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178話 王弟と第2王女は苦労する



 扉がノックされた事でマローネからの報告は一旦区切り、別室にて報告書へ纏めるよう言いつけた後、扉の外で待つ者に声をかける。


「どうぞ」

「――失礼いたします」


 見慣れた文官が何時ものように束になった書類を抱えて入室してきた。


「テレッサ様、こちらが追加分となります」


 ドンと机に乗せられたそれは厚みが10㎝を越えようかと言う程重ねられており、淑女にあるまじき所作ではあるが、思わず溜息が零れた。

 以前の皮紙であれば例え重ねられた厚みが10㎝に達していようと、枚数としては少なくはないが、それでも捌けない量ではない。

 しかし植物紙になってからは溜息しか出ない。


「相変わらず多いわね」

「はい、テレッサ様の御指示通り、まずは直轄領の食料の備蓄と税についての書類と、穀倉地の分の物もお持ちしましたので、少々……」

「ありがとう。こういつまでも寒いと良くない事態も想定しなければね」


 テレッサは重ねられた書類の一番上の物を手に取った。


「これは穀倉地の分ね。仕事が早くて助かるわ」


 少し前に穏やかな風が吹き抜け、漸く季節が進んでくれそうだが、だからと言ってこれまでの寒さの影響がない訳ではない。

 寒さで種蒔きそのものを見合わせて居たり、種蒔きはしたものの出た芽が枯れてしまったり、それどころか芽吹く事さえなかった場合などもある。


「貴族達へ自領の備蓄量、状況を報告するよう早々に通達して頂戴。王都の倉庫全てを解放しても間に合わない可能性もあるから、輸入量の増加をお願いしないといけないかもしれないわ」

「それなのですが、報告通達は既に終わっています。また農作物の輸入量についてもノークヴェーンはじめ各国からの返事待ちとなっております」

「あら、もう手を回しているのね」

「はい、シセドレ公爵様が……」

「あぁ、流石ね。王陛下にもお伝えしておくわ。それじゃ下がってくれて結構よ」


 そう言うとテレッサはペンを取り何かを書き始め、書類を持ってきた文官が一礼してから部屋を出ていくのを、片手間に見送った。

 それと入れ替わる様にマローネが戻ってくる。


「………」


 執務机の上に増えた書類を見てマローネが微かに目を眇めた。

 その視線に気づいたテレッサが、おどけたようにお手上げのポーズをしながら首を横に振り苦笑する。


「もう少しすれば今度は陳情の書類が山積みになりそうよ。それにしても早かったわね」

「はい、こちらはそれほど量は多くありませんから」

「量が多くなくても内容が内容だけに、重くはあるけれどね」


 掌を上に向けた右手をすいっとマローネに伸ばせば、すぐに纏めた報告書を手渡してくる。


「えぇ、問題ないわ。これも一緒にヒースにでも渡しておいて頂戴。彼経由でソアン叔父様へちゃんと届くでしょう」

「はい」

「あちらの状況は何か聞いていて?」

「いえ、特には何も」

「まぁそうね、お姉様の動きに気づかなければ、私達もこんな話聞く事にはならなかった訳だもの」

「あの……」

「どうかして?」

「その……カレリネ様の事も報告してよろしいのですか?」

「えぇ、勿論よ。お父様に伝えた所でどうにもできないでしょうし、これ以上の綱渡りは御免被るわ。ソアン叔父様ならば情報を適切に活用してくださるはずだもの」


 渡した書類とテレッサの手書きの文書をマローネが受け取る。


「心配してくれるのね、ありがとう」

「いえ、私は……」

「まぁ何とかなるわよ。何とかならなくても、その時はその時。

 何とかならないかもしれないと恐れて、見て見ぬふりするなんていけないことでしょう?」

「テレッサ様…」

「さぁ、まだ来ても居ない未来を悲観して暗くなっても仕方ないわ。貴女は先にそれを持ってって頂戴。私はこっちの書類を片付けるわ」


 はいと頷いてマローネはテレッサの執務室を後にする。

 マローネはヒース同様王族の懐刀となるべく訓練を受けた人間なので、その表情が変化する事はない。

 だがその内心は決して平穏ではないだろう。


 主人であるテレッサの言いつけ通りヒースを探す。この時間ならばもう離宮の方へ戻っているかもしれない。

 少しでも時短の為に木立の合間を抜けるルートを選んだのだが、その判断は良かったのか悪かったのか……前方、少し離れた場所に離宮を窺う怪しい人影を見つけた。

 面倒なと思いはするが、見逃すと言う選択肢はない。

 気配を殺し、静かに近づいたかと思うとあっさりと制圧してしまえた。あまりの呆気なさに暗殺者ではないだろうと予測をつけ、さっさと拘束して立ち上がると、近づいてくる気配がある。


「おや、珍しい」


 よく知るその声に、捕まえたばかりの賊を突き出す。


「あ~、捕まえてしまったか。まぁいい」


 ヒースが突き出された賊の拘束をしっかりと握ると、マローネの方へ視線を戻した。


「何だ、知ってて放っていたのか…それなら済まない」

「あぁ、構わないよ。適当な情報を掴ませて躍らせるかと放置してただけだから。それで? 用があるのは俺か? それともソアン様か?」

「最終的にペルロー閣下に届けばそれでいい」

「わかった」


 手渡された書類は当然ながら封をされている。その封書を試す眇めつ眺めてから、ヒースはマローネに問いかけた。


「お前を疑う訳ではないが、中を改めても?」

「どうせペルロー閣下と読むのだろう? 遅いか早いかだけだ、好きにすればいい」


 懐から小さなナイフを取り出し、さっと封を開け中の書類を取り出す。

 視線の動きが文面を追っている様子を眺めながら、マローネも静かに控えていた。


「なるほど。これはそのままソアン様に見せていいんだな?」


 マローネは黙ってこくりと頷く。


「確認済みだ」

「そうか、それでこの『実験』というのは?」

「それ以上でも以下でもない。私は聞いたそのままを報告しているに過ぎない」


 にこりともせず淡々と告げるマローネに、ヒースが苦笑を漏らす。


「わかった。それではこれは確かにソアン様にお渡しすると、テレッサ様にお伝えしてくれ」

「わかった」


 あっさり来た道を戻って行くマローネの後ろ姿を少しだけ見送って、ヒースも離宮内に戻った。


 ビックリするほど誰ともすれ違う事無く廊下を進み、ソアンがいる部屋の前で立ち止まりノックする。

 返事がないのでそのままそっと鍵を開け室内に滑り込むと、ソアンがソファに腰を下ろし、前にあるテーブルに長い足を交差させて投げ出したまま目を閉じている。

 当然室内に入ると同時に扉の鍵はかけている。


「ソアン様」

「………」

「ソアン様」

「………………」

「ソアン、いい加減しろ」

「ふん、それで何だ?」


 薄っすらと片目だけ開けたソアンに、マローネから受け取った封書を渡す。

 既に開かれている事に何も言う事はなく、黙って中の書類を取り出し目を通すと、テーブルに乗せていた足を床に下ろし、少しばかり前のめり気味に読み終えた。


「タッシラ兄上とワッケラン公爵が繋がっているのは想定内だったが、まさかカレリネまでとはな」

「まぁテレッサ王女と違ってカレリネ王女はソアンが苦手みたいだからな」

「失礼な奴だよ。ところで…」

「『実験』についてなら、今のところ不明だ」

「あ~、そう。それにしてもテレッサには苦労を掛けているな……まだあの子は16だというのに」


 開いた足の大腿に肘をそれぞれ置いて、項垂れる様に床に視線を落としたソアンがポツリと呟く。


「王陛下も妃陛下方も、もう少しどうにか頑張って貰えないのか?」

「言ってはいるんだが、変な覚悟を決めていてな……私としても可能な限り秘密裏に収める努力はしているつもりなんだが」


 手持無沙汰になったのか、ヒースがお茶を用意し始めた。


「王兄殿も公爵殿も諦めてくれそうにないしな…その手紙にある通りなら、ノークヴェーンの更に南、ナジャデール王国と既にカレリネ王女が接触している訳で、好機ととらえているだろう」

「全く……馬鹿は馬鹿なりに大人しくしていてくれれば良いものを」

「おいおい」

「ふん、事実だろう? ナジャデール王国と言えばかなり武闘派……いや、ここだけの話、遠慮なく言わせてもらえるなら盗賊の国だ。

 あそこにも港があるのに何故交易が盛んにならなかったと思う? 対等な取引ではなく略奪と言っても触りがないような不平等貿易をしようとしたからだ。

 そんな国に弱みを握られるなど、普通の感覚ならありえないだろう」

「おい、間違っても他では言うなよ」

「とにかくナジャデールの方は何とかしなければ……またローグバインの目の下の飼い熊が増えるな」




ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。

リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。


そしてブックマーク、評価、本当にありがとうございます!

とてもとても嬉しいです。

もし宜しければブックマーク、評価等して頂けましたら幸いです。とっても励みになります!


修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)

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