」
「だが話を聞く限りヴェルザンは頷いていないんだろう?」
「まぁな。今の所ナゴレンの夜会のエスコートを了承させたに過ぎないが、こういうのは外堀から埋めていくものだろう?」
ニヤリと悪い笑みをソアンが浮かべるのを見て、ローグバインとヒースは眉尻を下げて手を上げた。
だがそこでローグバインがスッと表情を落とす。
「どうした? ログはデノマイラに向かう方だから、夜会の方は気にしなくて良いんだぞ?」
「ぁ、いや、そういう理由じゃないんだが……」
「他に何か気になる事でもあるのか?」
表情に気づいたソアンが声をかけるが、歯切れの悪い返答にヒースが首を傾げた。
「気になると言うか……あそこの妹の方が少しばかり気の毒に思っただけだ」
「妹?」
ソアンが何かを思い出そうとするかのように視線を斜め上に上げるが、ソアンが思い出すより早くヒースが呟く。
「あぁ、確か名前はコリアータ嬢だったか?」
「ほう。ヒースお前、令嬢まで把握しているのか」
「ソアンの傍仕えをする以上、当然だろう?」
さらりと返された言葉にソアンが狼狽えた。
「ぉ、おう……」
「ふむ、ナゴレン侯爵家の妹令嬢、か……何だったか、最近どこかで聞いた気がする」
「そうなのか?」
ヒースの呟きにソアンが訝し気に片眉を跳ね上げた後、じとりとローグバインを睥睨する。
「ログ、お前……オリアーナ嬢一筋じゃなかったのか…」
「な!? ち、違う! そう言う意味ではなく、この前見かける機会があったんだが、どうにも虐げられているように見えてな、それで気になっただけだ」
「あぁ、思い出した。マローネ、テレッサ様の侍女から聞いたんだった」
「テレッサ?」
ソアンの疑問にヒースが頷きながら答える。
「あぁ、ナゴレンの夜会の招待状を、その令嬢のおかげで手に入れることが出来たとか言ってたな」
「ほう? テレッサがナゴレンと繫がりがあったとはね…」
ソアンの表情が険しくなる様子に、ヒースが首を振って苦笑する。
「同い年らしいぞ。まぁ聞いた話だけだから詳細は不明だが、ソアンが心配するような繋がりじゃない。万が一そう言う繫がりなら、マローネが早々に報告を入れてくるだろうからな」
「ふむ」
腕を組んで少し考え込むソアンに、ヒースが言葉を続けた。
「まぁ妾腹らしくて、家にも居場所がないらしく図書館で知り合った令嬢だとか言ってたな」
「図書館?」
「王立図書館だよ。テレッサ様が図書館の視察に行ったときに出会ったとか何とか」
ソアンが軽く瞠目する。
「ほう。令嬢が図書館ねぇ」
「気になるのか?」
「あぁ、大いに気になるね。令嬢が図書館と言うのが良い……使えそうな令嬢ならテレッサの傍仕えに良いかもしれない」
問いかけへの返事が全く色っぽいものではなかった事に、ヒースは苦笑を押さえきれずに肩を落とした。
「まぁ、わかってた。ソアンには無縁な話だという事はな」
「あ”?」
「いーや、何でもないよ。情報は集めておく」
「そうしてくれ。有用な人材ならば、ナゴレンと共倒れさせるのは惜しい」
自分の発言が切っ掛けになったので、黙ってソアンとヒースのやり取りを眺めていたが、どうやら悪い事にはならずに済みそうで、ローグバインは小さく笑んで息を吐いた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)