163話 ドマナンは語り始める
向かったのは門から離れた人気のない一角。
ただでさえ人が減ったナゴッツ村で更に人気がないとなれば、その一角だけは本当に廃村のように不気味に静まり返っている。
出向と言う形ではあったが暫くこの村に滞在し、訓練だけでなく巡回にも協力していたと言うのに、オリアーナは知らなかった村の一面を見せられたようで少々居心地が悪く、周囲を見回しているとドマナンが話しかけてきた。
「人家というか、うちの裏手になるんです、この辺りは」
言われれば確かにナゴッツ村自警団団長モナハレの家はこの辺りだったと思い至るが、この村に居た間意識は魔物や盗賊と言う外的にばかり向いていて、村そのものについては自警団に丸投げしていたんだなとオリアーナは少し萎れる。
村の防衛の方にも気を配るべきだったと反省していると苦笑交じりのドマナンの言葉が再び聞こえてきた。
「オリアーナ様はトクスから出向いて訓練などを見ると言う話でトクスから出向いてたんですから、村自体の事は住人が考えなきゃいけない事です。それにここは親父の家で、仮にも自警団団長という立場にある親父が自分でどうにかすべきことなので、どうか考え込んだりしないで下さい。それに今回はそれに助けられたので」
そう言って背負った子供の方へ視線を向ける。
頑張って自分で歩いてはいたのだが、休憩する間もなく戻る羽目になり、疲れ切って眠ってしまったのだ。
「さぁどうぞ、人に見られると面倒なので、早く」
村の境界を示す柵を跨ぎ越え、その傍にある木戸を素早く開けてオリアーナを促し、ドマナンも素早く扉の内に身を滑らせる。
「親父、戻った」
ドマナンが掛けた声に応えがあった。
「おう、早かったな、イテテ……坊主は……」
かなり痛むのか顔を歪め、腰を擦りながらやや前屈みに奥から出てきたドマナンの親父ことナゴッツ村自警団の本来の団長モナハレは、オリアーナの姿を認めて身を固くする。
「お………お嬢」
どう返事をするのが良いのかわからず、オリアーナはそっと右手を軽く上げるにとどめた。
「話は奥で落ち着いてからにしよう。先にこの子を寝かせて来るよ」
固まったまま互いを見合わせるオリアーナとモナハレの緊張へ、一石を投じるかのように声を掛けたドマナンが背負った子供を気に掛けながら、すぐ横の扉を開いて中へ入って行った。
「それもそうか……お嬢、ちーっとばっかし奥まできてくれやせんか」
「ぁ、あぁ、わかった」
もう今更挨拶するのも決まりが悪く、モナハレの後ろに続いて奥の方――方向的には玄関の方になる居間に案内された。
居間と言っても玄関の扉に直接面して区切られてはいないこじんまりとして所で、普段はキッチンがある事からもモナハレの食事場所となっているのだろう。
奥方は随分と前に亡くなっているとの事だし、確か娘は遠くへ嫁に行き、息子であるドマナンは西方前線に誘われて行ったので、寂しい一人暮らしのはずだ……いや、はずだった。
「その辺に座っててくだせぇ。なんかあったかな……イテテ」
「あぁ、もう、モナハレの方こそ座っていろ」
やはりかなり痛む様で室内の掃除も行き届いてはおらず、オリアーナも訪れるたびに差し入れを持ってきた記憶がある。
こんな状態だから本人も自警団団長を退きたがっているのだが、他の団員の意向もあって名前だけが続いている状態だ。だがいつまでも名前だけの団長では、いずれ困る事になるだろうと、次期団長選出も視野に今いる団員の訓練をトクス警備隊にお願いした所、オリアーナがやってきたというわけだ。
「すみません、お待たせしました」
せめて茶だけでもと立ち上がろうとするモナハレを椅子に座らせ宥めていると、無事子供を寝かしつけられたのかドマナンがやってきた。
「親父何やってんだよ、オリアーナ様の手を煩わせるんじゃないって」
そういうと途端にしょぼくれるモナハレを、結局オリアーナとドマナンの二人で、比較的座り心地がマシそうなソファに座らせると、2人とも手近な椅子に腰を下ろした。
「「「………」」」
沈黙が続く。
だが流石に居たたまれなくなったのか、ドマナンがぼそぼそと話し始めた。
「あの子は預かった子供なんです。オリアーナ様も気になっているのは子供の事なんですよね?」
「気になった……そうだな、お前の子かとも思ったんだが、結婚したとかそんな話は聞いた事がなかったから、その、どういう事だろう? と……それに、その……」
言い辛そうに言葉を濁すオリアーナの様子に、ドマナンが一瞬眉根を寄せ辛そうに顔を伏せるが、小さく、だけどしっかりと深呼吸を一回してからオリアーナの方へ顔を向けた。
「あの子から誰を連想しましたか?」
「!………」
「いや、見知った人なら気になって当たり前です」
顔はオリアーナの方へ向けてはいるが、躊躇いがない訳ではないのだろう。
彼が誰と誰を天秤にかけているのか……信用がない訳ではないと思いたいが無理強いは出来ない。
モナハレがオリアーナの事を『お嬢』と呼んでいる事からも察せるだろうが、ドマナンをその母親も元はティゼルト家に下働きとして仕えていたのだ。
当時モナハレはティゼルト家が抱えた私兵団に所属しており、そこには『大地の剣』のゲナイドやナイハルト、そしてローグバインも近くにいた。
ローグバインは館詰めの騎士団の方だったが、実の所、騎士団と私兵団の区別は明確ではなく、館で主に警護の任にあたる者達を騎士団、それ以外の任務にあたる者達を私兵団と呼称したに過ぎず、どちらも時折団員の配置換えなどもしていて、関係としてはとても良好だった。
まぁ団員同士の関係性は置いとくとして、彼らにとってオリアーナは仕える家の御令嬢であり、爵位を返上した今なおその意識は彼らに色濃く残っている。
オリアーナとしてはもう同じ平民なのだし、いつまでも遜らないで欲しいと願うが、ゲナイドを見ても分かるように難しいことも承知している。
だから決して誘導も無理強いもせず、ただ話してくれるのを待つ。
「……すみません。話します…話しますから、どうか力を貸してください」
椅子に座ったままではあるが、深々とドマナンが頭を下げる。
それを見てモナハレも、イテテと零しながらも同じく頭を下げた。
「頭を上げてくれ。もう私は貴族じゃない。だから聞いたところで何もできないかもしれないが、出来る事は手を貸すと約束するから、まず頭を上げてくれ」
「はい、すみません。
その……あの子はトタイス様……コッタム子爵様から預けられました。
だけどそっくりな色味で、俺も最初はあの方の子供かと思ったんですが、聞けばそうではないと……。
ですが、トタイス様はあの子供を殺すように命じられたのだそうです。
もちろんあの方がそんな事をする人柄だとはだれも思いません、しかしご両親と奥様を人質に取られたそうなんです」
ふぅとドマナンが大きく肩で息を吐いた。
「すみません、上手く話せていないと思いますが。
トタイス様はずっと前線砦に籠って魔物を狩り続けているといわれてるそうですが、実際には転移のスクロールをつかってあちこち行ってらっしゃるんですよ。
ご実家にもちゃんと帰っていらっしゃるんですが、顔を見たらすぐ戻っているのでそう言われているみたいです。
あぁ、俺、何が言いたいんだろう……
すみません、何が言いたいかと言うとトタイス様はご実家の惨状を自身の目でご覧になっていて……」
「惨状……?」
流石にオリアーナも声が漏れてしまった。
「はい、ご両親と奥様を預かった、命の保証が欲しくば言うとおりにしろとか何とか……なのに部屋には血が残されてたとか」
「だから惨状か…いや、待て、人質にするのに傷つけたって事か!?」
そりゃ誰だって大人しく人質になんかされるはずないだろう。抵抗して暴れて……なるほど、惨状にもなるか…と黙したまま考え込んでいると、ドマナンが力なく首を振っている。
「いえ、それならトタイス様は……」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
そしてブックマーク、評価、本当にありがとうございます!
とてもとても嬉しいです。
もし宜しければブックマーク、評価等して頂けましたら幸いです。とっても励みになります!
修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)