164話 ドマナンの回想 その1
ドマナンが噛みまくっているだけなので、そこだけは誤字ではありません!(そこだけと明言してしまえる自分が情けないですが;;)
遠く、どこか焦点のあっていない目をしているドマナンは、記憶を掘り返すかのようにその視線を微かに下げた後口を開いた。
「あれは……先月初め? いや、中頃だったか……はっきりと覚えていませんがまだ寒い時期でした。俺は薬草を煎じていたかな、そこへトタイス様が来られたんです」
その時の状況を思い出したのか、眉根をちょっぴり下げて少し情けない表情を浮かべる。
「薬品の作成をしている部屋って、すごく臭くて暑いんですよ。だから普通は高官が来る事はないんですが……」
――トントン
「誰だ? 手が離せないんだ、勝手に入ってくれ」
作業を中断することを厭い、また作成部屋に訊ねてくるような顔ぶれは常に変わる事はないので、いつもの気安さでドマナンは薬草をぐつぐつと煮えたぎる鍋に放り込みながら返事をする。
砦の一室である為、どうしても窓は小さく換気が良くない。とはいえこういった作業に従事する者にはお馴染みの臭いと光景なのだが、扉を開けた人物は想定外の言葉を口にしながら入ってきた。
「あぁ、すまない。それにしてもこの部屋は酷い臭いだな。何より暑い……今度副官に相談してみるとしよう」
お馴染みの顔ぶれなら出るはずのない言葉に、ドマナンは怪訝な表情を浮かべて顔を上げた。
「………ぅぉぇ?」
形容しがたい妙な声を漏らすドマナンの様子に、部屋に入ってきた人物は右手で自分を扇ぎながら、室内をぐるりと見まわす。
「あぁ、作業中なのをわかって邪魔したのは私の方だ。そのままでいい」
「コ……コッタム総指揮官!!??」
慌ててビシリと姿勢を正したため、鍋を掻きまわしていた右手に持っていた杓がカランと音を立てて床に落ち、左手の薬草はそのまま鍋に落とされた。
そんなドマナンにふっと小さく肩を竦めてトタイスが笑う。
「ぇ、あ、そ……その、総指揮官がど、どどど、どうしてこ、んな部屋に来られ、いや、おこし、違うか、おいでになりゃ…ぅ、なられたので、ありますか!?」
慣れない言葉遣いにドマナンは思い切り噛みまくる。
トタイスが笑みを深めて答えた。
「あぁ、そうだな。君に頼みがあってね。ドマナン君と言ったか?」
「ひゃ、ひゃい!」
「弱ったな、私はそんなに怖いだろうか」
前線を支える歴戦の猛者に相応しく精悍な顔立ちながら、笑うと途端に相好が崩れて『怖い』という印象はないのだが、ドマナンの様子を緊張と言うより怯えととってしまったようだ。
「ち、ちがいましゅ!!……うぐ…そのですね、総指揮官は、わ、我々のあこ、憧れなんであひまっす……う、くぁぁ」
一人額を両手で押さえながら天を仰いで呻くドマナンに、トタイスは苦笑いが隠せない。
「ふ、ふふ…そうか、いや、そう言ってもらえるのは嬉しい事だ。とはいえその様子でが私がここに居る限り作業は進まないだろうし……そうだな、作業が終わったら私の執務室まで来てくれないか?」
「ぅ、へ?……あああぁ、は、はひ! う、うかがわさせて、い、いひゃらきましゅ!」
クックと肩を揺らして笑いながら、頼むとだけ告げて部屋を出ていくトタイスを、呆然としながら…だけどほんの少し頬を上気させてドマナンは見送った。
おっさんが頬を染めても気持ち悪いだけなのだが……。
作業を終えたものの、作業用の衣類には薬草の臭いが染み付いており、流石にこのままというのは憚られた。
急ぎ自室に戻り衣服を整えると、普段近寄る事のない砦の中央上階に足を踏み入れる。
自分も所属する砦なのだから堂々としていれば良いとは頭では分かっているのだが、どうしても行動のすべてが恐る恐るになってしまう。
それにしても人とすれ違わない事に首を傾げてしまうが、きょろきょろと半ば見物気分で進んでいるうちに大きな扉が見えてきた。
流石にそこには警護の為か、扉の両脇に一人ずつ兵士が立っていた。
彼らはドマナンの姿を視認すると、ハルバードを持つ手を扉を守る様に伸ばした。カシャンと金属質な音が小さく聞こえ、ハルバードが通せんぼするように目の前でクロスする。
「ぁ、あの……」
「名は?」
「あ、ド、ドマナンと、いいます…です」
「聞いている。入れ」
ハルバードのクロスが解かれ、兵士の一人が扉を開けて中へ入る様に促してくる。
室内に足を一歩進めれば、そこはドマナンが普段作業をしている部屋と違い、一言で言うなら重厚な部屋だった。
別に物がごちゃごちゃと置かれているわけではない。反対に調度品はそれほど置かれていないのだが、執務室の最奥の石壁にゴルドラーデン王国の紋章が掲げられている。そして床には辺境の砦らしからぬ深紅の上質な絨毯が敷かれていた。
数少ない調度品の一つである一番存在感を放っている執務机は磨き込まれているのか黒光りしており、それが余計にこの部屋の空気に重厚さを与えているような気がした。
「あぁ、態々呼び立ててすまなかったね」
トタイスはドマナンに手招きをしながら、視線は扉を守っている兵士に向ける。
「少し彼と話がしたいから、君たちは外してくれるか?」
「ぇ? いや、しかし」
「そうい訳には参りません」
兵士A及びBが困惑したように言葉を零すが、トタイスはそれに少しばかり申し訳なさを声音に乗せて、自分の前髪を一房指で摘まみ上げた。
「ほら、こういうのは繊細な問題だろう?」
おどけたように言うトタイスに兵士達から笑いが洩れる。
「まったく、トタイス様にはかないませんな」
「髪の心配などまだ……いぇ、すみません……その、お気持ちはわかりました」
トタイスの取った行動で、彼らは彼らなりに答えを見つけたようで、一礼して扉を閉めた後は、どうやらこの執務室から離れて行ったようだ。
「さて、そこにでも座ってくれ」
示されたのは執務机の正面にある大きなテーブル横に置かれた飾り気のない椅子。もちろん粗末なものではない。
そんな上等な椅子に座った事などなかったので足が一瞬竦むが、更に促されて観念した。
ドマナンがテーブルの角の椅子に腰を下ろしたのを見て、あらかじめ執務机の上に置いてあった木製のコップと瓶……酒だろうか、それの乗ったトレーをもってトタイスがドマナンの90°横、隣の辺側に腰を下ろした。
「酒は飲めるか? 話をするにも君が怯え……ではないというなら緊張だろうか、していては話が進まない。勿論無理強いするつもりもないから安心してくれ。ただその場合はここで聞いた話は忘れてくれると助かる」
そう言ってコップに注がれたのは蒸留酒だろうか。一瞬鼻腔を抜ける芳香は花の香りにも似て、とても馨しい。
平民では到底お目にかかれないような一品だろう、視線は酒の注がれたコップに釘付けだ。だが話の内容も分からない間は酔う訳には行かないと太腿の上で両手をグッと握ると、トタイスが柔らかく笑う」
「そう警戒しなくてもいい。本当にドマナン君の緊張を取れればと思っただけなんだ。緊張したままでは話がきちんと頭に入らないだろう? それでは受けるも断るも判断が出来ないだろう」
言われてしまえば確かに否定要素が見つけられない。
ドマナンを始めとしてスタンピードを経てなお、この辺境で暮らす者達にとって西方前線を支える兵士達には感謝しかない。だがそれ以上にそんな兵士たちを率い、巨漢の魔物にも怯まず先陣を切って切り伏せてきたトタイス・コッタムと言う人物の背中には、感謝だけでなく憧れる者が多いのだ。
緊張と言うか浮かれていると言えば良いか……確かにそんな状態では話を聞き漏らしてしまいかねないと、渡されたコップに口をつける。
酒精は思ったよりも強くはないのか、しっかりと味が感じられて口当たりも良く、素直に美味しい。酒じゃなく濃厚な果汁と言われても納得してしまいそうだ。
一口飲んで目を丸くし固まったが、その後は一気に煽って飲み干した。
「いい飲みっぷりだ。まぁ酒と言っても弱いものだから安心してくれ」
「ぅ、ああ、す、す、すみません! 俺、あんまり美味しくて」
「おいおい、さらに緊張してどうする。もう一杯どうだ?」
瓶を手に軽く掲げて訊ねるトタイスに、ドマナンはフルフルと首を振った。
「い、いえ、もう十分でっす!……………それで、その…頼みと言うのは…」
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)