154話 パトリシア信官吏長は現在裏のお仕事中
「せっかちな男は嫌われますよぉ?」
「別に誰かに好かれたいわけじゃないから問題ないな」
パトリシアの揶揄いを間髪入れずに切って捨てると、再び両頬をぷくっと膨らませた。
「可愛くないったら、ほんと何なのよ、その変わり様は! 以前はちょっと弄っただけで黙り込んじゃって言い返してなんか来なかったくせにぃ!」
射殺さんばかりの冷ややかな視線でギロリと睨み据えられたパトリシアは、大仰によよよとウソ泣きをして見せるが、少しの変化も見せないカデリオに拗ねたようにぷるんぷるんの瑞々しい唇を不満そうに突き出した。
「ここでの表の仕事って退屈なんです。にこぉって笑ってるだけで終わっちゃうんですもん」
「命の危険もなく、それだけの事で信者どもが満足してくれるのならいいじゃないか」
「本気で言ってますぅ? 何の刺激もないし……そ・れ・に・この前なんて折角あたし好みの女の子が団入信してくれたって言うのに、別の支部勤務にもってかれちゃったんですよぉ? はぁ、あんな事やこんな事、手取り足取りで教えてあげたかったのにぃ」
「本気の本気で気色悪いからやめろ」
顔と声だけなら間違いなく清楚な美少女なのに、くねくねと身を捩らせながら、修道女風ドレスの上からでもわかるほど大きな胸を更に腕で寄せて強調しつつ祈るように手を組んでいる。しかも話す内容が内容だけに、その歪さがとても怖い。
ちなみにここでパトリシアが言う『団入信』は言葉そのままと捉えるなら聖英信団の神と信者を繋ぐ者となるべく住み込みで修行する者となるのだろうが、素直にそのままの意味と言う訳ではなく、各地の聖英堂に住み込みながら裏稼業も務める新人の事を指している。
裏稼業に従事することなく神の使徒となるべく入ってくる新人には単に『入信』という言葉を使って区別しているのだ。
「酷いですぅ、つまんない表のお仕事の息抜きくらい付き合ってくれたって罰は当たんないでしょうに。ま、新しい雇い主のおかげか色々すっきりしちゃったアンタは更にあたし好みのいい男になってくれちゃったわけだし、ちゃぁんとご期待には添いますよぉ」
「いいから離れろ、それにお前の好みなんざ聞いてねぇ」
「はいはい、つれないですねぇ。つれないですけど、そこがまた堪らないって言うかぁ…………あ~、言いますよ言いますってばぁ」
カデリオの視線の温度が更に下がったのを感じ、パトリシアは両手を降参とばかりに上げた。
「え~っとぉ、ギルドそのものに関してはさっき話した事くらいですねぇ、トクス村ギルドマスターとサブマスターの行方は杳として知れず。ですがまぁ、だからこそ反対に予想は出来ますぅ」
「聖英信団の網に引っかからないからという事か?」
「はい、その通りですねぇ。向かったのは西の森って所でしょうか。まぁ、こっちは普通に健全運営みたいなので、もう少しどういう情報が欲しいのか絞って貰わないとこのくらいになっちゃうのは諦めてくださいなぁ。
ヴェルザン氏についてもさっき話した事と、後はそうですねぇ、こっちは『恐らく』という予想の範疇だと思ってくださいなぁ。まだ確証が得られてませんですのでぇ。で、恐らくなんですが王弟と繋がってまーす!」
「王弟?」
「はい、王位に最も近く、だが最も遠いと言われた、あの人物ですよぉ」
思い出そうとするかのように視線を伏せたカデリオが思い出すのを待たずに、パトリシアは言葉を続ける。
「ソアン・ゴルドラーデン。今は臣籍降下してペルロー公爵となっていますけど、魔力さえあれば現王トメス・ヒッテルト・ゴルドラーデン…ヒッテルト4世が王位に就くことはなかった、もしくは就いたとしても再び揉めたのではないかって言われていますねぇ……って、起きてるぅ?」
「起きてはいるが、王家とかいわれてもなぁ」
「ご所望のヴェルザン氏に繋がる情報なんですけどぉ」
「……そうだな、続けてくれ」
どこに落としたか小一時間ほど問い詰めたくなる程、表情の抜けたカデリオに、パトリシアが何故かふふんとドヤ顔をしてくる。
「王家の事から話した方が良さそうですねぇ。
現王ヒッテルト4世は前王ボダラン2世の次男、第二王子ですがぁ、この辺のすげ替え劇くらいは知ってますよねぇ?」
その問いかけにカデリオは頷いた。
10年以上前になるが、前王と前王の長男、つまり現王の父と兄にあたる第一王子を幽閉し第二王子であったトメスを玉座につけたのだ。
そう、まさにクーデターである。
ヴェルザンが以前言っていたような前王が自ら引いた等と言うくだりは、広く公表された表向きの作り話でしかない。
多くの血は流れたが、被害は貴族内でほぼ留めることが出来たため、そのような作り話がまかり通ったのだ。
もっともその当時の市井の反応は概ね好意的に捉えられはしたものの、どこか物足りなさを感じさせるものだったようだ。それというのも前王と第一王子、それと多くの貴族達の愚かさは民衆も良く知るところであり、クーデター自体を否定する向きはほとんど出なかったのだが、次の王が第二王子と言うのが、引っかかり処というか、がっかり感を醸し出していたのだ。
何しろ民衆の人気も高く、また心ある貴族達からも覚えがめでたかったのは第三王子であるソアンだったからである。
しかし彼には魔力がなく、また血筋的にもワッケラン公爵家令嬢であった王妃をを母とする第一王子タッシラと第二王子トメスの方が相応しいとされた。
第三王子ソアンの母は、タッシラとトメスの母である王妃の死後にその座に就いた侯爵家令嬢なのだ。
「さて、おさらいはこのくらいにして。
そのヴェルザン氏が繋がるペルロー公爵なんだけど、第2騎士団を動かして何か調べてるようですぅ。何かって言うのがズバリ、ホスグエナ伯爵家みたいなんですよぉ」
「ホスグエナ? まぁ後ろ暗い所しかったから目をつけられたのかもな」
パトリシアの耳には届かなかったようだが、つい『あんな施設を作ったりすれば当然だな』等とカデリオは溢してしまった。
「それでホスグエナ伯爵家の情報なんだけど、元雇い主なんだしある程度は把握してるんでしょぉ? だからぁ、アンタが掴めてないかなぁって情報を話しまーす!
で、今は王都で大人しくしているようですねぇ、ただ数か月前におかしな動きをしていますぅ。
彼の一家は王都から出る事はないんですが、何故か急に南西の方へ旅行をしてるんですよ。寒さを嫌ってと言う理由らしいですが、これまで旅行など出る事はなかったみたいだし、何より出かけた先がここから南西方向のコッタム子爵家の領地なんですよねぇ。
ですがあそこって領都でさえ農村な所で、もっと南にいけば観光地もあるのにおかしいでしょう?
その上大きな馬車5台も連ねて! あそこの家族全員とその荷物と考えても不自然すぎ! 怪しすぎますよねぇ」
腕組みをしてパトリシアが大きく首を捻っている。
その動きに合わせ、エルフの尖り耳につけられた赤い雫石揺れ動き、それの対になっている蜘蛛型の玩具が床に転げ落ちた。
カシャンと少し高い音が響き落ちた事に気づいたパトリシアが、泣きそうになりながら蜘蛛型魔具をしゃがんで拾い上げている。
「コッタム子爵領…か……」
呟いたカデリオは伏せた視線をゆるりと動かし、これからの行動予定を脳内で組み立てる。
ここから南西のコッタム領を経由してトクス村へ向かうと言うのが最良だろう。南へ少し逸れるだけの道程だ。とはいえ普通に移動していては1か月以上かかってしまうだろう。騎獣を使っても大幅短縮と言う訳には行かない。
転移のスクロールを再び使わねばならないのかと思えばため息が出そうになるが、それをカデリオは吐く前に考える。
報酬はズースの形見のブローチだ。
カデリオにとって値段がつけられるものではない以上、溢れ出る溜息は飲み込まざるを得ない。
とりあえず少しでも節約するために転移は聖英堂経由に絞ろうと考え、パトリシアに声をかけた。
「転移のスクロールを2枚」
「あらあらぁ、お買い上げねぇ、嬉しいわ! そうねぇ、おおまけにまけて銀平貨10枚でどうかしらぁ?」
「………」
パトリシア信官吏長様、それは定価通りです。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)