167話 それぞれのその後 その6
その名を聞かされて思ったことは『なんて厄介な』と『あぁ、やっぱりか』という2つ。
この辺りでパウルに絡みたがる者等いない。横柄で平民の事など人とも思っておらず、通りで衣服が擦れ合うだけでも舌打ちしてくるような輩だ。厄介と思われても仕方ないだろう。
やっぱりという思いの方は、誰もがパウルは何かしら陰でやらかしていると思っているのだ。実際、警備大隊長だなんだと御大層な役職についていながら、偉そうに喚くだけで、真面目に仕事をしているところなど見た事がない。
その上新隊舎だ何だとやりたい放題。トクス内でも、どう見ても真っ当な職についてないだろうと思しき人物と、接触しているのを見られている。
もっともその破落戸、カデリオではなく別口である。
何にせよ幻覚薬が出来上がらない事には話は進まないからと、その日はお開きになり、ドマナンもトタイスも、それぞれの仕事をこなしながら、だけど同時に計画を練り準備を整えたんだと話す。
「……あれは、その殺されるはずだった子供という事か?」
オリアーナはその子供が眠っているだろう部屋の方向に視線を向けた。
「はい」
「お嬢、すまねぇ。だが俺には倅がコッタム様に手を貸した気持ちも分かっちまう。ティゼルト家がなくなった後、この西方の平穏を支えてくれた御仁なんだ。
もし俺が倅の立場でも手を貸したと思う」
苦しげな表情でじっと床を見据えているドマナンを庇うように手を伸ばしながら、必死の形相のモナハレが言葉を割り込ませてきた。
あまりの必死さにオリアーナの方がやや仰け反ってしまう。
「い、いや、何をそんなに必死なのかわからないが、罰せられたとしても報告をしなかった罪とか、その程度だと思うぞ?」
「「……ぇ」」
「それとも別件があると言うのか?」
まさかと言わんばかりに二人ともフルフルと首を横に振っている。
「だったら何を焦ってるんだ? 殺されるはずの子供を救い、コッタム子爵の手も汚させずに済んでるんだろう? 人攫いだのなんだの後ろ指さされるかもって心配をしてるなら、その点は大丈夫だと思う。
まぁあの子供の出自次第ではあるが、それも王都が何とかしてくれるんじゃないかな。私が言っても通らないかもしれないが、ヴェルザンもいる事だし」
モナハレ親子が互いに顔を見合わせ、ほっと息を吐いている。
「だが子供の出自によっては面倒になるかもしれないし、わかってるなら先に教えてくれ」
「……その、何とかって伯爵…」
「ホスグエナだ」
ドマナンはあまりその名に関わっていないのだろう、聞いても耳を素通りしかけているくらいだ。だがモナハレの方は苦々しい表情を隠しもしない。
「忘れもしねぇ、5年前のスタンピードの時、当主は王都から離れず、それだけでなく一切を引き上げて領民を見殺しにしようとしたあいつだ。
あいつらのせいでティゼルト家は……お嬢は……」
当時、領が隣り合っていたせいで、ホスグエナ家が逃げ出した付けは全てティゼルト家が払わねばならなくなる。
皆、自領隣領問わず領民を守って必死に戦い、戦う術を持つ者は全員が先頭に立った。貴族令嬢の典型とも言えるオリアーナの姉さえも、初めて前線に立たざるを得なかった。
結果、ティゼルト家は魔力ナシのオリアーナ以外全員が死亡してしまったのだ。
だが、未だにあの時の感情と記憶を引き摺っているのはどうなのだろう。
オリアーナ自身爵位の返上を決め、だけどギルドから前線兵士に転じたのは、5年前のことがあったからだ。それによるティゼルト家消滅は、オリアーナにとって家名が消えたと言うだけでなく、家族との死別を意味するものだった。だから自分は囚われていていいとも考えているわけではないが、モナハレ達仕えていた者達には、過去の記憶から解放されてほしいとも思う。
「もう5年……まだ5年、か。まぁ思うところがない訳じゃないが、子供は殺されかけた被害者なんだし、だからこそモナハレも匿っているんだろう?」
仏頂面のままぷいっとモナハレが顔を逸らす。
「とりあえず子供の事は周りにバレていないなら、もう暫くは隠しておいてくれ。盗賊の護送に戻ってきただけだから、それが済めばトクスに戻って話をしておく」
前線の要たるコッタム子爵が犯罪者になりかけていたのを防いでくれたのなら、それは喜ばしい事だ。もちろん幻覚薬の作成など諸々はあるが、功績を考えれば些末な事とされる可能性はあるし、それをオリアーナも推すつもりだが、何とも厄介な事になった。
「ホスグエナ…ね、これも突破の糸口に役立ててくれるだろう」
社交界にデビューすることなくギルド員となったオリアーナは、残念ながら黒い噂の絶えないと言うホスグエナ伯爵の顔を知らない。
だがそいつの尻尾を掴もうと頑張っている幼馴染たちの顔を思い浮かべた。
「いや、だから! ビギータさん、それやっちゃいけない事だからね?」
「はぁ? 貴方が口出す事じゃないでしょ」
王都貴族街東端の邸に居たコッタム子爵家の使用人ビギータであるが、実の所先代夫妻と当代夫人の誘拐劇を、直接見聞きしたわけではないという事がわかっている。
誘拐云々については、あの邸の周辺にうろついていた破落戸のリーダーだろうか、まぁ今は知り様もない事なので置いておくとして、破落戸の一人から聞かされたのだと言う。
つまり領地の邸で誘拐事件が発生した頃には、彼女は王都の邸に居て、コッタム子爵家族の近くには居なかったという事だ。
まぁそれはいい、それはいいのだが、問題は彼女が誘拐の事実を知って、主人不在の邸をなぜか家探しした挙句、周辺で働く者達に聞き込みをしようとしていたという事だ。結局周辺をうろつく破落戸が怖くて断念したと言うから、激しく不本意ではあるが、その点だけは破落戸に感謝したい。
「もしかしたら手掛りがあるかもしれないじゃないですか! あたしが大奥様と若奥様をお守りしないと!……大体旦那様が悪いんですよ。隠し子だなんて、だから脅されたりするんです」
コッタム子爵家の誰も王都の邸を訪れた事はない…いや、現当主トタイスだけは子供の迎えに一度は訪れたようだが、それ以外は誰一人としてこなかったにも拘らず、手掛かりがあるかもと言い張る彼女に、話を聞いている騎士一同ドン引きしている。
トタイスが脅されているのは確かだが、それは家族を攫われたからであって隠し子云々ではない。
一応聞き役になる騎士達も、その辺りはローグバインからさらっとだけは聞かされているのだ。
「(なぁ、これ、もう何の情報も持ってないと思うんだが)」
「(奇遇だな、俺もそう思う。この婆さん思い込みが激しいし、主人不在に家探しって使用人としてどうなんだよ)」
「(そうそう、それな。当主に連絡が取れないって言うならいざ知らず、トタイス殿の所在は明らかなんだしな。主人一家が攫われたと聞かされて、動転するのはわからないじゃないけど……だが、それだけじゃなく周囲に聞き込みしようとしてたって言うのがなぁ。仕える家の事情をバラしまくる気満々だったって事じゃないか)」
「(だから領地から追い出されて、王都の屋敷に行くように言われたんじゃないのか?)」
「「((あぁ……))」」
「(だがこんな使用人でも、いれば誘拐を止めれ……ないか)」
ひそひそとビギータに聞こえないような小声で話しながら2人が首を横に振る。
その様子に言った本人もだよなと言いたげに首を横に振った。
ビギータの話を聞くのは疲れると、ローグバインに陳情して3人体制にして貰ったが、それでもこの老女の相手は疲れる。
まぁ実際彼女から更に有益な情報が聞けるとは思っていない。だが『じゃあさよなら』と放り出すわけにもいかない。何故なら思い込みが激しいだけでなく口が軽いから。あちこちである事ない事吹聴されるよりは、ここに引き留めておく方がマシだろうという判断である。それを理解している騎士たちは渋々ながらも、大人しく老女の話し相手に甘んじているのだ。
当然上官たるローグバインは、彼らの努力の報告は受けている。だから今日もそっと彼らの様子を覗き見て、臨時報酬の追加を検討していた。
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