133話 白鉄の剣
南の林を勧められたが、目的地は西の森だ。旅支度が必要だろうとまずはお金を少し引き出すことにした。
ヴェルザンの部屋を出て一旦隠蔽を発動してからフロアの隅っこに移動して再解除。認識誤認で成長する前のエリィの姿を保持した状態で、カウンターに座るケイティに近づく。
錯覚の魔法に気づいたのが今朝だった為、オリアーナとゲナイドにはバレてしまっているから別に隠さなくても良いとは思うのだが、折角検証中だし、練習も兼ねて続行しようと考えた。
「あら、エリィちゃん、おはよ」
近づくとケイティが声をかけるより先に気づいて挨拶をしてくれる。
「おはようございます、あのお金を引き出したいのですが」
「うんうん、そうよね。エリィちゃんはギルド員なのに、手持ちが1万エクじゃ足りないんじゃないかって思ってたのよ」
静かに生活するだけなら1万もあればほぼ問題ない。しかしギルド員である以上普通は武具の修理や素材購入など、出費する理由に事欠くことはない。
「そうそう、ポーションの納品代金が1万既に入ってるからね」
「ありがとうございます」
先だってゲナイドにお願いしたポーションの納品代金が支払われていたようだ。それにしても5本納品して1万の振り込み。3等級ポーションで1本辺り2000エク。
一瞬そんなに貰って良いのか!? ぼったくりなのでは!?と思ったが、1本作るのに1鐘…つまり1時間ほどかかるならありえない値段ではないのかと、口を引き結んだ。
「幾らぐらい引き出す?」
「そうですね、10万程お願いできますか?」
「うん、大丈夫よ。どうしよ、銀板貨がいい? 銀平貨にしとく?」
「うぅん……じゃあ銀平貨10枚でお願いします」
「わかった、少し待っててね」
ケイティが奥の部屋へ向かうのを見送って暫く待っていると、彼女が戻ってきた。
「エリィちゃんお待たせ。銀平貨10枚ね。今近くに誰もいないからこうやってわたしたけど、これからは袋でそのままわたすから、ちゃんとその場で確認してね」
なるほど、現金をあまり他に見せないようにという配慮なのだろう。確かにスリだの強盗などのは御免被りたい。
ケイティがすぐに袋に貨幣を入れて渡してくれる。
「今度から引き出しとか、現金のやり取りする時はこの袋を使ってね」
「はい、ありがとうございました」
受け取った袋をそのまま収納へ一旦入れる。お金の入れ替えなどはここでしない方が良いだろう。いい加減財布の購入を検討すべきか、それとも魔具製作練度を上げて自作を目指すべきか悩ましい所だ。
そのままギルド舎を後にし、エリィは露店の並ぶ辺りでも錯覚魔法の検証しておこうと、まだ瞬間移動は使わず歩いて大通りの先へ向かう。
大通りなので元々それなりに人通りがあるのだが、朝市の後も露店所狭しと並ぶ辺りは更に人口密度が上がる。
少し思い出したことがあって、エリィは横道に一旦逸れ周囲の気配を探り、誰もいない事を確認してから、認識誤認で取り立てて特徴のない男性ハンターの姿を自分に重ねた。異空地に入らずその場で気配を探ったりするのも練度上げの一環である。
ヴェルザンには成長した事を指摘されなかったので、錯覚魔法は有効だと思うのだが、自分と全く違う姿と誤認させることができるのかの検証だ。
横道から露店通りに戻り、お目当ての店を探す。
ギルドがあり警備隊もある場所なので、武具の露店も少ないながらあったりするのだ。その中で裏通りに店舗がある鍛冶屋の露店の前で足を止めた。
店番は店主と言う訳ではないだろうが、並べられた金物はなかなか使い勝手が良さそうなものが多い。
鍋のような調理器具、農具、当然刃物もあるが、刃物は店番に言って見せてもらう形式だ。
「よう、武器を見せてもらいてぇんだが、あるか?」
声の認識誤認の検証なのだが、通用するかどうか、エリィはかなりドキドキしている。
「おう、あんちゃん、どんな武器が見てえんだ?」
ちゃんと声も認識誤認できたようだ。これで一安心。
「細剣かそれに準じるやつはあるか?」
「さいけん? なんだそれ」
どうやら『この辺りでは』なのか『この世界では』なのかわからないが、細剣の類はないようだ。
「その『さいけん』ってのはわからんが、剣って事で良いなら、こんなのはどうだ?」
店番のおやじは露台の下の方へ屈みこんで、なにやらごそごそとしている。
そして分かった事だが、店番のおやじさんは獣人の血を引いているようだ。屈んだことで尻尾が見えた。
尻尾はあまり長くはないが、結構ふさふさとしていてとても手触りが良さそうに見える。前世的に言うならこのおやじさんは人族との混血に見えるが、実際にはわからない。
改めて自分の知っていた世界ではないんだなと、エリィはぼんやりと考えていた。喋る猫や喋る魔物、クリスタルな虫や植物、魔法にスキル、紛う事無く異世界に身を置いていたのに、考えれば人族以外を目にしたことがなかった。
話には聞いたりしていたのだが、やはり少数なのかもしれない。
身を屈めていたおやじが手に数本剣を持って身を起こした。
「どうだ? こっちの剣はなかなかの出来だ」
どうやら店番のおやじは鍛冶師でもあるようだ。
おやじが勧めてきた直剣に目を走らせ鑑定をかけるが、ついでにおやじも鑑定。
おやじのほうは裏通りの武器屋店主で鍛冶師、一人で切り盛りしているようだ。
技量の数値は悪くないように感じる。実直に仕事をしてきた人物みたいだ。
そのおやじが手ずから打ったお勧めの直剣も、強度他を見ても当面問題なさそうに思える。
「へぇ、結構いいな。ただ我儘言うならもうちょいだけ細めの剣ってあるか?」
「細め? なくはないがおめえさんハンターだろ? 魔物相手にそれでいいのか?」
「そうなんだが、見ての通りのガタイだから重さがあるとあんまり振り回せねぇのさ。その方があぶねぇだろ?」
「あぁ、なるほどな。じゃあこっちがお勧めだ。だが値段がな……まぁ見る分にはタダだ。こいつぁ素材がそっちと違うんだが、重さは軽いし粘りのある金属だから強度も申し分ないと思うぜ」
出されたのは、見た感じ先ほどの直剣と変わらないが、刀身の色合いがこれまでの物と違って見えた。
「白鉄を使ってあるんだ」
「白鉄?」
「あぁ、もうほぼ使われてない鉱石なんだが、軽くて粘りもあって丈夫。その上魔力の伝導もなかなかって奴よ。一昔前ならそこそこな高価がついたもんだったが、今じゃあなぁ……」
「今だとそんなに価値がないって事か?」
「魔力伝導が良いってのが特徴なのに、その魔力を使えるやつが減ったからなぁ。今時魔法を使うやつは王家とかのお抱えで、白鉄どころか霊鋼の武具持ちだろうよ」
「霊鋼ねぇ」
「最高の魔力伝導率と謳われているあの霊鋼の武具……死ぬまでに一回で良いから見てみたいもんだぜ」
ニカッとおやじは屈託なく笑った。
「まぁ、魔法使いの役に立つことはなくなったが、それでも軽さと丈夫さはなかなかのもんなんだ。どうよ?」
「値段…次第かな」
最初にお勧めされた直剣の値段も書かれていないが、他にずらりと並ぶ農具などは200エク前後が多い。
「そこの籠にぶっ刺さってる奴なら500から3000エク。こっちの直剣なら2万エク、この白鉄の剣なら……そうだな…10万…どうだ?」
「もう一声」
「おいおいまじか買ってくれる可能性ありか!…んじゃ9万!」
「もうちょい」
「くそ、7万!」
「ここで売れ残ったらもう買い手がつかないかもしれないんだろ?」
「くそが! 足元見やがって! だけどお前の言う通りなんだよなあ……よし、5万だ! これ以上はマケらんねぇ!」
「買った」
間髪入れずに出した言葉に鍛冶屋のおやじがあんぐりと呆けた。
「へ……お、おい、本当にいいのか? 白鉄なんぞ最近じゃ誰も使わねぇから、見た事ある奴の方が少ないんだ。騙そうとしてるとか思わねぇのか」
「そうだなぁ、俺はこれが偽物でも別に良いのさ。俺はアンタとこの剣が気に入った。だから5万払う価値があると思った。それじゃいけないのか?」
「それはありがたいが……」
「例え本物だろうと、気に入らなきゃそれだけの価値しか俺にはない。偽物と本物の間にある壁は普通なら超えられない物なのかもしれねぇが、少なくともこの剣については気に入るか気に入らないか、俺にとってはそれだけの差しかねぇ。その白鉄とやらが嘘でも本当でも俺には関係がねぇのさ。だから騙されたなんて思わねぇよ。それとも売るのが惜しくなったか?」
おやじの顔から呆けも笑みも消え真顔になって、エリィこそが騙しているハンターの男の顔がある辺りを真剣に見つめている。
「いや、買ってくれてありがとよ。武器なのに使われもしねぇで壁に掛けられてるだけってのは、結構くるモンがあったんだ」
「良い買いモンが出来たよ」
「おめぇは外から来たハンターなんだろうが、ここで活動すんのなら今後も贔屓にしてくれや」
「あぁ、いつまで居るかわかんねぇが、また寄らせてもらうかもな。そン時は宜しく頼むよ」
「おう、何時でも来い。週に1回しか出さねぇから、それ以外は裏通りの店の方へきてくれ」
「わかった、それじゃありがとよ」
おやじの尻尾が左右に大きく揺れている。
嬉しく思ってくれているのだろうと思えば、認識誤認の検証とは言え結果として騙してしまった事に少しばかりの罪悪感がわかないではない。
でもまぁ、一期一会と罪悪感を振り切り、エリィは5万エクを支払って鞘に入った白鉄の剣を受け取るとくるりと身を翻し歩き去った。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)