189話 密談と王女の願い
ソアンの悪そうな顔に双眸が半眼になって行くローグバイン。
流石に可愛そうになったのか、ヒースが手の内を明かしてくれる。
「そのくらいにしておけ。済まんな、つい。
ナゴレン侯爵家の夜会には、最初からテレッサ様が向かうと決まっている。安心しろ」
「ふん、つまらんな」
苦虫を噛み潰したような顔でじっとりと睨みつけて来るローグバインに、ソアンがお手上げポーズを大げさに取った。
「と言う訳で、お前は受け入れ準備の方だ。よろしく頼むよ」
「何が『と言う訳』だ。まったく」
「悪かったって。だがおふざけはここまでにして、オリアーナ嬢も対象だから浮かれるのは仕方ないが、ホスグエナの長男が同行してくる。それに、まだ可能性段階でしかないが、トタイス殿もこちらで保護できるかもしれない」
「ヒース、それなんだが、子供は兎も角、トタイスはすんなり来るだろうか」
ソアンが真面目な顔で訊ねる。
「ヴェルザンが上手くやってくれれば…かな。まぁ例え彼に逃げられたとしても何とかなるだろう。子供だけでなく証拠品もこちらに送ってくれると言う話なんだろう?」
「あぁ、ちょっとした爆弾と一緒らしいがな」
再び紡がれた『爆弾』という単語にローグバインが反応する。
「さっきから爆弾って……何なんだ」
「あぁ、そうだな。割れ壷が喚いたせいもあってトクスの子飼いの囮に、ヴェルザンの所の新人を使うと言う話があったろう? 覚えているか?」
「あぁ、右も左も分かっていないだろう者になんて事をと思ったが」
「そいつが西の森の瘴気後退に関与しているらしい」
目を丸くするローグバインに気をよくしたのか、ニヤリと口角を上げながらソアンが続ける。
「それだけじゃなく、後退には精霊も関与していると言う話でな。その新人クンが精霊まで連れて、証拠品とともにやって来ると言うのだよ。爆弾だろう?」
「それは……」
ボスンとソファの背に凭れ掛かり天井を一度仰いでから、ソアンは2人に向き直る。
「精霊なんて御伽噺だと思ってたし、今も存在を信じるに至ってはいないが、それでもここゴルドラーデン王国建国の話は知っているだろう?」
「……女神の声に応え、精霊達が丘に集い、大地の害を払ったってやつか」
「それそれ。もし精霊なんてものが姿を現してみろ。この国の全てが膝を折るだろう」
「それはそうだな……王でさえ跪かねばならない存在…か」
「それを救ったのが何処の馬の骨とも知れぬギルド員の新人。まったく笑えないね」
「それは精霊が本物だった場合の話だろう? 精霊なんて誰も見た事がない存在だし、騙そうとしてるだけじゃないのか?」
「騙そうとしているような輩をヴェルザンが私達に預けると?」
「ッ……」
「ヴェルザン曰く、その新人クンの人柄は問題がないそうだ。
トクス村ギルドマスターとサブマスターまで救出してみせたツワモノ。まぁ赤ん坊の頃に森に捨てられたらしく、出自など記憶にない事もあると言う話だから、得体が知れない事に変わりはないがな」
「その爆弾新人殿含め、王都での受け入れを整えれば良いんだな?」
「そういう事。勿論安全の保障も頼むよ」
「わかっている」
「後は……そうだね、一斉に王都入りするわけではないようだ。それぞれ個別で動くことになるようだから、その辺はヴェルとうまく調整してくれ。ローグには苦労を掛けてしまうが……だが、私はワクワクしてもいるんだ」
ついさっきまで王家が膝を折る事になりかねない事態に眉根を寄せていたソアンが、フッと力を抜いて笑み交じりに放った言葉に首を傾がせた。
「この国の安定に波紋を起こす事態は避けたい所だが、本物の精霊など死ぬまでに見る機会など普通はないだろう? それに新人クンが連れて居る従魔もとても珍しいらしい」
「あぁ、まぁそのせいで面倒に巻き込まれたようだからな」
「そういう意味では素直に楽しみだろう?」
―――☆〇……□☆◎+
廊下の方から何やら話声が聞こえてくる。
ソアンは双眸を眇め、ローグバインとヒースは素早くソファから立ち上がり、すっと配置に着く。
「(先触れもなく申し訳ございません。テレッサ様付きの侍女でございます。テレッサ様がペルロー閣下との面会をご希望なのですが、可能でございましたらお取次ぎ願えませんでしょうか)」
扉越しに聞こえてくる声は聞き覚えのあるものだった。
「どうした?」
「どうやらテレッサ様付きの侍女から面会をご希望との事です」
「あぁ、テレッサか。勿論構わないよ。開けてあげてくれ」
「はい」
ソアンの部屋の警護は、彼自身の希望で部屋前ではなく、少し離れた廊下にお願いしている。
何故かと言うと情報漏洩対策の一環だ。
扉脇での警護だと、扉越しに聞き耳を立てる事も可能だし、何なら魔具を扉が何かで開いた瞬間に滑り込ませることも可能になってしまう。
要は警護の騎士さえも信用できないと言うだけの事だ。
ヒースは扉を開け、少し離れた場所で警護騎士に説明しているマローネに声をかけた。
「許可がでました。どうぞ」
マローネはその声に顔を上げ頷くと、一度後ろの方へと戻って行ったが直ぐにテレッサとともに姿を現した。
入室許可が下りるまでは別室にテレッサを待機させていたのだろう。
ドレスの衣擦れの音が近づいてきてテレッサが室内に入り、ヒースが扉を閉める。
「ペルロー公しゃ「あぁ、堅苦しい挨拶など不要だよ」……はい」
挨拶を途中で遮られ拗ねるかと思われたがそんな事はなく、テレッサは満面の笑みを浮かべた。
そんな叔父と姪の対面に、流石に退出しようとローグバインが深く一礼して扉の方へ足を進めると、何故かマローネがそれを遮ってくる。
「あの…」
困ったような声で言葉に詰まりながら、ソアンとヒースに視線を向けるが、苦笑するばかりで誰も助け舟は出してくれない。
「ビレントス卿も、どうぞこのままここに留まってくださいませ」
「ですが」
「どうせ後から聞くことになるのですもの、一緒に聞いてくださった方が早く済みますわ」
ふふっと悪戯っ子のように屈託なく笑うテレッサに、ローグバインの方が白旗を上げた。
「伯父様、お時間をくださりありがとうございます」
「あぁ、テレッサにも面倒をかけているようだね、済まない」
「そんな言い方嫌ですわ。私、お役に立てて喜んでいますのに。今更仲間外れに等なさいませんわよね?」
まだどこかあどけなさの残る頬を少し膨らませて、眼差しを精一杯強くしようとする姪の姿にソアンは破顔する。
「それでどうした?」
さっきまでローグバイン達が座っていた対面のソファに、テレッサは腰を下ろし、脇に控えるマローネに顔を向ける。
「マローネ」
「はい」
促されたマローネがヒースに一通の封書を差し出す。それを受け取り、軽く外観を確認してからソアンへと渡す。
「これは……ナゴレンの招待状か」
「はい、無事手に入れましたわ」
「そうか、よくやってくれた。当日は変装させた影を向かわせるから、テレッサは普段通りにしててくれて構わないよ」
「お断りしますわ」
「テレッサ……万が一の事もある。何かあってからでは兄上に顔向けできない」
「ですが、顔を見られれば露見してしまいますわ。そうなれば警戒させるだけの結果に終わってしまいます」
むぅとソアンが難しい表情で押し黙る。
まだここまで魔法が使えなくなる前であれば、魔法で偽装隠蔽する事も可能だった。しかし今の魔素濃度でそれを行使できる者が残念ながら影に居ない。
偽装隠蔽のための魔法を、涼しい顔で使えるエリィがおかしいのだ。
魔具を使う方法もあるが、小型軽量化できておらずそれも難しい。
とても原始的な方法、体格の似た者にカツラや化粧で変装させると言う手段しかないのだ。
「マローネももちろん同行させますわ。それでお願いがありますの。当日のエスコートの人選にお知恵をお借りできませんか?」
ソアンは軽く目を瞠った後、合点がいったとばかりに頷く。
「そういう事なら勿論。しかし……本気で自身で行く気かい?」
「はい。私だって王家の者ですわ。これ以上王家の威光を失墜させ、それどころか国に仇なす様な事は見過ごせません。ナジャデール王国と手を組もうとするなど……あのような盗賊国家を招き入れてしまえば、この国は戦火に塗れてしまう事になってしまう。そうではありませんか?」
意志の強い光を湛えるテレッサの双眸に、ソアンは苦し気に眉根を寄せた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)