169話 ほぼ依頼達成!……?
西方前線中央砦から届いた文書に目を通した途端、頭を抱えて椅子に座り込んだのはヴェルザンだ。
「……現在同行していないって……一体なのがどうなってるんでしょうね……はぁぁ」
机に両肘をついたまま組んだ手を額に押し当て項垂れるヴェルザンだったが、更なる着信にのそりと顔を上げ、疲れた様子で次の文面に目を落とした。
《バラガスは負傷。子供達と共に未だ森の奥》
血の気が引きそうな内容を見て固まるヴェルザンに、追い打ちをかける様に更なる着信。
《彼らの救助を新人に依頼。以上》
『以上』って何だよと叫ばなかったヴェルザンは褒め称えられて良い。
だが今までよりさらに深く頭を抱える事態になっていた事に、ヴェルザンは泣きたくなった。いや、ヴェルザンが如何に美男であろうが、30過ぎたおっさんの泣き顔など誰も見たくはないだろうが。
「…………………はぁぁあ…この新人って……えぇ、新人って誰なんでしょうねぇ……あぁぁぁ、なんで西の森!? 行かないようにって私言いましたよねぇ?……あぁ、だけど彼女と従魔だったら心配はいらないかもしれません。
ですが、これはギルドとして規約違反になるんでしょうかねぇ……緊急事態という事で御目溢しがあったりしませんかねぇ。ほんと、3階級が請け負っていい案件じゃないんですが……困りました。
それに子供って何なんでしょう……あり得ませんよねぇ、普通。西の森にエリィ様以外の子供とか、何の冗談なんですかねぇ」
室内にはヴェルザンしかおらず、この情けない愚痴と姿は誰にも見られていない。ちなみにヴェルザンは誤解しているのだが、確かにマツトーはエリィとは会ってはいる、しかしセラの姿は見ていない。だから彼からの文書には『新人』とだけあったのだが、そんな事は知る由もない。
「とにかくゲナイド様達に一報を入れないといけませんね……携帯用伝書箱を押し付けておいた過去の自分を褒めちぎってやりたい所です」
疲労と怒りで無意識の独り言が止まらない。
こちらもどれほど時間が経ったのか、現場に居る3人には気にする余裕もない。
特に次々と渦を巻いて湧き上がる濃い瘴気を潰す作業をしている2人、セラとレーヴの表情は色々と通り過ごして最早虚無となっていた。
ブチッ
……ザシュ
………………プチ
…ザン
湧き上がるタイミング次第なのでリズム良くとはいかないが、片端から潰していくので周辺は存外平穏である。
最も瘴気が層をなして重なり合った真珠塊と格闘しているエリィだけは、難しい表情のままだ。
「適当に食事も取ってね、手が離せないから私が用意する事はできないけど」
顔は瘴気の塊に固定したまま、膜を剥がす手を止めることなくエリィが呟く。
「………ぁ、ごめん、ちょっと虚ろになってたわ。アタシらよりエリィ様だよ……何か食べるかい? ずうっと飲まず食わずの休憩なしじゃないか」
「そうだな、こちらは問題ないが主殿の状況は心配だ」
怒ったりしているわけではないのだが、感情が抜け落ちているのだろう、無表情のままエリィが首を小さく傾がせた。
「ん~、何時からかな、多分2回目の欠片回収後辺りから、あんまりお腹空いたとか感じなくなってるのよね。別に飲んだり食べたり出来なくなってる訳じゃないし、そこまで気にしてなかったんだけど……だからそっち方面は大丈夫かな、心配してくれてありがと。だけど、ほら、結構塊小さくなったと思わない?」
瘴気会の中に精霊が一人取り込まれているため、最初からそれなりの大きさがあったが、その時より確かに小さくなっているように見える。
「最初に比べたら随分小さくなってるじゃぁないか」
「でしょ? それに清浄の練度も上がってるのが自分でもわかるのよね。最初に比べたら魔力消費も少なくなってるし。何より魔素が増えてるみたいで行使するのも楽になってるのよ」
エリィの言葉にレーヴとセラも暫し周辺を見回す。
「確かに。エリィ様も顔色もそこまで悪くなってないし、こんな瘴気のど真ん中に居る割に、この辺だけはすっきり爽やかになってるねぇ」
「うむ。最初は濃い瘴気のせいか空気も澱んで濁っていたのに、今は然程でもなくなっているな」
離れた場所に居るアレクやフィル、精霊達からみると、濃い瘴気が靄のようになっている部分もあり、エリィ達の姿が時折ぼんやりと霞むことがあるのだが、中で作業をしている3人の周辺だけは瘴気も薄く魔素が満ちていて、不調に陥るどころか反対に清々しい程だ。まぁ、単純作業なので、時々虚ろな表情になるのは目を瞑ってほしい所だが。
「やっぱりエリィ様は大したモンだよ……」
ボソリと呟いたレーヴの声は聞こえなかったようで、エリィは黙々と作業を続けている。
「………ぁ」
小さく零れたエリィの声を聞き逃さず、セラとレーヴが顔をあげた。
エリィの顔を向きから見ている方向を辿れば、黒い瘴気の層が薄くなっているのか、微かに別の色が見え隠れしていた。
エリィは少し考え込み、膜を剥がす速度を落とした。
丁寧に、ゆっくりと、だけど確実に剥がしていく。
剝がされた瘴気は片端から清浄の力で清められ、今やこの辺りだけは魔素の農度がとても高くなっていた。
剥がせば剥がすほど黒い色が薄れて、鮮やかな緑色の面積が広がる。
そしてとうとう、その緑色にエリィの指先が触れるかと思ったところで、透明な壁に阻まれた。
瘴気に呑まれるときに必死に自分を守ろうとしたのだろう。本当に薄い膜一枚で瘴気に包まれるのを防いでいた。
瘴気の層をすべて剥がし終え、防護膜ごと地面へ膝をついて横たえる。
防護膜は薄いだけでなく透明だったので中が見えるのだが、子供一人入るほどの大きな緑色の繭……いや、繭ほどきれいな楕円体ではなく、身体に沿っているようなので、緑色のミイラに見える。
防護膜を割る前にアンセクティールとフロリセリーナには声をかけたほうが良いだろうと、添えていた手を放し立ち上がった瞬間、パチンと透明な膜が弾け飛んだ。
途端に繭というかミイラの包帯が解け、テニスボールくらいの真っ黒で丸いものが転がり出る。
包帯のように全身を覆っていたのは、囚われていた精霊自身の髪だったようで、今は鮮やかな緑色がさらりと地面に広がっていた。
ホッと気が抜けたのか、ふぅと息を吐いて立ち上がったエリィが、へなへなとへたり込む。
それと同時に周囲を満たしていた魔素も拡散し、僅かに残っていた瘴気も吹き飛ばしたようだ。
コロリと先程転がり出た黒く丸い石のようなものが、エリィのへたり込んだ足に触れ、思わず手を伸ばして持ち上げる。
冷たく、思いソレは何なのか、考えるより前に声が聞こえてきた。
「エリィ!」
「エリィ様!」
「ああああ、セレスぅぅぅぅ!!」
「ご無事でよかったあああ!!」
黒く丸い石の様な物を手に持ってへたり込んだまま、エリィは声のする方へ顔を向け疲れたように微笑んだ。
魔力的には問題ないし、練度が上がったおかげか魔力操作も全く負担ではなかったのだが、如何せん気を張り詰めての作業だったせいで、疲労感は誤魔化せなかった。
まぁ、まだ帰還という手順は残っているが、ほぼ依頼達成と言って良いだろう。
ダメかな……。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)