168話 マツトーからの伝書、届く
いったいどれ程この西の森に深く潜っていたのだろう。
色々と限界ではあったが、エリィから渡された各ポーション他のおかげで傷もかなり塞がり、体力もそれなりに戻っていて歩く速度は上がっていると言うのに、出口はまだ見えない。
現在の目標は、出口まで行けずとも、伝書箱から送信できるところにまで辿りつく事なのだが、それも一向に達成される気配がない。
「行きは良い良い、帰りは恐い……だな」
つい故郷で聞いただろうフレーズを思い出し、マツトーは薄く苦い笑みを浮かべた。
進む速度を落として足を止める。
バラガスと子供達、そして無茶振りを承知で依頼したエリィを思い出し、来た道を振り返って遠く見つめた。
祈った所で何の足しにもなりはしないが、それでもと彼らの無事を祈り再び足を進める。
それからまたどれくらい歩いたのだろう。
本当はダメな判断だと分かってはいたが、テントを張るなどしてしっかり休むという選択をせず、ただただ歩き続けた。それでも身体は正直に休息を要求してくるから、その時は仕方なく大きな木に登るなどでやり過ごす。
野営の準備は当然持ってはいるのだが、一刻も早くと気が急くのだ。
歩きながら偶に立ち止まって送信可能かどうかを確認する。
休みながら、そして自分の手当などもしながら、そんな作業を何度か繰り返した後、やっと送信可能なところに辿り着けたようだ。
周囲の気配を探り、安全を確保してから呼びの魔石と伝書箱を取り出す。
直接ギルドへ送信できるのが理想だが、それが難しい事も分かっているので、まずは西の中央砦にメモ書きを送信した。
この行動がトタイスの保護に関与する結果となる事など、当のマツトーはまだ知る由もない。
―――コンコンコン
西方前線中央砦の最上階、トタイス・コッタムが詰める執務室の扉がノックされた。
書類にサインをしていた手を止めて疲労に染まった顔を上げる。
「入れ、どうした?」
ノックをした人物が許可に扉を開けるや否や、疑問を投げかける。
「はい、お忙しいところ済みません。実は伝書箱にこのような文書が届きまして」
「ふむ」
そう言ってペンを持つ右手はそのままに、左手を渡せとばかりに伸ばした。
それに違う事無く入ってきた人物――いつも執務の補佐をしてくれる彼が皮紙を渡してくる。
ここ西方前線では魔物の駆除を日常的にしている事から、砦内で作られる皮紙の方が潤沢なのだ。もちろん中央からの植物紙への変更の波には乗らざるを得ないので、報告書などはトクスから他の物資と共に搬送されてくる植物紙を使うが、普段使用するのは皮紙の方だ。
何しろ辺境の地、魔物を駆除し生い茂る木々なども一掃して土地を拓けば、保管庫程度建て放題である。つまり重く嵩張る皮紙であっても問題がない。
「……は?」
渡された皮紙に目を落としていたトタイスが、普段なら絶対に聞く事のない間抜けた声を漏らした。
「これはどういう事だ? 送ってきた相手に間違いはないのか?」
「はい、送信元所持者は確かにツネザネ・マツトーと出ています」
トタイスは再び文面に視線を戻す。
《トクス村ギルドへの連絡を願う。
こちらは無事。未だ西の森内だが、バラガスは現在同行していない》
バラガスと言う名には覚えがある。特例転移の魔紋設置の相談に、何度か顔を合わせたことがある相手だ。マツトーにもその時会っている。
それが西の森に居る? どういう事だと怪訝な顔になるのも仕方ない事だろう。
確かにギルド員がこの辺りまでやってくる事は多いし、彼らも前線維持に一役買ってくれている。魔物駆除と言う面でも物資補充と言う面でもだ。
だがその総括たるギルドマスターとサブマスターが揃って西の森に入っているなど、想定外も甚だしい。
「ふむ……至急トクス村ギルドへ同文を送信してくれ。しかしどうしたものか、これは探索救助が必要という事……か?」
「同文のトクス村ギルドへの送付、了解しました。しかし、どうでしょうね。トクス村ギルドマスターと村サブマスと言えばどちらも元7階級ギルド員だった人たちでしょう? 手助けが必要な方々とも思えませんが」
「そうだな、だかこの最後の『現在は同行してない』と言う部分、気にならないか?」
「確かに気にはなりますけど」
補佐官は正直そんな事はどうでもいいと言いたげだ。
それもわからなくはない。
ギルドはギルド。独立した組織であって、こちらと連携をとる事はあっても、単にそれだけで密接なかかわりがある訳ではない。
勿論物資搬入に関しては世話になっている部分も多いが、だからと言って普段から関わりがあると言う訳ではなく、どちらかと言えばお互い深く関わらないと言うスタンスなのだ。
「何事もなければそれで良いが……そうだな、前回の駆除はいつだったか?」
「前回ですか? 確か4日前だったと思いますけど、それが?次の予定は2日後ですよ」
「少し早いが早い分には問題ないだろう。それに普段回るルート以外を見てみるのも良いかもしれないな」
普段から取りで周辺に出現する魔物は巡回警備しつつ駆除しているのだが、巡回ルートは森の浅い部分に限られており、また固定ルートな為見落としや討ち漏らしがどうしても発生してしまう。
だから週に一度もう少し奥の方まで踏み込んで討伐を行うのだが、これもいつの間にか踏み込むエリアが固定化してしまう事が多いのだ。
「普段とは違う場所を確認するという事ですか? そうなるといつもの準備と言う訳には……保存食の備蓄は……あぁ、この前の残りも……ぶつぶつ」
トタイスの言葉に早速諸々の趣味レートを開始してしまったようで、補佐官は腕を組み、右手は指で頬をつつきながら思考の海にダイブしてしまった。
その様子に苦笑してしまうが、他に伝えなければならない事もあるし、何より先にギルドへの送信を済ませてやって欲しい。
「早々に算段には行ってくれるのはありがたいんだが、今回はいつもの踏み込み討伐とは別という事にして、私以下数名で臨時でまわってくるよ。だからその算段は2日後の踏み込み討伐の方に割いてやってくれ」
「……え?」
補佐官が一瞬固まったが、すぐに立ち直って眉根を寄せた。
「トタイス様……何言ってんですか? 貴方の仕事はそこに、他にも山のように控えてるんです。それなのに踏み込み討伐に出る? 冗談言っちゃいけません!」
補佐官が執務机の上に小山を作っている書類を指さした。
「それはわかってるんだがね……こうも机仕事ばかりだと色々と錆び付いてしまいそうなんだよ……。
頼む、ほんの少し息抜きくらいさせてくれないか?」
日々の鍛錬は怠っていないが、事務仕事に忙殺されて、トタイス自身は魔物討伐には赴いていない。いや、赴けないと言う方が正しい。
『息抜き』としか言われない魔物には申し訳ないが、確かに剣を奮って前線に立つ事を常としていたトタイスには、現在の状況は辛いものがあるかもしれない。
そう考えて補佐官は溜息を一つ溢す。
「仕方ありませんね。ただしいつも踏み込み討伐以上に準備は入念に。いいですね?」
「ア、ハイ……」
「じゃあ残りの仕事、そこにあるだけで良いですから早々に片付けてくださいね。私はギルドへの送信と準備に取り掛かります」
何とも言えない微妙な表情で。執務室から出ていく補佐官の背中を見送った。
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