156話 老使用人の叫び
大きな木に凭れ、ずるずるとその根元に座り込む。
傷の手当てをして貰い、体力回復を含め各ポーションを手渡されはしたが、如何せん戻りが遅い。寄る年波には勝てないという事だろうか…。
ふぅと息を大きく一回肩でして、腰につけたポーチ型のマジックバッグから水筒を取り出し、ゆっくりと煽る。エリィ達が通ってきた道だからだろうが、驚くほど敵性生物の気配がない。
傷もなく体力も万全の状態であれば物足りなく感じるかもしれないが、今の状態ではとてもありがたい。それにしても……と考え込む。
テイマーの新人が登録時の確認検定で、あっさり相手となった大地の剣を下したと報告が入った時には驚きのあまり2度見してしまった。もしかしたら3度見だったかもしれないが…。
大地の剣は5階級ではあるものの、戦闘面に関してなら6階級に限りなく近い。だがここゴルドラーデンでは6階級になってしまうと国からの依頼も入ってくるため、こんな辺境のトクスに留まってはもらえなくなるのだ。もちろん彼らには6階級への昇級の話はしたが、5階級のままで特に問題はないと言ってくれたので、それに甘えている状態である。
しかし飛び級できるような期待の新人が現れたとなれば、大地の剣はここから解放してやれるかもと思ったのだが、どうやらそれも甘い考えに終わりそうだ。
エリィが連れて居る従魔の姿は見ることが出来なかったが、正直従魔が必要か?と問いたくなる技量を彼女自身が持っていた。
色々と限界で痛みもあり思考が正常でなかった自覚はあるが、よくもまぁ彼女に斬りかかって無事に済んだと、自分の無謀さに呆れてしまう。
だからこそトクス村ギルドマスターであるバラガス、そして自分含め手に余ったこの件を依頼したわけだが、彼女なら時間はかかってもすんなりやり遂げるだろうと言う、謎の信頼感があった。
しかし彼女はここに留まってはくれないだろう。何故かそれは確信に近い。それに自分が依頼したこの件をやり遂げてくれれば昇級を約束している。4階級で留める事は出来るだろうか……いや、村マスと子供の救出を頼んだが、村マスの救出だけでも4階級以上は確実……だが、それ以上に自称精霊の子供らの救出というのが重要だ。
実際マツトー自身、あの子供らが精霊と言うのは事実であろうと思っている。
子供どころか兵士やギルド員ですら、この辺りまでは入ってこられない。それほどに瘴気濃度が高く、敵性生物も多いだけでなく個々が強いのだ。
そんな状況に身を置いた子供がただの子供の訳がない。
それはさて置き、精霊を助けたとなれば、もはや階級云々などすっ飛ばして英雄と評されても問題ないくらいだ。
精霊に見限られれば苦難が始まるとまで言われるのだから。あの子供……いや、有望新人エリィへの報酬を考えると頭が痛い。
「それにしても、まだ送信できないか……」
へたり込んだ彼の手には小ぶりの箱が一つ。
携帯用伝書箱だ。送信するための機能が著しく制限されているため数行の文字列を送るくらいしかできず、また動力となる魔石の消費もとんでもないものだが、携帯しててよかったと心底思う。
とはいえ著しい制限の中に送受信距離の制限もあり、西の森から直接ギルド舎へ送信は出来ない。ここからなら中央砦に送信し、そこからトクス村ギルド舎へ再送信してもらうというのが一番現実的だろう。
何にせよ、送信可能な場所に辿り着くまで、まだ歩かねばならないようだ。
地面に手をつき、身体を支えながら重い身体をゆっくり立たせる。
一度大樹に背を預け、呼吸を整えてから再び歩き出した。
貴族街の東端にある倉庫群にある、コッタム子爵が借り上げていると言う邸に、信頼できる部下の騎士を送り出したのだが、彼らの土産は思いもかけない物だった。
「あ、あたくしは何も、ぞ、存じません! ですから、もう」
ふくよかな老夫人が一人。
調査に送り出した騎士たちの話によると、件の倉庫周辺は破落戸どもがかなり居て少々治安に問題ありとの事だった。
しかしその破落戸どもが、この老夫人には手出しすることなく、それどころか調査対象の邸まで護衛していたように見えると言うのだ。
念のため破落戸どもが老婦人から離れ、彼女が一人になってから声をかけたと言う。
そんな報告を聞いて、ローグバインはとりあえず話を聞くべきだろうと思い立ちあがった。執務室の前に立っている護衛騎士の一人にヒースへの伝言を頼み、調査に出ていた騎士に先導されて、御夫人がとどめ置かれている部屋へと急ぐ。
室内からは件の老婦人のものと思われる声が、途切れ途切れに漏れ聞こえる。
「ですから、な、何度も言いました! あんな輩の事なんて、あ、あたしは…知らないんです!」
ノックをしてから返事は待たずに扉を押し開けて入ると、そこは客人を歓待するような部屋ではなく、簡素な机と椅子だけが置かれた、見つからに取調室だった。
そこに向かい合うような形で見知った騎士と、老婦人が座っている。
もっとも老婦人の方は凄い形相だ。白髪は振り乱れているし、化粧っ気のない顔は疲労か焦りか、兎に角必要以上に草臥れてみえる。
「あ、あな、たは……」
「副団長」
草臥れた老婦人の向かいに座っていた騎士が、椅子から立ち上がってローグバインの方へ近づいてきた。
ここまでの聴取で聞きだせたのは名前と仕事の事だけのようだ。
とりあえず名乗るくらいはしないといけないかと、老婦人の方へ視線を向けると、これ以上ない程に見開かれた彼女の目とあい、ローグバインの方が吃驚してしまう。
「あ、貴方様、は……副団長……ビレントス侯爵様、ですか?」
老婦人の声が掠れ震えている。
「まず貴女のお名前はビギータで間違いないですか? 改めまして第2騎士団副団長を務めるビレ「お助け下さい!!」」
ローグバインの言葉に被せられたのは悲痛な叫びだった。
「それは、どういう…?」
「これで、これで奥様達を、やっと、あああぁぁぁぁ」
椅子から転げる様に床に伏し頭を下げる彼女は、安堵からなのだろうか、泣き崩れてしまう。
止まらない嗚咽に背を撫でて宥める事しばし、ようやっと顔を上げたビギータと呼ばれた老婦人は自分のエプロンの裾で涙をぬぐった。
「お話を聞かせてもらえますか?」
「はい……そのお見苦しい所を…申し訳ございません」
「いえ、では改めてお名前からもう一度お願いできますか?」
老婦人の前に先ほどと違いローグバインが腰を下ろし、先程まで彼女に対面していた騎士は羊皮紙とペンを持って、脇に控えている。
「はい……あたしの名前はビギータと申します。
コッタム子爵様にずっと……長年お仕えさせてもらっております」
「女性に対し申し訳なく思いますが、年齢を伺っても?」
「ぁ、はい…もう73になります」
年齢を聞いて再び吃驚してしまう。
この国……いや世界と言い換えても良いだろうが、命は悉く軽く短いのが普通。
貴族以外は50年生きられれば長生きと言われる。
身分が下になるほど短命なのは御多分に洩れずと言うやつだ。
そんな世の中だが彼女は随分と長生きと言うだけでなく、頭も体もまだまだしっかりとしていそうだ。
「失礼しました。ではここの椅子では辛いかもしれませんね、せめてクッションなり…」
「いえ、このくらい硬いほうが…その」
「えぇ、わかりました。それでビギータさん、その『助けて』とは、いったい?」
老婦人の元々良くない顔色に鎮痛した面持が加わって、酷く悲壮に見える。
「どこから話せば良いのか……」
「それでは…そうですね、あの邸はコッタム子爵が借り上げていると聞きましたが、間違いないですか?」
「その、はい……ですが旦那様は脅されて仕方なく!」
脅されてという単語に室内の空気がピリリと張り詰めた。
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