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166話 ドマナンの回想 その3



「ドマナン君、君は人体からどのくらいの血が失われれば命に危険が及ぶか知っているかね? 経験上ではあるが、そんなに多くはないんだ。

 そうだな、一人当たり、この瓶2本分も流れれば危険だろう。

 中の酒をすべてぶちまけたとしても、そうだな……あの光景には遠く及ばないだろうが。

 頭ではわかってるんだ。恐らく生きていないと……だが」


 言葉を途切れさせたトタイスの表情は苦悶に歪んでいた。


「……だが、感情は従ってはくれないんだ。もしかしたら、万が一、そう考えてしまう」


 正直こんな話を聞くと思っていなかったドマナンの心中はと言えば、もう嵐と言って過言ではない。

 頭は真っ白になり何も考えられないのに、胸の内では色々な感情が複雑な流れで渦巻いていた。


「だから、脅されていてもそれを撥ね除けることが出来ない……だが要求された内容にも、私は従う事も出来ないんだ」

「い、いったい何を命令されたんですか?」

「……子供を一人亡き者にする事」


 ヒッと息を呑む音が存外大きく聞こえた。

 その世界は命が軽い。大人だろうが子供だろうが簡単に死んでしまう。

 病や事故だけでなく、いろんな事情で盗賊なんかに身を落とした輩は息をするように他者の命を奪う。

 だがドマナンには、子供を殺すと言うのは受け入れられない。いや、子供に限らず大人であっても無理だ。


「そんな……誰がそんな事を」


 ドマナンが呆然と溢した言葉に、トタイスはギュッと眉根を寄せて苦し気に呟く。


「誰が…か、いや、それを聞いてしまえば君をもう逃がしてやれなくなる。だからそこはまだ口を噤んでおくよ」


 『まだ』という単語が聞こえ、じゃあそのうち話してくれるかもしれないと漠然と考えた。


「妻も父母も生きている可能性はほぼないと分かってる、だから脅されたとしても撥ね除ければ良い……だがもし生きていたら、私が彼らの要求に従わなかったら、今度こそ殺されてしまう……だからこその幻覚薬なんだ」


 どうして『幻覚薬』に繋がるのか、ドマナンにはさっぱりわからない。


「子供を殺すとき、それを見届ける人物が来ることになっている」


 ぁっと小さく声をドマナンが上げた。

 監視兼確認のための人物が来るのなら、そいつが誤認してくれれば良いということか、と、やっと合点がいった。


「そういう事なら、わかりました。俺、作ります。ぁ、だけど……」

「どうした? 何か足りない素材があるなら言ってくれ」

「いえ、素材は大丈夫なはず、えぇ、大丈夫です。ただ幻覚薬といっても触覚なんかは普通に残ってるかもしれないんですが、大丈夫ですか?」


 どうやらそこは知らなかったようで、トタイスは微かに目を瞠っている。


「そうなのか……以前ゲラカンドゥーツの幻惑に晒された部下から聞いた話に、そんな話はなかったな」

「それはどういう?」

「後から思い起こせば、という話だったんだがいつの間にか視界がぼやけ、何か…偶々考えていた事や音なんかでも良いらしいが、きっかけがあれば目の前のものが『思い込んだもの』にしか見えなくなると。だから聴覚は生きているんだろうとは思ってたんだが……そうか触覚もか…ふむ」


 二人してうぅむと考え込んでいると、トタイスが何か思いついたのか顔を上げた。


「魔物肉の塊にでも服を着せれば、どうだろう? 思い込ませれば木でも何でもそうとしか見えなくなるらしいが、触覚が残ってるかもしれないなら、触れた時の柔らかさはあったほうが良いだろう」

「あぁ、それはいいかもしれません。服は……俺が何とかできると思うんですが、肉の方は」

「そちらは私が用意しよう。何、その辺の魔物を狩って解体すれば難なく手に入る。あとはどうやって監視者に幻覚薬を摂らせるかなんだが」


 再び二人して唸る。


「そういえば幻覚薬と言うのはポーションのように水薬なのか?」

「あのレシピ通りならそうなると思います」


 未だ一度も作った事のない幻覚薬の作成方法を頭に浮かべる。

 基本的にはゲラカンドゥーツの花蜜や葉と他の必要素材を水に数日つけて作る。こういう抽出薬はアルコールを用いる事が多いのだが、幻覚薬の場合、製作する側が惑わされては困るので水を用いる。だが水に成分の溶けだしは、なかなかしないものなので、それを助けるために他の素材が必要になる。


 そこから乾燥なり何なりの手順を加えれば、粉薬や軟膏などの形態にすることもできるかもしれないが、残念ながらドマナンには不可能だ。

 それというのも、ゲラカンドゥーツの幻惑効果成分は少しばかり不安定な物のらしく、製作にもかなり注意が必要だった記憶がある。後でしっかりレシピを確認しなければならないが、扱うモノがモノだけに、不安定さも然りながら、扱いは慎重にすべきだろう。

 だからこそドマナンはレシピ通りにしか作れない。あれこれ工夫するには知識も経験も圧倒的に足りていないのだ。


「そうか。なら飲ませるのが確実か……振りかけて周りに影響が出るのは避けたいしな」

「そうですね、飲ませることが出来るならそれが一番だと思います」


 ほんの少しの沈黙の後、トタイスが再びドマナンに頭を下げた。


「!!」

「巻き込んで済まない。だが、ありがとう。これで子供に手を掛けずに済むかもしれない」

「や、やめてください! 俺は」

「君が頷いてくれなければ、八方塞がりだった。

 きっと命を救うためとはいえ、子供を手に掛けたと妻や父母が知れば、悲しむし激怒された事だろう。これであちらへ行っても笑顔で迎えてくれそうだ。本当に感謝する」

「な、何言ってるんですか! あっちへ行くとか縁起でもない事言わないで下さい!」


 思わず腰を浮かせてドマナンが怒る。


「いや、済まない、大丈夫だ。それじゃこの事は他言無用で頼む。君は幻覚薬を作り、それを私に渡せばもう無関係だ。すべて忘れて欲しい。

 報酬は巻き込んだ迷惑料も込みで100万エクでどうだろう? 出来る限り君の希望も考慮したいので言ってくれ」


 ここまで話したのにドマナンにはあくまで創薬だけで、他には無関係で居させようと言う配慮が見え隠れする。

 しかし致命的な抜けがある事に気づいていない様だ。

 先にも出したようにゲラカンドゥーツの幻惑効果成分は不安定だ。それを少しでも安定させようと手順も他の素材も考えられてはいるが、恐らく作った薬そのものも扱いには注意が必要だろう。

 にも拘らず薬を普段扱わない指揮官殿がそれを用いようとすれば、下手をすると飲ませる以前に効果が消失している可能性さえある。

 勿論その辺りも実際に作って確認してみなければわからないだろうが、相手に服用させるまでをドマナンに担わせた方が、成功率はあがるはずだ。

 だからテーブルに置かれた包みに顔を向けて言う。


「これを用いた幻覚薬は多分ですがとても不安定な薬になると思うんです。レシピにも扱いの注意がずらずらと書かれていた記憶があるので。

 そうなると実際使用するまでを俺がやったほうが確実じゃないかと思うんですが」


 ドマナンの言葉にトタイスが弾かれたように顔を上げた。


「いや、しかし」

「今聞いた話だと子供の命が助かるだけで、その見届け人ですか? その人が色々と記憶違いを起こすだけじゃないですか。

 だったら別に犯罪の片棒を担ぐわけじゃないですし、俺、手伝います」

「だが」

「それに誤解させるための魔物肉の塊も持って行かないといけないんですよね? その上に薬と酒なりお茶なりまでとなれば、持ち切れませんて」

「むぅ」


 トタイスは渋るが、聞いた以上最早ドマナンも無関係ではない。

 まして幻覚一つで助かる命があるのなら、ましてそれが子供だと言うのなら助けたい。

 それに何より辺境の民の一人として恩あるトタイスの力になりたかった。

 ずっと前線に身を置き、一時はトクス村まで下がった前線をここまで押し上げ住民の安全を確保してくれた。

 そんな彼の力になれるのなら、これほど嬉しい事はないのだ。


「それで誰に使うんですか? 薬はすぐ作り始めますけど、その合間にそいつの好みとかわかれば、それも用意したいんで」


 致死毒ではないとはいえ異物であることに違いはない。だから摂取した時に違和感を感じられるのは困るのだ。まして警戒されるのも。

 だからこそ好みの物に混ぜれば、その敷居は低くなるはず。


「好みは知らん。だが……」


 やはりまだ巻き込むことに抵抗があるのか、難しい顔をして唸っていたが、ドマナンの言葉は頷きこそすれ、否定要素はない。ややあって認めるしかないと観念したのか、ぽつりとその名を口にした。


「……パウル…パウル・モーゲッツ。トクス村警備隊大隊長殿だ」





ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。

リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。


そしてブックマーク、評価、本当にありがとうございます!

とてもとても嬉しいです。

もし宜しければブックマーク、評価等して頂けましたら幸いです。とっても励みになります!


修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)

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