191話 こちらとあちら
出入り自由となった異空地で休んだり、野宿を楽しんだりしながら歩を進めているエリィ一行。一行とは言うが歩いているのはエリィとアレク、時々セレスだけで、他の皆は休憩の時以外はほぼ居空地にいる。
ここまでの殆どの道は街道から外れた場所を進んできたが、最初からの予定通り途中2回程人里に立ち寄った。
その時に改めて実感する事になった。予定外に滞在する事になったトクスと言う場所が『村』とは言いながらも、前線への中継拠点としてかなり開けていたのだなと。
エリィは昼食の準備に居空地から出てきたフィル達を眺めながら、そんな事を考えていた。
きれいに洗い皮をむき、一口サイズより少し大きめに切った野菜を鍋に放り込んでいるフィルが、日本人ならスーパーで見た事のあるパッケージを手に小さく肩を落とした。
「これで最後なのですね」
日本人の国民食と言っても過言ではないカレールーである。箱は既に開いていて、残り半分だけだ。その残り全てを鍋に入れた。
ある程度魔法も使えるとなった時、エリィには試してみたい事があった。
食事を魔法で作り出す…呼び出す? 事。
小屋にいた頃は、それのおかげで飢えることなかった。あれが日本から取り寄せていたのか、それとも魔法で再現していただけなのかはわからないが、日々美味しいものを食べられていたのだ。
しかしそれが出来ていたのは、小屋には浄化石がずっと設置されていて、魔素が豊富にあり、また食事程度ならあの時点でのエリィの魔法力でも問題なかったからなのだが、魔素に溢れた小屋を後にしてからは、そんな事は出来なくなっていた。
ただ、やっと魔法らしい魔法を使えるようになってきた今、美味しい日本のあれこれをと願うのは必然だ。
ハンバーグにステーキ、お刺身にお好み焼き、パスタも良い。たこ焼きやクレープなんかも外せない。
お菓子の類は必須レベルだろう。
もう考え出したらキリがない。
しかし満を持してやってみた所、目の前にちゃんと実体化できたのは某メーカーのカレールーが一箱だけだった。
エリィは自分の魔法力や魔力が足りないせいかもしれないと思ったが、アレク曰くそっちは小屋に居た時より格段に上がっていると言う。魔素量もエリィ自身が清浄で常に浄化できるから、そっちも問題がないようなのだが、目の前に出現させることが出来たのはカレールー1つだけで、後は何をしようが形になる事はなかった。
もしかすると前世との繫がりが徐々に薄れてきているのではと言われ、エリィは暫く茫然自失になってしまう。
その日はカレールーを半分使ってカレースープを、アレクとフィルが頑張って作ってくれた。
そして今日、残りの半分も綺麗に使い切る。
「うん、やっぱり良い香り」
すんと鼻を鳴らして口元に笑みを乗せるエリィが、少し痛々しい。
「エリィ様……」
「もう良いんだって。寂寥感は拭えないけど、記憶までなくなったわけじゃないし。それにほら、こっちの食材で再現目指すものアリでしょう? 記憶さえあればそれも可能だと思わない?」
「「………」」
「何だって皆の方が落ち込むかなぁ……何にせよ美味しく食べなきゃ勿体ないわ」
「それは……そうですね」
フィルが器に入れてくれたカレースープに口をつけながら、エリィはふと思考の海に沈む。
この先、もしかしたら記憶も薄れていくのかもしれない。
何故そう考えてしまうのかと言えば、エリィは元々こちらの世界の存在なのに、どういう形にしろ世界を渡ってしまった。しかしその事実は、世界としてそれは好ましいモノではないのかもしれないと思うからだ。
世界は交わらないのが普通。
だからエリィの記憶や何かが世界にとっては邪魔なのかもしれない。にも拘らず、どうやらエリィそのものは世界にとって必要な存在のようだから。
ただ、それは嫌だなと、口には出さないが一人思う。
世界側の事情を押し付けられても困る。だから忘れたくはないなと思うのだが、何処まで抗えるのかは未知数だ。
とは言えそんな諸々を全て話す事は出来ない。皆、今でさえ気遣ってくれるのだから、そんな事を言えば困らせてしまうだけだろう。だからこれはエリィが一人で考え抱え向き合っていく。
エリィは気持ちを切り替え、そう言えば…と気になっていた事を口にする。
「王都まで、というか、ヴェルザンさんから届いた文書にあったデノマイラってまだ遠い?」
「そうですね、これまでと同じ調子でしたら後1週間くらいかと思います」
「これまでの調子って……街道から逸れて魔物と遊びながらならってことね」
「はい、真っすぐ向かえばもっと早く到着すると思いますよ」
フィルが困惑顔に無理やり笑みを乗せる。
「どうしようかなぁ……。ぁ、この国の王都って海に面してるんだっけ?」
「海に直接面してるのは王都ではなく、王都に隣接しているマズナーダと呼ばれている場所ですね」
「ふむぅ、じゃあ位置的に海の方に向かうのは難しい?」
「そうですね、デノマイラ、王都、マズナーダ、海って並びでしょうか」
「残念。港町に寄り道できそうにないなら、まっすぐ行かずにわき道にそれて遊んでからにするわ」
「まぁそれが宜しいかと。あまり早く着いてもあちらの受け入れ態勢が出来ていないかもしれませんしね」
「受け入れ態勢と言われてもなぁ、別にこっちは野宿でも問題ないんだけど」
「目立たせると言う意図がある以上受け入れるしかないかと」
「はぁ、面倒……ばっくれちゃダメかしら」
何て口では言うが、実際に逃げたりすればオリアーナやヴェルザンにどんな咎めが課されるかわからない。
勿論そんな事にならない可能性もあるが、万が一そうなったら寝覚めが悪い為、逃げると言う選択肢は最後の一手だ。
「ワタクシめはそれでも良いかと思っておりますが、そうはなさいませんのでしょう?」
「……はぁ、そうね。どう転んでも面倒なら、少しでも面倒が少ない方を選んだ方が良いって言うのは頭ではわかってるのよ。だけど気乗りがしないと言うのも間違いなく本音なのよね…。
だってお貴族様よ? もうなんかっちゃぁ難癖付けられそうで」
「まぁ否定しませんが、セレス達がいますから、跪くのはあちらかと」
「それはそれで面倒そうなんだけど?」
「本気……か?」
「あぁ、本気だよ。私が暫定的に第2騎士団団長となる事は決定事項だ」
第2騎士団団長ケッセモルトが処断されたことで、空席となったその席に王弟ソアン事ペルロー公爵が一時的に座る事になった。
「安心しろ。実際に動くのはログだよ?」
「だからそれが安心できないと言ってるんだが?」
「いやぁ、持ち場が王都の方で助かったよ。デノマイラへの出向も文句が出ない」
「王都と隣接してる場所と言うだけで、警護範囲じゃないんだが」
「それでもだよ。王宮内警護よりは言い訳が出来るだろう? と言う事で明後日にはデノマイラへ向けて出立の予定だ。勿論私ではなくログが、だよ?」
にこにこと笑顔を絶やすことなくいうソアンと反対に、聞かされているローグバインの方は眉間に皺を寄せて蟀谷を押さえている。
「何が不満なんだ? 爆弾含め、諸々の出迎えに向かってもらうだけじゃないか。あぁ、受け入れの為の場所はこの離宮と王宮の方で用意するから安心しろ」
「は? 離宮ってソアンの? それに王宮って」
「王宮の方で受け入れてもらうのはオリアーナ嬢の方だぞ。まさかこの離宮に女性を迎える訳には行くまい。何にせよ安全面から考えれば一番マシだと思うんだが」
「それはそうかもしれないが、ソアン自身の安全が……」
「精霊に牙向かれたらどこに居たって安全ではなくなるさ」
相変わらずいつものソファに足を組んで腰を下ろしたソアンが、お手上げとばかりで両手を軽く掲げ上げる。
その様子にローグバインがはぁと大きく息を吐いた。
「それから、これを」
一枚の書類がテーブルに広げられる。
「オリアーナ嬢の身分が平民のままでは些か困るだろう?」
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)