171話 夜陰に紛れて
「こっちの包みは何だい?」
「あぁ、それは王都で仕入れたモンなんですがね」
農村の肝っ玉母ちゃん達を相手に、カデリオ扮する行商人は順調に在庫を減らしながら、適宜話題を変えていく。
「そういや王都の方では最近こういうのが流行ってるらしいんだが、どうです?」
「なんだいソレ? いやいや、装飾品なんてアタシらじゃ、ねぇ」
「そうそう、家畜相手に着飾って見せたって仕方ないわよ」」
「あはは、違いない」
「まぁまぁ、お嬢さん方、こいつぁただ綺麗なだけじゃないんですよ。こっちの石は東方産なんですがね、幸運を呼ぶ石って言われてんですがね」
「あらお嬢さんですって」
祭りでもないのに装飾品を買おうかなんて、余裕のある者はいないだろうが、これは誘導の一環だ。
「財布の紐が固くて叶いませんな。仕方ない、これらは後で御領主様ンところでの商売にまわすとしますかね」
「御領主様かい? 最近トンと見ないねぇ」
「あぁ、いつだったっけ……確かまだまだ寒かった時期に出かけたんじゃなかったっけ?」
「そういやそんな事もあったねぇ、でっかい馬車がずら~っと並んでてさ」
王都等人の出入りの激しい場所なら兎も角、こんな片田舎では噂をするにも話題に乏しい。だからこそ家族や仕事の愚痴以外の話題は記憶に残っているはずだ。
「見ないってぇと、今は御不在って事ですかい?」
「だと思うよ。御領主様ン所はそれなりの御屋敷だけど、元々使用人も一人くらいしか居なかったんじゃなかったっけ?」
「あれだろ? ビギータの婆さん」
「そういや婆さんも見ないねぇ?」
「婆さんはもっと前にどっか別の御邸に出向いたんじゃなかった?」
「どうりで最近静かで穏やかだと思ったよ」
「あの婆さん、口が軽すぎてねぇ」
「軽いだけじゃなく、喋り続けないと死んじまう病か何かなんじゃないのかってくらい、ずうっと喋ってる人だったよな」
なるほど使用人は一人。だが口が軽くお喋りな人物という事なら是非とも会って話を聞きたい所だが、彼女らの口振りでは別の邸に出向しているらしい。
「だけどさ、ちょっと変なこと聞いたんだよね」
恰幅の良い奥様達の一人が、少しばかり声を潜めて内緒話のように顔を寄せあった。
「変な事って?」
「ほら、うちの旦那は御領主様不在ン時は代理したりしてるだろ?」
「あぁ、それがどうかしたかい?」
「いつだったかねぇ……ぁ、そう、その馬車が並んでた時だよ。何か身なりのいい奴が来てさ、暫く領主邸には近づかないようにとか言って来たんだってさ」
「御一家そろって出かけたってんなら誰もいないんだし、おかしくはないだろ?」
「いないったって馬とかの世話があるじゃないか」
「そういやそうだね。御領主様ン所にも確かに馬がいた」
「旦那も放っておくわけにもいかないって聞いたらしいんだけどさ、連れて行くから世話はいらない。誰も近づくなって……」
身なりの良い……パトリシアからの情報を合わせれば恐らくホスグエナ伯爵の手の者だろう。
しかし馬まで連れて、邸を空っぽにしているということか……しかも近づくなと釘までさして。
「はぁ、じゃあ夫人も不在なんですかい」
「だと思うよ。ずっと見ないもん」
「ふむぅ、じゃあ出かけるところは誰も直接見てないンですかい?」
「アタシは見てないよ」
「あたいは馬車だけは見たわね。こうズラズラ~っと行列になって進んでったよ」
「ほほう、まだ寒い時期だったってんなら南にでも旅行ですか、羨ましいですな。そろそろ水も温む季節ですし、そろそろお戻りになる頃って所だと嬉しいんですが」
「そういや、不思議だ……南じゃなく北の方へ進んでったよ」
「北に?」
「そう。それにしても今年はいつまでたっても寒いねぇ」
「ほんと、種を蒔くのもどうしたもんか悩むよ」
「折角御領主様が良い種を用意してくれたってぇのに、このまんまじゃ植えるに植えられないよ」
「配分も種類も例年通りだしねぇ」
「うちは余った芋を植えたんだけどね、こう寒くっちゃぁどうなるものやら」
「芋と言えばこの前さぁ」
女性たちの話題がどんどん変わって行くのを聞きながら、残り少なくなった商品を袋に戻し、またよろしくと声をかけてカデリオは集団から離れた。村のはずれのちょっとした空き地にテントを張り、そこで日が落ちるのを待つ。
夜はランプを灯して行けば、誰かに見られたとて怪しまれる事はないだろう。
夜の帳が降り、人通りも途絶えた頃合いでテントを抜け出し、領主邸を静かに目指す。
有難い事に、領主邸の近くには人家も酒場らしきものもない。かなり離れた場所に食堂はあるが、朝が早い農村では早々に店じまいする為、何処もかしこもひっそりと静まり返っている。
人が行き交い踏み固められる事で出来た道に面した玄関は、遠目にもそれなりに立派で、恐らく鍵がかかっている事だろう。しかし裏手の扉は簡単な閂程度で済ませている事は、特に田舎では珍しくはない。
人気はないと言っても、何処に目があるか分かった物ではない為、カデリオは出来るだけ身を顰め、静かに、だけど素早く邸の裏へ回り込んだ。
道に面した側と違い扉は簡素なもので、隙間に薄い金属板を滑り込ませそっと上げれば、小さな金属音と共に扉が薄く開いた。
夜なのではっきりとはわからないが、見た目以上に古い邸なのだろう。何もせずとも微かに軋んだ音を立てて薄く、ゆっくり開いた扉から邸内へと入り、念の為閂を戻して施錠しておく。
昼間聞いた通り無人の邸内は、自分の心音が聞こえそうな程静かだ。
入ってすぐ、厨房らしき小部屋を通り抜け更に進めば、一歩足を踏み出すごとに、軋みそうになる木製の廊下に出る。
細心の注意を払って足を忍ばせれば、廊下にはいくつか扉があり、それも一つ一つ開けて中を確認する。
どの部屋も普段使われていた部屋のようで、机仕事でもしていたのか、書類やペン、木製のコップなどが置かれたままになっていた。
そう、まるで突然日常生活が途切れたかのような、居心地の悪い違和感だ。
掃除の途中だったのか箒も出しっぱなしで、ここの家人は出かける気などなかった事が窺える。
そのまま進み、一番奥に見えてきた部屋は応接室だろうか。位置的には道に面した正面玄関側だ。
そこへ近づくにつれ、かすかな異臭が感じられる。
時間もかなり経ち、普通ならば感じる事はないかもしれないが、カデリオにとっては馴染みのある異臭―――鉄じみた生臭く感じる臭い。
足元に視線を落とせば仕事柄夜目が利く為、木戸の隙間から差し込む月明りだけでもはっきりと見える。
黒く何かを引き摺った跡、その先には辛うじて手形と分かる黒い跡があった。
更に進んで応接室の全景が見える位置まで来ると、惨状が露わとなった。
シンプルだが丁寧に磨き込まれていたであろうテーブルは横倒しになり、座り心地良く整えられていただろう少し古びたソファはあらぬ方向を向いていた。
床も元々は磨き上げられていただろうに、今は黒一色で血だまりがあった事を窺わせる。
床と言わず壁にも黒い飛沫の跡が残り、これで被害者は生きていると言われても信じようがない。
すっかり乾燥してしまっているので測りようもないが、見た限り最低でも一人は絶命していて当然の血痕が残されていた。
諸々考え合わせれば、連れ去られた3名全員が落命していることだろう。
「それにしても……北か」
大の大人3人を連れ去り、未だに騒ぎになっていないのだから、その『北』で死体の処分はしたのだろう。
魔物に食わせればそれだけで証拠隠滅できるとは言え、西の方に広がる森に運んだとは考えにくい。途中で進路変更したのかもしれないが普通に方向も違うし、何よりそちらには3つも前線砦があるのだ。兵士もそれなりに巡回している。
他となると、適当な場所に埋めてしまうだけでも痕跡は消せるだろうが、あまりいい加減なやり方では、魔物や動物に掘り起こされて反対に騒ぎになるだろう。
まさかとは思うが北には例の施設がある。そこでなら処分に困る事はないし、カデリオ自身使ったことがあるが、ハレマス調屯地近くに転移用の魔紋が設置されていた。
ズースが最後の処理をするだろうと、カデリオは魔紋には手を出さなかったが、それを使えば更に簡単な話になる。
既に放棄し、今となってはホスグエナ伯爵に繋がる全てが処分されているだろうが、コッタム子爵一家の死体は北の施設の処分場にあるように思えて仕方ない。
『発覚しなかった』という成功経験がある事で、少々不便だろうが距離があろうが、なぞる行動をとってしまうのが『人』だろう。
「どうする……確認しに行きたい所だが あちらへ飛ぶ手段がないか……ひとまずトクスへ戻ろう」
カデリオの呟きが闇夜に溶けた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)