165話 ドマナンの回想 その2
トタイスは両手で包み揺らしていたコップを勢いよく煽った。
コップを置いて肩で大きく一つ息をしてから、じっとドマナンを見据えた。
「これで薬を作ってほしい」
足元に置いていたのだろう、大きな布包みをテーブルの上に置いて、その包みを解いた。
「!……こ、これは…」
開かれた包みから覗いたのは、花弁に黒い斑紋のある百合のような花――ゲラカンドゥーツの花茎部分だ。それが何十本と束ねられていて、咄嗟にドマナンは鼻と口を袖で覆う。
その様子にトタイスは一瞬目を見開いた後、申し訳なさそうに眉根を下げた。
「すまない。そうだったな……普通はそういう反応だ」
トタイスはすぐに解いた部分を戻して覆い、静かに立ち上がると分厚いカーテンの様な布の掛かっている壁に近づいた。それを手繰り寄せて紐で結わえると、後ろにあった窓を開いた。
室内に籠った空気がそよと入ってくる風に置き換えられていく。
髪がそよぐ風に小さく揺れるのに任せ、窓の外、視線を遠くに投げたままトタイスはすぅっと双眸を細めた。
「私はこういうのに抵抗できるようでね、おかげで大抵の魔物退治に困った事はないんだ」
それは聞いていい話なのだろうかと、ドマナンは座った状態で身を引くことはできないのに、反射的にしてしまい軽く身を仰け反らせた。
察したかのようにトタイスが言葉を続ける。
「別に秘匿情報でも何でもない。私と共に戦ったことがある者なら知っている事だ」
「そう、なんですか……あの、それで…」
窓辺から離れ、さっきと同じ位置に戻って腰を下ろしたトタイスは、テーブルの上で両手を組み合わせた。
「これを素材に幻覚薬が作れると聞いたことがあるんだが、君なら作れるか?」
「幻覚って……何のために」
組み合わせた両手を解くと、トタイスは口角をわずかに引き上げた。
「理由か……受けてもらえるならもちろん話す。それを聞いたからと言って君に選択権が無くなるわけじゃないから安心してくれ。
ただそれを作れるか作れないか、そこは大前提なんでな。まずは確認させてほしい」
「……作れるか否か、であれば……多分作れます。これまで作った事はないけど、レシピは覚えてるので」
トタイスはドマナンの言葉を聞いて、そっと双眸を伏せた。
「そうか……
さて、どこまで話したもんかな、あまり最初から深く話しては君に逃げ場が無くなってしまうだろうし…そうだな、私は幻覚薬をある人物に使いたい。対魔物用ではないんだ」
ドマナンとて予想はしていたらしく落ち着いている。
考えれば当然だ。ここは対魔物の最前線で魔物対策研究や、各種薬品を作るためにドマナン達がいるのだ。魔物対策用であれば、先刻作業室でそのまま話せば済む事だった。
だがそれをしないと言うのなら、目的は違うのだと推察することは難しくない。
しかし、対人で幻覚……あまり良い想像が出来なくてドマナンは唸った。
「それは……まさか犯罪か何かの為、ですか? その、誰かの命が脅かされたりとかは……」
ドマナンから見てトタイスはそんな事をする人物だとは思っていないし、信じたい。だが人は見かけによらないと言う言葉もある。そう思えば考えるより先に言葉が飛び出していた。
「犯罪……これも広義では犯罪になるんだろうか…。ただ、そうだな、誰かの命を一つ救いたくて……か」
これまでに見た事もない程、一気に憔悴してしまったトタイスに、ドマナンは必死に考える。
ドマナンはただの平民だし、別に賢い訳でもない。薬草知識があるのは日々それを扱っていたからと言うだけで、スキルがある訳でもなく、高品質なものは難しい。
あくまでただ作れるというだけなのだ。いや、このまま研鑽を続ければ何十年か後くらいには可能になっているかもしれないが、冷静に自分を見つめればそれさえも難しい気はしている。
それでもその腕を見込まれ、西方砦に誘われたときは自分がちょっぴり誇らしかった。
それまでの生活に不満があったわけじゃないけど、もっと村の皆に貢献できる、何よりトタイスの下でそれができるという事は、ドマナンにとって誇りになった。
だからやはり信じようとドマナンは自分の中で呟く。
何より彼のこんな憔悴した姿はあまり見たくないし、一つの命を救うためというなら、その言葉を全力で信じようと決めた。
「し、信じます! 俺、総指揮官のお役に立てますか? だったら俺は」
ドマナンは最後まで言い切る事は出来なかった。何故ならトタイスがドマナンに向かって深々と、その頭を垂れたからだ。
「ありがとう」
「!……」
疲れたようにも見えるトタイスの表情に穏やかなものが混じった。
「……話せば長くなる。あぁ、今からする話を聞いてやはり協力は出来ないとなっても構わない。その時は聞いた話は忘れてくれればそれでいい」
「今更断る気はないですけど、もしそうなったら魔法契約します」
ドマナンはもう腹は括っている。だが魔法契約の言葉を出しておけば、トタイスの憂いが少しでも減るかもしれないと、そうなったら良いと思ったから出した。
「どこから話した物か……そうだな、私は今脅されているんだよ」
思いもよらない言葉に、早々ドマナンが目を丸くして固まった。
「妻と父母が攫われている。まぁもう生きてはいないだろうがね……」
「………」
「私が時々転移で出歩いているのは、ここでは有名な話になっているそうだが、それは嘘じゃないな。私は転移で領地の邸に偶にだが戻っていた。
なかなか忙しくてね、今日もやっと時間を捻出できたんだ」
それもここでは知らない人はいない。総指揮官を務めるトタイスは本当に多忙を極めているのだ。
ここ中央砦と北側と南側にある各砦との連絡調整に、上がってくる数々の報告書の確認や予算の決済等々、副官は居るものの、それだけでは到底手が足りていないのだが、誰でも良いと言う話でもない。
結果総指揮官たるトタイスはほぼ休む暇なしと言う状況になっているのだ。
ブラックすぎて涙が出る。
そんな状況だから偶にと言うのは嘘ではないだろう。反対に偶にでも戻れていたのかと驚愕するレベルだ。
「ありがたいことに西方将官には転移の使用に特例が設けられているんだよ。そのおかげだな。あぁ、これは一応黙ってておいてくれ、最早知らぬ者はないだろうが、一応体裁は機密事項なんだ」
確かに聞いた気がする。
「私に限らず西方に詰める将官はいついかなる場合であっても、すぐに持ち場の砦に戻れるよう個人ごとに転移魔紋を置くことを許可されている。
前線が後退することも考えて多くはトクス村に置いているが、各砦のトップと副官だけは砦内にも転移魔紋を置くことが許可されている。その上スクロールも使いたい放題だ、ありがたいことにな」
正直そのくらいの恩恵はあっても良いとドマナンは思っている。
何しろ砦の外から見上げても、トタイスの執務室と私室には明かりが常に灯り、夜寝静まる気配がほぼない。何故そんな事を知っているのかと言うと、ここに誘われてきた初日の案内時に、先輩が外から指さして教えてくれたのだ。
「あの日、妻と父母は預かった。命を保証してほしくば従えという文書が届き、慌てて領地の邸に飛んでみれば、当然姿はなく……部屋は血で染まっていた」
その時の事を思い出したのか、トタイスが頭を抱えて項垂れる。
よくよく見ればその肩は微かに震えていて、もしかしたら嗚咽を殺しているのかもしれない。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)