19話 霧が晴れて
セラは微かに頷いた。
「せ、せやけどグリフォンて水やのうて風なんちゃうん?」
確かに魔物なら瘴気を利用できるから、今この場でも魔法の行使は可能だろう。しかし、グリフォンという種が水、しかも回復促進などという魔法を行使できるなど、今まで聞いたことも見たこともないアレクは、どうにも不信感が勝っているようだ。
「もちろん風も使うが…」
やや目を伏せ、少し考えこむようにセラが呟く。
「そういえば俺の事を鑑定したのではなかったか?」
思い出したように伏せていた目を上げ、アレクの方へ顔を向けるが、当のアレクはというと、狼狽え気味に『鑑定したのはエリィや』と返事しながら首を横に振っていた。
「見てへん、っちゅうか、覚えてへんわ。《従魔》のインパクトのほうが大きかったんやもん」
「そうか…しかしながら説明している時間が惜しい。始めるぞ」
地面に横たわったままのエリィは意識がはっきりしないのか、小さな呻き声を零しているものの、両目は苦しげに閉じられている。
地面の黒ずみは広がりを止めていない様子から、出血は続いている事が伺える右肩の近くにセラが座り直し、金目を閉じると深呼吸をする。
セラの身体の周囲に、淡く赤みを帯び少し歪不揃いな光の粒子が集まり始め、次いで彼の全身が水色の輝きを放つ。
そしてゆっくりと身を伏せ、エリィの右肩に額を押し付けた。
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こちらの世界の時間の単位はわからないが、10分以上経った気がする。更に30分は経ったかも……1時間……
固唾を飲んで見守るアレクの方は、自分の鼓動が痛い程頭に響いていて、その痛みに今にも倒れそうになっていた。
セラはグリフォンで魔物だ。
成り行きで従魔になったとはいえ、信頼関係の構築には至っているとはまだ思えない。その不信による不安と、エリィを失ってしまうかもしれない恐怖で、全身が悲鳴を上げていた。
いつの間にか霧は晴れていて、夕暮れの朱い陽光が木々の合間を縫うように地面にまだら模様を描いていた。
ドサリという重い音にアレクはビクリと身体を震わせ、ハッと顔をあげてみれば、エリィの横で蹲るように身を横たえるセラがいた。
「セラ!」
慌てて近づけば、その気配にセラがゆっくりと疲れた顔を上げた。
目が合うと何故だろう、セラが笑んでいる気がする。表情があるとは決して言えないと思うのだが、何故かそんな気がするのだ。
その様子に半信半疑でエリィの顔の横に降り立てば、安定した呼吸がかかった。
桜色の瞳が一瞬潤んで見えたが、やや顔を上げ気味にセラの方へ身体ごと向き直り、エリィの血で汚れた彼の額を耳手で撫でた。
「ありが…と…やで、ほんま」
フッと小さく呼吸で笑ってセラは両目を閉じる。
表情ではなく音だからか、今度は笑んでいることがしっかりと伝わる。
「すまぬが、少しばかり休憩を貰いたい…暫く守護を任せても構わぬだろうか?」
「任しとき!」
そのまま眠りに落ちたセラと、出血が止まり呼吸の安定したエリィを一瞥してから、洞の入り口に残したままの結界石を回収に向かう。
さほど離れていないので、大丈夫だろう。一応気配を感知しようとしてみるが、特に何も感じない。
というか、アレクは苦手なのだ。探索とか細かいことがどうにもうまくできない。だから心の中で祈ることにした。
(―――もう何も悪い事起こりませんよーに! ほんま、頼ンまっせ!)
ふと気づいて辺りを見回せば、セラが引き裂いた狼の魔物の死骸が見当たらない。
暫くぼうっとその場所を眺めていたアレクは、そういえば……と小さく呟いた。
水属性の魔力光を纏ったまま、エリィに額を押し付けているセラの後ろで、音もなく狼の巨大な身体がゆっくりと光の粒子となって消えていった事、そしてその方向からカランと澄んだ音が聞こえた事を思い出していた。
結界石を回収してきたものの、残されていたのは2つだけで、内部に設置していた2つはエリィに渡した後だったと、アレクは肩を落としながら戻ってきた。
眠る二人が血や土で汚れていることに気づき、浄化だけでもしておくかと近づくが、逡巡した後はぁと溜息を吐く。スキルであれ魔法であれ、細かいことは苦手なアレクだった。
そして2つだけでは使い物にならない結界石を自分の前に置き、更に溜息を重ねてから警戒だけはしようと座り直した。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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