144話 マツトーの話
作業の手を止めてからアレクの姿をざっと確認し、レーヴには離れた場所で身を潜めてもらう。
素材や道具を収納へ入れた後、結界魔法を利用した作った机も消してから立ち上がり、まだ夢現に呻くマツトーが横たわっている場所へ向かう。
手には収納から出した作り置きの傷回復用と体力回復用のポーションが握られている。
先程まで行っていた味変実験は失敗に終わっていた。緑水を使った物は味はマシになったものの、安定性が欠けてしまったのか効果が著しく落ちてしまった。
まぁそんな一朝一夕に成功できるのなら苦労はない。実験は始めたばかりなのだし、、今度も続けていけばそのうち良いレシピを見つけ出せるかもしれないだろう。
とは言え、今は失敗後なので作り置き分なのだ。
「ぅ……ぅぁ、あ……じ、ぶ…んは…」
「マツトーさん、大丈夫ですか?」
苦しげに細められた双眸が、かけられた声に反応する。
「……君…は…」
ぼんやりとした虚ろな目をしていたが、声と姿がゆっくりと一致してきたのだろう、やおら身を起こそうとして呻いた途端再び敷物の上に逆戻った。
「傷はマシになってきてると思いますが、体力の方は戻ってないかと思います。急に動いたりはしないで下さいね」
掛布代わりの毛皮を再度彼の上に掛けながらエリィがそう言うと、マツトーは右腕を気怠げに額にのせて目を閉じた。
「あぁ、情けない姿をさらし…て、しまッ」
言葉の途中で咳き込んだマツトーは呼吸が落ち着くとほぅっと大きく息を吐いた。
「無理に話さなくても大丈夫ですよ」
「いや、すまない。随分と迷惑をかけてしまったようだ……手当も君がしてくれたんだろう?」
「ぇ? あ、えぇ……まぁ、一応」
傷の手当てをしたのは自分だが、毛皮の上に寝かせたのはレーヴだ。アレクも手伝ってはくれたのだが、まぁ、違っているわけではないから否定する必要もないだろう。
「ヴェルザンからの手紙にあった通り、とても新人とは思えないな」
「えっと、あの…?」
「あぁ、悪い意味じゃないんだ。優秀だなと思ってな」
そこまで話してマツトーは再び大きく深呼吸をした。そして何やら一人納得したかのように小さく頷く。
「本来は新人には頼めない。しかも3等級では行かせられない案件なんだが……もし可能なら君に依頼したい」
唐突に依頼と言われて、エリィの方が首を傾けた。
「この依頼が成功したなら、君の階級アップは確実だと約束しよう。報酬もきちんと用意させてもらう」
見えない事を良い事に、仮面の下でエリィは盛大に顔を顰めた。依頼内容を言うより先に報酬を始めとした甘い話をするだなんて、断らせる気はないと言ってるようなものだ。
これはこのまま話し終えさせる訳にはいかない。自分が納得しないまま誰かに使われる気はないのだ。
「ちょっと待ってください。唐突なお話で付いていけていませんし、私の意思や都合を無視されては困ります」
エリィの言葉に自分のやらかしに気づいたのか、狼狽えが見える。
「ぇ、あ…済まない、そんなつもりではなかったのだが、もちろん断ってくれても構わない。報酬についてだが君の要望があればそれも加味することを約束する」
エリィの肩が小さく落ちる。
言質はとれたが、そうではないのだと言いたい。いや『断っても良い』と言う言質は重要だ。その言葉がなければ逃げる事は難しいと思われるからだ。
だが報酬云々の前にまず事情を話してもらいたいと願う事は、そんなに外れた願いではないと思う……思いたい。
改めて目の前に横たわる怪我人マツトーを観察する。
彼は細身ながらも元はギルド員として活躍していたであろうとわかる、しっかりとした体躯を持っている。だが醸す空気がギルド員のそれではない。近しい空気感と言うなら中間管理職っぽい。
彼の上司にあたるトクス村ギルドマスターがどんな人物なのかは知りもしないが、土地柄ハンターギルド員だけでなく傭兵ギルド員も多く血気盛んな面々の比率が高いトクスでは、間に立つ人物はそれなりに苦労を強いられるのではないだろうか。
かのヴェルザン然りである。後から知った事なのだが、彼の年齢は実は32歳だと聞いた。だがエリィは確実に40歳以上だと思っていたのだ。上品で礼儀正しい立ち居振る舞いながらも、若干哀愁と言うか……ずばり疲労感と言っても良いが、そんな空気が漂っているのだ。
まぁ亡きパウル・モーゲッツのような人物まで相手をしなければならなかったのだから、その苦労は計り知れない。
今は怪我のせいで辛そうにしているが、そのフィルターが取り払われればマツトーにも苦労人の顔が見えてくるのではないかと思われる。
そんな彼の背景が見える気はしたが、だからと言って流されてやる筋合いはない。
「お話が唐突過ぎます。一応私の拒否権は認めてもらえたようですので、報酬の相談云々の前に事の成り行きをお聞きしても? 出される依頼を受けるか受けないかさえ決められません」
再びのやらかしに言葉に詰まっているようだ。
まぁ普段血の気の多いギルド員達をまとめなければならない立場上、丸め込んだり押し切ったりするような話の仕方に慣れてしまっているのだろう。
「いや、その通りだ、済まない。焦るあまり性急になりすぎたようだ。順を追って話そう」
痛みに顔を顰めながらも上半身を起こしたマツトーに手に持っていた2種のポーションを手渡す。
「まだ3等級しか作れないので、効果も味もお察しですが、ないよりましにはなると思いますのでどうぞ」
「3等級とは恐れ入った、この分の代金も後程支払わせてもうよ。この辺じゃ1等級でも有難いくらいだからな」
まだ苦みと青臭さがきついポーションだというのに、一気にあおり飲んで笑顔で空いた容器を返してきた。
歴戦の猛者感がこんなところで感じられるとは思いもしなかった。
「さて、どこから話したもんだろう…ふむ、ギルドの方でトップ二人がいないという事で騒ぎにはなっていなかったか?」
「騒ぎと言うのは感じられませんでしたけど、村マス村サブどちらも不在だとは聞いていました。もうすぐ戻るだろうとも」
「そうか、ヴェルザンには頭が上がらんな…うまく捌いてくれたのだろう」
はぁとマツトーが溜息を零す。
「いつだったかなぁ、バラガスが…あぁ、『バラガス』と言うのはトクス村ギルドマスターの名前だ。
あいつが西の森に行ってくると走り書きだけ残して出かけて行ったんだよ。あいつは元7階級ギルド員で、村マスと言う立場になってからも日々鍛錬を欠かさない男だったから最初は心配していなかった。
この辺じゃあいつの相手のなるような魔物は少ない。数で来られたらわからんが、1対1ならほぼ負けることないだろうからな。
だが暫くしても帰ってこないし連絡もない。少し心配になって連絡だけでもしてこいと伝書箱から送ったんだが梨の礫でな…もしかしてと部屋をひっくり返したら案の定携帯用の村マス伝書箱が見つかった」
「携帯? 伝書箱って携帯できるんですか?」
ギルド舎で見た伝書箱はかなり大きなものだった。受信箱の方は携帯用があるのは知っている。エリィもパウルの件で貸与されているからだ。
「あぁ、とんでもなく高価なくせに1、2行くらいの文書を送るのが精一杯という程度だがな、これだ」
マツトーは腰につけた大き目のポーチから手のひらサイズの少々平たい箱を取り出した。面の一つに魔石が嵌っている。
「高価で低能でその上重いんだよ、これ。更に魔石の消費が糞重いときたもんだ。だからバラガスが持ち歩きたくない気持ちはわかるんだが、規則破りも甚だしいんだ」
「規則破り…ですか」
「そ、村マスも村サブもギルドを留守にする場合にはコレの所持が義務付けられているんだ。あぁ、他は知らないがな。トクス村のギルドではそれが義務付けられてるっていうだけなんだ。
多分だが先代かもっと前が連絡が取れずに困ったことが何度かあったんだろう。1度や2度程度で『義務』にまではされないと思うからな」
「はぁ……」
歴代のトクス村ギルドマスター及び村ギルドサブマスターには奔放な人物が選ばれるとでも言うのだろうか。
もしそうだと言うなら、その選考基準から見直すべきだと思うのだが、どうなんだろう……。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)