138話 遠く広がる城下の展望
やっとたどり着いた第4騎士団執務室の重厚な扉を前に、ローグバインはどうしたものかと悩んでいた。それというのも人の気配が全くない、その上鍵までかかっている。普段あまり使われる事のない部屋のようだ。
たまたま通りがかった第1騎士団の巡回警備の者を捕まえて聞けば、第4騎士団からは掃除が偶に訪れる程度で、会議など重要な事がない限りはほぼ使われていないらしい。
だが良い事も聞けた。
執務室には寄り付かないが、馬場の方にはよく訪れているらしい。考えれば当然だ。第1から第3までは宮殿の内か外化の違いはあれど王城内という事に変わりはない。そう言った事情からあまり騎乗することがない。
それと比べて第4騎士団の管轄は王都内で、多くが騎乗して警備にあたっている。もちろん第2、第3騎士団は騎乗する事も訓練はしているが個人的な訓練に留まり、どうしても彼らよりは少ない。
何にせよ居所の手掛かりを折角得たのだ、早速向かうとしよう。
馬場は広く一瞥した限りでは目的の人物を見つけることが出来なかったが、ダメ元とばかりに足を向けた厩舎で、その目的の人物に運よく遭遇することが出来た。
だが目的の人物――ケレンデナ伯爵は中立派だったと記憶している。真正面から協力を要請するのは悪手なように思われた。
自分の愛馬だろうか、遠目にも丁寧にブラシをかけているケレンデナ伯爵と目で追いながら、ローグバインは一頻り思考に涼んでいたが徐に顔を上げ、ゆっくりと、だけど真っすぐに歩き出した。
「珍しい事もあるものですな、ここで第2副団長殿にお会いするとは」
気配に敏感な人だ。
ケレンデナ伯爵は厩舎の一番奥でローグバインから遠かったのに、随分と手前からちらちらと視線を向けられている事には気づいていた。
「えぇ、確かに演習場の方での訓練が多いですからね。とはいえ全く訓練しない訳にも行きませんから」
「なるほど、貴殿の馬はどの子でしたかな」
「はは、邸で留守番していますね。こちらに赴くことが少ないのに連れてきては可哀そうかと。邸ならば帰りさえすれば世話もしてやれますから」
「確かに、おっしゃる通りですな」
豊かな白髪と、同じく白い口髭が印象的な老将だが、今の衰えを見せていないなかなかに怪物な御仁だ。
「それにしても、ここに来るまで大変だったようですな」
「あの、それは…?」
「御婦人方はある意味我々より強いですからな。アレに太刀打ちできない若手からの要望で、あの部屋は使わなくなりましたから」
気配に敏感なだけでなく、食えないお人でもあるようだ。
「それは…お恥ずかしい所をお見せしてしまったようで」
「いやいや、あの海千山千の御婦人方から無事逃げおおせたのですから、ビレントス侯爵殿はなかなかどうして、大したものです。それで? 自分を探しておられたようですが」
ケレンデナ伯爵の纏う空気が少し変わる。
それに慌てず笑みを浮かべてローグバインは首を振った。
「そう警戒しないで下さい。それとケレンデナ第4騎士団長殿に改まって呼ばれるのは、私のような若輩には荷が重い。どうぞ気安く呼んでいただければ」
「……警戒しておるわけではないのですが、申し訳ない。では団は違えど同じ騎士という事でビレントス卿と呼ばせて頂きましょう。自分の事は好きに呼んでくれて構いませんよ」
「ではケレンデナ卿と」
これまで同じ国、同じ王家に仕える騎士団と言えど、あまり接点がなかったのだ。すぐに胸襟を開いてもらえるなどとは思ってはいない。
「それで、ビレントス卿の用向きを窺っても?」
ブラシをかけていた愛馬の背をケレンデナ卿が軽く叩けば、わかってるとばかりに自分の房へ戻り飼い葉を大人しく食み始めた。
「賢いですね」
「はは、我ら第4騎士団は人馬一体となれるのを理想としてしていますからな」
「そのうち馬術の教えを請いに伺わせてください。それで用向きなのですが、今度の茶会の警備の事なのです」
中立派であるケレンデナ伯爵は昨今の宮廷内の空気に、王派であるローグバインの急な接近をかなり警戒していたのだろう。目に見えて肩の力が抜けていくのが見て取れた。
「あぁ、2か月後でしたかな」
「はい、茶会と銘打っていますが、ここ数年行われていなかった品評会を復活させたい意向のようで、東の港に拠点を置く商人達がやや浮足立っているとか」
「確かに。大きな騒ぎにはなっていませんが、商人達は何とか潜り込もうと必死なようですよ」
「やはり必死なんですね」
ローグバインはやや困惑を滲ませて人好きのする笑顔を浮かべた。
「既にそんな状態ですと、直近になったら盗賊なども活発になるのではないかと思いまして」
「それはそうですな。衛兵隊に指示を出し、既に巡回の強化をさせています。特に裏通りは」
「流石にケレンデナ卿です。素早い対応ありがとうございます」
「いえ、それが職務ですからな。ですがそれだけを言うために態々?」
再びケレンデナ卿の警戒心が疼きだしたのか、少しばかり目を眇めてローグバインを見つめる。
「少し話は飛びますが、後で繋がりますのでご容赦を。現在我が団の団長であるケッセモルト伯爵の事はお聞き及びではありませんか?」
「……えぇ、まぁ…」
ケレンデナ卿の歯切れの悪い返答に苦笑が浮かぶ。
「落ち着くまでに暫くかかるでしょう。2か月後団長がどう処されているかはわかりませんが、それまでにすっきりとはいかないのではないかと考えています」
「……うぅむ」
「それで第3騎士団団長とは既に話をしてあるのですが、今までの第3騎士団の持ち場と今回のみ交換しようかと言う話になりまして」
これは本当の事だ。ソアンやケッセモルトに睡眠時間を削られながらも、ローグバインは自団の仕事を疎かにはしていない。
「すると城門も警備範囲となり、第4騎士団の方々と接することになるかと思います。警護対象の移動に伴う警護の引継ぎなど、連携が必須になるかと思われるので、第4騎士団団長であるケレンデナ卿をお探ししていた次第です」
ケレンデナは嘘のつけない人なのだろう。
大きく息を吐いてから好々爺のような笑顔をローグバインに向けてきた。
警備の話は本当の事で一点の嘘もないのだが、貴族街の地図と言う別の目的がある事がどうにも後ろ暗く、返す笑みは薄いものになってしまった。
「はああ、警戒して損した気分ですな。いやいや、済みません。そういう事なら納得です。こっちには衛兵隊もいて平民も居りますから、そういう意味でも事前の準備は必須なんですよ」
「いえ、こちらこそケレンデナ卿に警戒させてしまって申し訳ありません。先触れを出したほうが良かったですね」
「騎士団同士で先触れなんぞ、御免被りますよ。緊急事態の場合だってありますからな」
何やらうんうんと頷いているケレンデナ卿に促され厩舎を後にし、彼の後ろについて歩き出す。
「第3、第5、第6とは連携することもあったのですが、第1、第2とは疎遠でしたから、もしかすると派閥争いの何かかと要らぬ心配をしてしまい、ビレントス卿にはさぞ不快でしたでしょう。改めてお詫びします」
「やめてください。時勢が時勢ですし、団長であるケッセモルト伯爵があぁいう方ですから、自団の事に専念するのではなく団同士の事も私が努めていればと後悔しております」
「いや、副団長は自団の事に注力するのが普通です。団長と団員の間をつなぐ仕事も大変ですからね」
歩きながら腕組みをして頻りと頷いているケレンデナ卿は、何か心当たりでもあるのだろうか。
「何やら含むものがありそうですが、その辺りは窺ってもいいお話ですか?」
「あ、いや、これは面目ない……まぁどこの団でも副団長には苦労を掛けているということで、ひとつ…」
馬場の奥に向かうこのような小道がある事は知らなかった。
前後に並んで話しながら歩いていくが、緩やかな坂道は木々が程よく陽の光を緩めているので、そよぐ風とも相まってとても気持ちが良い。
「特にうちは平民が多く所属する衛兵隊も居りますので、そちらとの連携でも副団長には苦労を掛けてしまってますな」
「そちらの副団長は確かヨマイシュ男爵家の方でしたか」
「はは、ビレントス卿はよく知っておられますな。はい、勤勉な男ですよ」
ヨマイシュ男爵家は貴族派だから把握してるだけなんだがと、内心では突っ込みながらも柔らかな笑みを浮かべたまま話を聞いていると、坂道の先は木地が途絶え空が広がっている様が目に入ってきた。
その先、坂道を登り切った所でケレンデナが足を止めてローグバインを振り返った。
笑顔で促されるまま、彼の佇む場所まで足を進めれば、思わぬ光景に目を奪われる。
眼下に広がるは、城下の街並み。
模型のように小さな家々が犇めく様に建っている。それが遠くまで続き、端の方は霞んでいて、どこまでもその光景が続いているのではないかと錯覚してしまいそうになる。
その玩具の様な家の一つ一つに民の生活があり命があるのだと、訳もなくローグバインは胸元を押さえた。
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