145話 他の存在を奪う存在
「済まない、愚痴ってしまったな。とりあえずこれでは連絡のつけようがないと、バラガスを追う事に決めたんだ。急ぎの仕事もなかったし、すぐ連れ戻せると思っていたんだが、あの馬鹿がとんでもない勢いで進んだみたいで、なかなか追いつかず、やっと見つけたと思ったらこの森の奥も奥、瘴気が濃い場所との境辺りで魔物と殺り合ってやがった」
何か思い出したのだろうか、マツトーの表情が忌々し気なものに取って代わられた。
そんな彼の様子はさておき、今聞いた限りではとりあえず無事合流できたのだろうと思うのだが、今ここでエリィ達とぶち当たったのはマツトー1人だ。
マツトーが負傷していた事から、途中で魔物に襲われるうちにはぐれたとか、そんな所だろうか。
その辺りは聞いてみなければわからないだろう。
「それで発見した村マスさんはどうしたんです? 途中ではぐれてしまったとかですか?」
エリィからの質問にマツトーの眉間の皺が更に深くなる。
「いや、瘴気との境から少し離れた所に今もいるはずだ」
どういう事だろう、目の前の彼は村マスを探しに行って見つけたと言うのに、置いてきたとでも言うのだろうか。
エリィが疑問符を飛ばしている事に気づいたのだろう、そのまま言葉を続ける。
「近くに居た子供……あんな場所に普通の子供がいるわけないんだ……だが嘘か本当か精霊だとか言ってたな……いや、しかし精霊なんて目で見えるようなもんなのか? 生まれてこの方見た事なんて一度もないんだぞ、糞ガキに揶揄われたっていう方がよほど信憑性がある、あるんだが……やはりあんな場所、いや、待て…」
徐々に自分の思考に沈み始めたマツトーはぶつぶつ言いながら、すいっとエリィに視線を合わせた後首を捻っている。
「この子だって子供だよなぁ……だがな、信じられるか信じられないかとなると……」
流石にそろそろ止めないと話が進まなさそうだ。
「マツトーさーーーーん」
エリィの声にハッと身を跳ねさせて顔を上げてから、困ったような表情になる。
「ぁ、いや、申し訳ない……どうにも整理しきれていなくてな」
「色々と単語は聞こえていましたけど、嘘とか本当とかは置いておくとして、あった事聞いた事、事実のみを話してもらえませんか? 真実でなくて結構ですので」
そう、彼の考えや思いの入り混じった真実では分かるものも分からなくなってしまう。
見る側の立場や感情、思考、そんな諸々が綯い交ぜになった視点からの真実と言うのは、時として事実からかけ離れてしまうのだ。
「そ、そうだな。バラガスは子供を一人抱えながら戦っていた。
相手は緑猪で普通ならあいつが手間取るような魔物ではないんだが、子供を抱えながらとなると難しかったんだろう。とりあえず加勢しようとした所で、あの馬鹿が気を抜いてこっちを見たんだ。まだ倒していない敵がいるんだから普通ならしないんだが……まぁそれは兎も角、そのせいでバラガスは思い切り緑猪の突進を喰らって大怪我を負った。
焦ったが敵を倒さない事にはどうしようもないからな、バラガスが痛めつけててくれたので何とか倒せたところで、バラガスを瘴気の少しでも薄い場所にと引っ張ったら、そこにも子供が二人いたんだよ。
手持ちのありったけのポーションを使いはしたんだが効果がな……それでその子供らにバラガスを頼んで、俺だけ救援要請に戻る途中、あれは何と言えば良いか……鞭みたいな魔物に捕まりそうになった挙句、液体をかけられてフラフラなところ君と遭遇したと言う感じだ」
色々と突っ込み処が満載な話を聞いた気がするが、一つずつ確認していくしかないだろう。
まず村マスが抱えていた子供の事だが、その子まで引っ張る余裕はなかったそうなんだが、魔物もその子供には敵視を向けていなかったらしい。ついでに言うなら近くに居た2人の子供にも魔物は敵視を向ける事はなかったらしい。
次に村マスの状態だが、恐らく命は取り留めているだろうが、かなり傷は酷そうだ。ポーションもその時の手持ちは2等級までのものしかなかったらしい。2等級となると効果が出るまでかなり時間がかかるはずだ。となれば3人の子供達より村マスの方が危険な状態と言える、助けるのであればあまりのんびりはしていられないだろう。
それにしても『鞭みたいな魔物』と聞いて、エリィの表情が緩みそうになる。
話の内容的にそんな表情は不謹慎と分かっているので、必死に引き締めてはいるのだが、口角が微かに上がってしまっている。
【何と言う偶然と言うか不幸と言うか、でございますね】
念話でフィルの事が届いた。
【というと?】
【彼の言う子供と言うのが、セレスら精霊達でございましょう、方向も符合しております故】
【あぁ、まぁそうかもとは思ったけど、やっぱりなのね。だけど人間種に精霊の姿って見えるものなの?】
【普通は見える事はありません。彼らの姿を自ら隠しております故】
【人間種に見つかったら、すぐに捕まってどんな目にあわされるやら分からないからねぇ。だから望んでじゃなく、隠す余裕も力もなかったってこったろうよ】
フィルの言葉を補うかのようにレーヴの念話も届く。
続きを促して聞くと、魔素が薄くなり魔法という力を行使できなくなりつつある人間種は、その一部とはいえ精霊を捕縛して支配下に置き、その魔力を搾取しようとする動きがあるのだそうだ。
実際、フィルは救出に向かったことがあると言う。
どんなに場所や時代が違ったとしても知恵と言う武器を手に入れた生物というのは、そう変わらないのかもしれない。
なければ奪うという行動は前世でも普通にあった事だ。
上を見続け足掻き、足元にあるモノを踏みつけにし殺し奪って、だけどそれで満足することなく更に得ようと手を伸ばす―――それが進歩に繋がったのだという面は否定はしない、だが…それでも胸に鉛を押し込められたような言い様のない重苦しさに、自然と顔から表情が抜け落ちた。
単に『生きる』と言うただそれだけの事を全うする為だけでさえ、他の存在を奪うよう定義されている『生物』と言う存在そのものが、最早悲劇でしかないのかもしれない。
だが必要最低限以上を殺し奪う者がいたなら、その影響は小さくない、それだけは間違いないと思うのだ。
【エリィ様?】
フィルの気遣うような色にふと意識を戻す。
【ぁ、ごめんね。少し考え込んでただけよ】
【もしかして御疲れなのでは……】
【大丈夫、ありがとね。でもまぁ、猶予はない感じね】
【そうですね、セレス達も思った以上に消耗しているようですので】
【急ぐ必要ないとか言ってたけど、これは急がないといけない事態ね。だけどレーヴの言ってた事からすると、精霊を見たという話は持って帰らせないほうが良いんじゃないの?】
【救出後、一時的にエリィ様の異空地にでも保護しておけば問題はないかと思われます。あくまでも一時的ですが。重ねて言いますが一時的に、です。大事な事ですので】
現状他者の記憶に介入する術が思いつかないので問題なしと言うならそれはありがたいが、一時避難であるという事はフィルにとって何が何でも譲れない重要な事のようだった。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)