180話 一つの取引が完了
エリィ一人で村へ入り、ギルド舎に向かって歩く。セレスを瘴気真珠から解放で来たおかげだろうか、吹く風も少し鋭さが控えめになった気がする。そのせいか村人達の顔も心なし明るく見えた。
ギルド舎へ着けば、依頼掲載ボード前は人でごった返している。最も村のギルド舎なので、フロアもそこまで大きくない事も、人が多く見える原因となっていた。そのおかげで特に見咎められる事もなく、ギルド舎奥の部屋まで真っすぐ進むことが出来るのだから有難い。
軽くノックをし、中からの応えを待つ。
声からだけでもわかるほど疲れた声が返ってきて、エリィは少々困り顔になりながらドアを開けた。
ドアを開ければヴェルザンがこちらを見ていて固まっている。
「え、エリィ様!?」
想定外に驚かれてエリィの方が吃驚するが、ヴェルザンが慌てて駆け寄ってきた。
「何だって西の森なんて行ったんです!? 私言いましたよね? 西には行っちゃいけませんて、それがどうして!? いえ、その後の話も入ってきてますので、それは感謝しかございませんが、ですけどね」
もうマシンガンである。止めようとしても恐らく止まらないだろう。
気が済むまで言いたい事を言わせたとて、それを一々聞き拾わず、騒音と処理すれば良い。
途中『コッタム』だの何だのと聞き馴染みのない単語が聞こえたが、暫くして言いたい事は言い尽くしたのか、ヴェルザンが黙り込む。
それに気づいてエリィがボソリと呟いた。
「疲れてるので詳細は明日にでも。ギルドマスターさんは西の方、村の手前でセラと居ると思うから回収を。それじゃ」
呆気に取られているヴェルザンを後目に、さっさと退室してエリィは宿へと向かった。色々と話すにしてもカデリオからの情報を得てからにしたいのだ。そしてセラには念話で一報を入れる事も忘れない。
バラガスの回収にはヴェルザン本人が行ったらしく、セラから無事終わった事を聞いた。
その後ベッドはセレスに占拠されているので、何と無しに椅子に座りぼんやりしているといつの間にやら眠ってしまったようだった。
エリィが目覚めた時には既に空が夕焼けの染まっている。
仮面越しに目を擦ると言うのも間抜けな気がして、寝起きのボンヤリ感のまま暫く虚ろになっていた。
ようやっと意識が身体に降りて来た所で、カデリオからの返事に確認のために再度目を通す。
流石にエリィの姿は軽くでも残っていたのだろう、待ち合わせ場所に『2つ首犬の口』など酒場を指定されなくて助かった。
とは言え宿からは少し距離があるので早めに準備をしていると、アレクが知らぬ間に足元に居た。
「出かけるんか?」
「そう、覚えてるかしら? 黒づくめのカデリオ氏とね」
「あぁ、ほんなら僕も行くわ」
別にエリィ一人で問題はない。何もあるとは思えないが、正直カデリオが裏社会でどれほどの実力を持っているとしても、返り討ちするくらい既に造作ないのだ。
その気になれば指先一つ動かすことなく、彼の首を転がせてしまう。
「暇やし、特に意味なんかあらへんで。まぁ何かあったら…って、なんもないやろけどな」
大雑把な癖に面倒見の良いアレクであった。
他にもついて来ようとするフィル達には、何かあったらすぐ伝えると約束して、アレクと二人だけで指定場所へ向かう。
未だ時盤を持っていないエリィに現在の時間はわからないが、まだ宵の口で指定された『深夜』には程遠いはずなのに。既にカデリオらしき人影が見える。
さっと官邸で本人かどうかを確認すれば、間違いなくカデリオだ。
「随分と早いのね」
声をかけながら近づけば、人影は被っていたフードを外し、エリィに向き直る。
過日に見た彼は、最初死んだ魚のように虚ろな目をしていたし、髪はざんばらで無精髭に覆われていた。
しかし今は灰色の髪はすっきりと切り整えられ、涼やかな水色の瞳が見えている。無精髭もなくなっていて、とんだイケメン具合に口が開きそうになった。
「……ぁ~…凄い変わり様ね」
エリィの言葉にカデリオが微かに口角を引き上げる。
「そうか?」
カデリオが訳が分からないと言いたげに首を傾げるが、そんな雑談をしに来たわけではない。
「それで、どうだったのかしら?」
エリィに促され、知りえた内容を話していく。
まずギルドの方はどちらかというとホスグエナ伯爵側とは対立している事。
ヴェルザンはシセドレ公爵令息で、憶測ではあるが王弟の方と繋がっている事。
王弟の名はソアン・ゴルドラーデン・ペルロー。既に臣籍降下していてペルロー公爵を継いでいて、第2騎士団を動かしているらしい事。
クーデターの事。
ホスグエナの不可解な行動の事。
王都に居た知り合いが持っていた手帳の事。
コッタム子爵領と子爵邸の事。
それらを話しているうちにすっかり夜は更けていた。
たった一つのブローチの対価としては、釣り合わないほどの情報量の多さだ。だが、これで全てヴェルザンに押し付ければ良いと、エリィは判じた。
あんな施設を作るような者たちの利になる様な動きはしたくない。
渡された手帳などを受け取る代わりに、エリィは赤いブローチを差し出した。
「こんなに多くの情報が得られるなんて思ってなかったわ。本当にありがとう」
カデリオは差し出されたブローチを手に取り、じっと見つめる。
これはズースの姉であるデボラの物だった。随分以前に母親から譲り受けた物だと言っていた気がする。
「以前にも話したかもしれないけど、それはズースさんだったかしら? その人からカーシュの兄、ケネスが渡されたもので、私は彼から頼み事と一緒にそれを渡されてたの。まぁ結局は助けた事に対してのお礼にと言われたけれどね。
でも話を聞いた後で売ったりするのも何でしょう? だから預かるって事で受け取ったの。
だけどカデリオさんがそのズースさんと知り合いだったと分かったし、貴方に託せば良い様にしてくれるだろうしね。
そんな品を報酬に使ってごめんなさい。
言い訳にしかならないけど、ほんと情報を得る手段がなくて困ってたのよ」
「いや、俺の方こそ……もうズースに繋がる物が何もなくて、デボラさんにも合わせる顔がなくて……だけどこれで理由が出来た。感謝する」
「じゃあお互い良い取引だったって事ね」
そう言ってエリィが顔を上げ、柔らかく口角を上げる。目深に被ったままのフードから仮面を覆う包帯が見えただろうに、目の前のカデリオは驚くわけでもなく何やら思案顔だ。
どうやら思考の海にでも沈んでいるのか、何の応えもなくなったのでエリィはそのままアレクを連れて立ち去ろうとしたのだが。
「待ってくれ」
カデリオの言葉にエリィは足を止め、足元に居るアレクと顔を見合わせてから訝しげに振り返った。
「何かしら? ぁ、あぁ、誓文? そうね、ここで破ってしまうわ。それにコインも返さないと」
取引が完了したのだがら誓文は最早無用のものだ。既に成功完了しているので何の効力もない。それ以前に誓文を有効にするための魔力を流しても居ないので、最初からただの紙切れでしかないのだ。
だけどそんな物を他人に持っていられるのは、嬉しくない事態だろう。
背負い袋を下ろし中を探る振りをして、彼から渡された誓文とコインを取り出そうとしたところで再び声をかけられた。
「アンタの名は何と言うんだ?」
「……ぇ?」
「誓文もコインもどうでもいい。アンタの名が知りたい」
「………何故…?」
「理由? そうだな色々あるが、端的に言えばアンタが気に入った」
「………」
「………………」
「………………………は?」
盛大な間の後に出た言葉はそれだった。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)




