177話 糞豚と異母姉と異母妹と
エピソードタイトルもほんと難しい
「……はい」
くすんだ金髪の神経質そうな男性は頭を下げたまま微動だにせず、掠れた返事を絞り出した。
それにタッシラが眉を跳ね上げる。
しかしその場で再確認はせずカレリネの方へ顔を向けた。
「しかしカレリネ、嫁ぎ先は小国とは言え王家だぞ、不満なのか?」
「当たり前ですわ! ワタクシはこの国の正当な第1王女。見劣りのしない血筋の王配を迎えて王位を継がずしてどうすると言うのです?」
「おやおや、ワシの可愛い姪御は王位がお望みか」
「伯父様にはワタクシが継ぐまでの中継ぎをお願いしますわね」
くるりと薄い笑みを張り付けたカレリネがタッシラに向き直った。
しかしその後すぐに彼女の表情が沈む。
右手の指先で縦ドリルにした自身の髪に触れた。
「忌々しい色……何故正妃の子であるワタクシにお父様や伯父様の色が出なかったのかしら。側妃の娘如きに……」
カレリネの髪色は薄茶色で、瞳は青い。現王ヒッテルト4世の正妃が茶色の髪に青い瞳なので、そちらに似たのだろうと言われているが、所謂王家の色を一つも受け継いでいない。
カレリネの呟きに眉一つ動かさないタッシラの髪色はくすんでいるとはいえ金髪で瞳は黄緑色をしており、現王家の色を受け継いでいる。
陰口は行き遅れというだけでなく、髪や瞳の色も常に言われてきたのだろう。
「そんな沈んだ顔はお前には似合わぬ。さ、庭にでも出て気晴らしをしておいで」
侍女を呼び、カレリネを連れて行くように言いつけ、見送ることなく背中で扉が閉じられる音を聞きながら、タッシラは眉根を不快そうに寄せた。
「ふぅ、まったくどこの血筋とも知れぬ小娘が……使い道がなければ関わりとうもないわ」
「タッシラ様、誰が聞いているとも知れません」
神経質そうな男性が、どこか不安げに言葉を零す。
「ふん、アレの種が王家ではないなど、今更知らぬ者もおるまいて。我が弟ながら他の種を宿した女を正妃に迎えるなど、情けない。
しかも王位を望むなど……あのような何処の馬の骨とも知れぬ者が王位簒奪を目論むなど許し難い。やはりワシが立たねばならぬな」
不機嫌を隠しもしない視線を神経質そうな男性にゆっくりと向けた
「ヘバヤ……いや、ホスグエナ伯爵」
名と呼ばれて神経質そうな男性の肩がビクリと撥ねた。
「それで? どうなのだ?」
「は、はい……第2騎士団団長ケッセモルトはもう使い物になりません。潜り込ませた者どもも悉く潰されてしまいまして…」
「よくまぁそれでのうのうとワシの前に出られたものだな。とにかくあの邪魔なソアンをどうにかしろ!」
「は、引き続き……」
激高しかけたが、なんとか踏みとどまりソファに腰を下ろし直すと、タッシラは大きく溜息を吐いた。
「ケッセモルトの口も封じておけ」
「それがその……何故かずっと団長室に詰め置かれていまして、近づくこともできません」
「毒なり何なり方法は幾らでもあるだろう!」
一度は堪えたが、とうとう堪忍袋の緒が切れたのかソファから立ち上がり、頭を下げたままのホスグエナを指さして怒号を浴びせる。
「全く何をやっておるのだ!? 後手に回りおって! いいから何とかするんだ!!」
怒りのまま部屋からどすどすと出ていく背中を、頭を下げた姿勢を崩すことなく見送る。
暫くしてのったりと頭を上げたホスグエナ伯爵は、閉められることのないまま開きっぱなしの扉から廊下を遠く見つめ、ゆっくりとオレンジがかった茶色の双眸を伏せた。
「ハッ、何が何とかしておけだ……もう終わりだ……長く続いた我が家もここまでか」
先代の頃よりワッケラン公爵――現王ヒッテルト4世とその兄であるタッシラの伯父にあたる人物、つまり前王妃の兄君と近づきとなることが出来、その恩恵にあずかってきた。
東の大陸との交易に必須の港をもつワッケラン公爵家は、その財力だけでなく王家に入り込んだ血もあって、裏王家とも呼ばれるほどの権勢を誇っている。
現在もその構図に変わりはないが、王位交代劇によって影が落ちた。
失脚した前王の正妃であったワッケランの妹は、既に鬼籍に入っていた事で直接の影響は大きくはなかったが、甥にあたるタッシラは一時幽閉されている。
今はその幽閉も解かれたが、解かれた理由も魔力を持つ王族の血筋を残すための保険程度で、何もかも自由になるわけではなかった。
同腹の弟トメスが王位を継ぎヒッテルト4世として立ったが、彼はワッケランの妹、自分の実母亡きあと嫁いできた侯爵家の娘に懐き、その子であるソアンを可愛がってワッケランとの間に溝が出来てしまった。
もちろんヒッテルト4世にそんなつもりはなかったのだが、ワッケラン公爵家にとっては後ろ盾でもある自分らに対する裏切りと写ってしまったのだ。
それによりワッケラン公爵家は二心を持つようになる。
ヒッテルト4世の妃に公爵家の血筋の娘を捻じ込むことが出来ればまた違ったのかもしれないが、血が濃くなりすぎると言う理由で候補からも外され、隣の大陸との交易はもちろん重要だが、まずは国内の安定と隣国との関係を重要視するソアンらを重用し始めた事も切っ掛けとなり、ワッケラン公爵家はますます不満を募らせることになった。
ワッケラン公爵家と懇意にしていたホスグエナ伯爵家としても、彼らに同調せざるを得なかったが、それだけでなくソアンらの掲げる魔力至上主義廃止は看過できない事案だった。
魔力を持ち王家の覚えが目出度い事を誇りの拠り所としてきた彼らにとって、魔力至上主義はどうしても捨てる事の出来ないものだったのだ。
もっともタナーオンから嫁いできた祖母はそれを良しとせず、魔力を持たずに生まれ抹消されるはずだった彼の弟をコッタム家に逃がしたが、それさえも利用してここまでやってきたというのに、どう足掻いても自分達に良い結末が思い描けなかった。
「せめて我が代では子殺しをせずに済むよう、平民どもを使って実験も重ねたが結実することなく、結局子殺しまでしたと言うのに……はは、糞豚が!!」
ヘバヤ・ホスグエナはずるずると頽れ、床についた両手を悔しげに握りしめた。
その様を開きっぱなしの扉の影から覗く目がある事に気づかないまま……。
覗き見ていた人影がそっとその場を離れ、静かに廊下を奥へと進んでいく。
庭に出たりすることもなく真っすぐ向かった先は、白く優美な、だが重厚さも併せ持つ扉の前。
――コンコンコン
「入りなさい」
室内から微かに届く声には無言のまま、するりと薄く扉を開け隙間から中へと入って行く。
室内は明るく華やかに整えられていたが、品よく纏まっており、居心地はとても良い。その部屋の奥側に一際大きな執務机が据えられており、そこに一人の女性が座ってペンを走らせている。
「もう少し待って頂戴。この書類だけ済ませてしまいたいの。その間に着替えてらっしゃい」
顔を上げる事なくそう告げる女性は、くすんだ金髪を物憂げに掻き上げながらも手を止める事はない。
「はい。テレッサ様」
声をかけられた人物はメイド服を着用しており、印象に残りにくいが、その動きは洗練されている。
そして声をかけた方の女性はカレリナの異母妹、ゴルドラーデン王国第2王女 テレッサ・ゴルドラーデンだ。
最後の1枚を書き終え、テレッサが書類を横へと滑らせペンを置くと、先程メイド服で戻ってきた女性が、いつの間にか上質の侍女服に着替えて後ろに控えており、素早く茶器を用意したかと思うと良い香りのお茶を注ぎ入れる。
優雅な仕草でカップを音もなく持ち上げ、香りを楽しむ。
「良い香りね。これはノークヴェーンのものかしら」
「はい。ノークヴェーン、メランダイエの茶葉でございますが、申し訳ございません、最近はペルタナック領の茶葉が入手できず……」
「そう、気を遣わせてごめんなさいね。メランダイエの物も美味しいから気にしないで。それじゃあ報告を聞こうかしら」
「はい」
タッシラとカレリネ、そしてホスグエナのしていた話を一言一句違えることなく報告していく。
「貴女が私の侍女になってくれて、本当に心強いわ」
「勿体ないお言葉です」
「マローネ、確か貴女ってヒースの遠縁だったわよね?」
「はい、ペルロー公爵様にお仕えさせて頂いているヒースでしたら確かにそうです」
「彼も記憶力は凄かったと思うけど、マローネはそれ以上ね」
「……」
肯定否定どちらの返事もすることが出来ず、恥ずかしそうに俯いてしまったマローネと言う名の侍女に、テレッサは柔らかな笑みを向けた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)