141話 森の奥から
そう、面倒くさくなってしまった。
考えるにしても事が大きすぎるのだ。
どうせなる様にしかならない。
ならばレーヴの言う通り皆と楽しく旅をするために、降りかかる火の粉や厄介事を振り払ったり回避したりしながら、これまで通りにしていれば良いのだ。
しかもエリィのこの世界と言うか人間種に対しての悪感情は払拭されていない。それを裏付けるかのようなフィルの言葉や態度の事もある。
だから考える事を放棄しよう、そうしよう。
行き当たりばったり、無計画、何とでも言えば良い。その場その場の絵を描いていれば、そのうちどうにかなる。
言い換えれば、そうとでも思わなければやってられない。
それでも一つ腑に落ちる事はあった。
エリィの種族が空欄だった事だ。
姿形だけで言うならエリィは人間種かそれに近しい種族に見えるが、精霊でも難しい清浄を、かなり強大に扱える可能性があるとなれば、それはもう人間種ではありえないだろう。
第一、多数生息する人間種が行使できる能力なら、この世界はここまで歪になっていないと思うのだ。
もちろん身体も物をベースにアレクが作った物だし、水銀のように見えたり、欠片回収で成長したりと、普通に人外かもしれないと思える要素は幾らでもあったが、それでも前世の記憶の影響か、どこかで人間種とかけ離れた存在だとは思っていなかった……いや、思わないようにしていた…だけかもしれない。
ちょっと補足にあった『カイジン』と言う部分は気になりはするが何の手掛りもない以上、推測憶測はできても答えは出ないので、そちらはまるっと放り投げる事にする。
でもまぁ補足部分は兎も角、もう受け入れるしかないだろうとエリィは観念することにした。
この旅も先ほどのフィルの言葉から考えるなら『見極め』の旅でもあるのだろう。
人外であることも、旅の目的も受け入れよう、だけど流れのままに自分の心のままに、その時々で悩みそして選択しながら進んでいこうとエリィは思った。
「まぁ、どうにかなるんじゃないかしらね。考えた所でなる様にしかならないのだから、今出来る事、しなければならない事を積み重ねていきましょ」
そう言っていたって普通に食事を再開したエリィに、レーヴが笑う。
「そうそう。下手の考え休むに似たりって言うじゃないか。今は美味しく食べるのが吉ってもんさ」
「せやな。欠片集めながら旅して……考えるんはその後でもええと思うで」
「……そうでございますね」
あっけらかんとエリィと同じように食べ始めたレーヴとアレクに、フィルは肩の力を抜いて薄苦く笑んだ。
それぞれが思い思いの食べ物を手に食事を再開していると言うのに、セラだけは未だに固まったまま身動きできないでいた。
「セラ? 早く食べないと。まぁ歩きながら食べるのでも良いけど」
気づいたエリィがちらと顔を向け声をかけた。
「……俺は…俺だけ場違いではないだろうか」
「「「「は?」」」」
見事に疑問符をシンクロさせて全員が一斉にセラの方へ顔を向け凝視する。
「その……俺は…」
セラは視線を彷徨わせながら、ゆっくりと選んだ言葉を口にする。
「俺は、あの時……留守中に群れを襲われ、攫われた仔を……最後の生き残りを助けようと追いかけて……だが力及ばず自らも死に瀕していたのを主殿に救われた。もう居場所が無いなら、せめて救ってくれた主殿の為にこの命は使いたいと同行を願い出た……だが、俺は他の皆のように大きな力はない。そんな俺がここに居ても良いのだろうか……」
「真面目ね」
「真面目やし、阿呆やな」
「真面目過ぎるかと思いますよ」
「真面目にしてもほどがあるんじゃないかねぇ」
『あの時』の状況をエリィもアレクも初めて聞く事になったが、引っかかったのはそこではなかった。
間髪入れずに全員から似たような言葉が向けられ、セラは目を見開いたまま固まっている。
「セラが一緒に居たいって思ったなら、それで十分理由になるって言った記憶があるんだけど……第一もう仲間で家族だと言ったはずよね? 嫌になったと言うなら止められないけれど、そうじゃないなら何を悩んでるのかしら?」
「………」
「セラはレーヴと戦った時の事が棘になっているのかもしれませんね。ですが以前も力ある者がエリィ様の側近になったわけではなく、エリィ様の傍が心地良く離れなかった面々が側近になったと言う過ぎません」
「そうそう、ケサランとパサランなんて戦闘能力は皆無だったねぇ……あ、しくった…エリィ様には記憶が戻ってないのに今言ってもなんて言ったのにアタシってば…」
「あの魔石達についてでしょうか? まぁレーヴだから仕方ありませんね」
「あん? フィルてめぇ、喧嘩売ってんのかい?」
いつものようにフィルとレーヴが言い合いを始め、アレクは食べ終わって顔を洗っている。
置いてけ堀をくらったセラがポカンとしていると、魔法で出した水で手を洗っているエリィが小さく話しかけた。
「セラもアレクもフィルもレーヴも、今ここに居ないムゥもルゥも、何ならスフィカや大籠蜘蛛の卵達も……そしてケサランにパサラン? 私はまだ思いだせていない名前の仲間達だけれど、全員仲間で家族。居心地が悪くないならそれで良いのではないかしら? それとも居心地悪かったりする?」
「それはない……ただ自分が不甲斐ないだけだ」
「何で不甲斐ないなんて思うかなぁ、必要ないのに。私はセラにもこのまま居て欲しいと思ってるんだけど、それじゃぁダメかしら?」
「………ぃゃ、そうだな、ダメではない」
「そ、なら良かった。
まぁ気持ちはわからなくないのよ、私だってさっきもそんな大事な事さらっと言っちゃう!? なーんて内心アセアセだったし、もしかして期待されてる?とか考えたら、それはそれで重くて逃げ出したくなるだろうけど。
考えても何も答えなんか出なくて……それこそ不甲斐ないでしょ?
でも何をどれほど考え悩んだって、結局一緒に居たいか居たくないか、それだけだと思うのよね。『思考の放棄だと言いたくば言い給へ』って一緒に開き直りましょ」
無駄に芝居がかった物言いをするエリィに、セラの声音からふっと強張りが解けた。
「そうだな、そうするとしよう」
「ただね、悩むセラもセラ自身なの。私もかなりウジウジする方だし……ただ、しきれなくて途中で面倒になっちゃうのよね。
なんか脱線しちゃったわ。だから言いたい事は悩むセラもセラだから、そんな部分も全部ひっくるめて私は一緒に居たいと思う。
反対に私にだって面倒だったり嫌な部分はあるし、結構強がってるけど嫌われたらどうしようとかそこは悩んだりしてるのよ? 根は小心者なんだもの。まぁ長続きしなくて途中で放り投げてしまうんだけど……だからそんな私でも嫌わないでくれると嬉しいわ」
「もちろんだ」
「じゃあ改めてもう一度言うわ『これからも宜しくね』」
「俺の方こそ宜しく頼む」
よしっと零してエリィは大きく伸びをした後、歩き出そうと身を翻したところで足を止めて振り返る。
「あ、我慢しない事、嫌な事や気になった事は言うように、私に対しても、ね」
「その言葉、そっくり返そう。主殿もちゃんと言ってくれ」
「ぁ~、お互い、ね」
苦笑が浮かんだままの顔を戻して歩き進み、結界石を忘れないように回収してから背負い袋を持ち上げ、そろそろ出発しようと全員に促した。
エリィ以外は荷物もないので、すぐに歩き出せる。
手にした袋を背負おうとしたその時、アレク以外の全員が瞬時に身構え臨戦態勢を取った。
皆の様子を見てアレクもきょろきょろと周囲を窺う。
まだ距離はあるが、色を纏った何かが真っすぐ森の奥の方から近づいてくる。
「セラ、フィル、レーヴは一旦木の陰とかに身を潜めて。
アレクは私とこのままここで迎え撃ちましょ。ぁ、翼と尻尾を戻しておいてよ」
全員がすぐさまエリィからの指示に従った。
――ザザ、ガサ、ザザザッ
何かが草や藪を掻き分ける音が近づいてきた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)