132話 ギルド舎のヴェルザンへ予定を告げる
蜜蜂捜索の翌朝、エリィは起床して現在お出かけの準備中である。
前日、蜜蜂捜索から戻ったエリィは晩御飯の時間になって食事のフロアに姿を見せた。
そこに残っていたのは自室から戻っていたオリアーナだけで、ゲナイド達は引き上げたらしい。
そこで得られた情報は、依然としてパウルの行方は知れない事。送信魔具の届け先はゴルドラーデン王国貴族街の東端らしいこと、白暗月29日に目撃された貴族が魔の森最前線の中央砦に在する総指揮官コッタム子爵だった事。後は帳簿の事なんかも追加情報があったようだが、黒幕に関与する証拠でなかったり、まだ不確定だったりするものはあまり真剣に聞かずとも良いだろうと、記憶の隅に留めるだけにした。
「ほんなら今日からは堂々と出られるんやな?」
「多分ね。まぁ堂々と出られなくても問題ないけど」
エリィが上着を羽織り袖を通した後フードをしっかりと目深に整える。
「朝食は皆は外で取るの?」
「そのつもりだ」
「アタシもそうするわ」
「後程合流させて頂きます」
セラ、レーヴ、フィルの返事は想定通りだ。セラは兎も角フィルとレーヴが増員になった事は、当然ながらエリィ達だけが知っている事だ。
人型に擬態できたとしても、しれっと食堂へ赴くわけにもいかない。
「僕はどないしよかなぁ、あんまし姿見せへんのも妙に思われるやろか」
「そうね、私も外で食べるって言えば別に良いんじゃない? こういうと何だけど、味が少し……」
何とも言えない微妙な笑みを口元に刻めば、アレクが大きく頷いた。
「ほんまソレ! 昨日エリィが昼御飯作ってくれたやん? あの味経験したら、ちょっとなぁ」
「じゃあ皆で外で食べましょ。女将さんに言ってくるわ」
皆に見送られながらエリィは部屋を出ると、厨房で鍋を見ていた女将にすぐ出かける旨を伝える。朝食くらい食べて行けと言われるが、寝坊したのだと言い訳をすれば笑って『行っておいで』と言われた。
ちなみに今日出かける事は昨夜のうちにオリアーナには伝え済みだ。それもあってか今日はオリアーナの姿は見ていない。
村の外へ出かける事はかなり渋られたが、軟禁状態はもうとけるし、行方の分からない相手に怯えてても仕方ないと話せば、納得はしていないようだったが引き下がってくれた。決定打はセラも一緒に行くと話した事だろう。セラがいる事で少々の相手には後れを取る事はないと思ったようだ。エリィ自身もカムランを下したと言うのに何故その信用がないのか不思議だ。
何にせよオリアーナは睡眠不足であったはずなので、しっかりと休養を取ってほしいと伝えている。今もフロアに姿が見えないのはその言葉を受け止めてくれたからだろう。
部屋に戻りアレク以外の皆には村の外で待っててほしいと伝え、エリィはアレクを連れてギルド舎を目指した。
変わらず空気は冷えていて、春の陽気とはいかないようだ。天気そのものは快晴なので問題はないが、やはり精霊の件絡みかもしれないと考えれば溜息も出ると言う物だ。
ギルド舎に着けば既に人影はまばらで、警備の人も暇そうに欠伸をしている。服装も変わったし、宿から出た所で練習がてら新たに習得した隠蔽を使った事も相まってエリィには気づいていないのだろう。
上々である。
ギルド員になってすぐ、色々と巻き込まれたせいで今まで通常の手順で依頼を受けたり報告したりと言う経験はないが、確か依頼の張り出しは朝早いと聞いた記憶がある。張り出しボードの方へ顔を向ければ、確かに張り出されている依頼用紙はそれほど多くなかった。
アレクと一緒に張り出しボードに近づいて残った依頼内容を見てみる。
期日が極端に少ないモノや、危険そうなモノ、後厄介そうなのも残っている印象だ。
【これから行くんは西の森なんやろ】
【まぁそうね、西の森と言うかその先の魔の森が目的地だけど】
【ほんならそこの依頼とかええんとちゃうか? 特に期限とかないみたいやし】
【期限が設けられていない依頼は事後報告で良いはずだから、まぁその辺の魔物が偶々狩れたら報告すれば良いんじゃないかしらね】
【なんや、先に受けとかなあかんとかないんかいな、せやったら楽でええな】
ふと舎内を見回せば見覚えのある女性がカウンターで何やら作業をしている。
見覚えのある女性――ケイティならエリィに気づけば手を振るくらいはして来るだろうが、そんな素振りは一切ない。隠蔽が見事に効果を発揮しているのが実感できる。折角気づかれていないのなら、わざわざ自分から進んで地雷を踏む事はないと、そっとその奥の通路を目指す。
簡単に誰にも咎められずにカウンター横の通路の更に奥まで入り込むことが出来、隠蔽様々である。
そして一つの扉の前で立ち止まった。
特に何か書かれたりプレートがかかっていたりする訳ではないが、扉越しに感じる気配からヴェルザンの部屋で間違いない。
小さくノックをすれば中から『どうぞ』と応えがあった。
周囲を見回して誰もいない事、気配もない事を確認してから隠蔽は解除し扉を開いて室内へするりと入った。
彼にとってエリィは思いがけない客だったのだろう、一瞬ポカンとした顔をしている。
2回目の欠片回収の後、隠密や隠蔽が増えている事には気づいていたが、錯覚魔法も使用可能になっている事に気づいたのは今朝の事だ。錯覚魔法は認識阻害や認識誤認させる魔法の事である。
今は自分にしかかけることが出来ないが、そのうち練度や欠片回収が進めば自分以外にもかけることが叶うようだ。
「……エリィ様? 何かあったんでしょうか?」
自分が呆けている事に気づいたようで、ハッと息を呑むと小さく咳払いをしてからエリィに営業スマイルを向けてきた。
「いえ、今日からは閉じこもっていなくても良いと聞いていたので出かけて来たんです」
「あぁ、なるほど。短い間ではありましたが、ご不便をおかけしたことは本当にすみませんでした」
「一応確認なんですけど、今日からは本当に自由にして良いんですよね?」
「構いませんよ。ただ、行方のしれない相手とはいえ警戒は怠らないで欲しいですが」
「はい」
「お話はそれだけですか? でしたらお預けしました伝書箱を使ってくれても良かったのに、ここまで来ていただいて申し訳ありません」
用件を伝えるだけならもちろんそれでも良かったのだが、隠蔽や錯覚を試したかったのでここまで歩いてきたのだ。ヴェルザンに謝って貰うような事ではないのだが、これは言葉の通りに受け止めていいのか、それとも貴族風婉曲嫌味なのか、判断に悩んでしまう。
ここは必殺曖昧笑み返しで誤魔化すとして、せっかくここまで来たのだから、一応予定を伝えておくべきだろう。
「いえ、ちょっと村の外に出かけようと思っているので、一応伝えておいた方が良いかなと」
ヴェルザンが目を丸くしている。
「え、ぁ、村の外ですか? それは……」
ヴェルザンの表情がやや曇り、顎に添えた手の人差し指で頬を軽く叩いて視線を床へ落とした。その反応にエリィの方が困惑する。
「ダメですか? 納品用のポーションの素材も採集に行きたいのですが」
「ダメと言う訳ではないですが、そうですか、素材が無くなったという事ですか?」
本当は異空地産の素材が山ほど収納に入っていて、製作には何の支障もないのだが、出かける理由として妥当なのでこの言い訳で押し通すつもりだ。
「はい」
「事情は分かりました。では本当に気を付けて行ってきてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらの方です。エリィ様が納品してくれたポーションはこの辺境では珍しく高品質なのです。本当にありがとうございます」
「まだやっと3等級に手がかかっただけですが、そう言って頂けるなら頑張って作りますね」
収納に製作し終えた各ポーションも捨てるほどあるがな、と内心で呟きながらも、エリィはにっこり笑うだけで表情には出さない。
「それでは気を付けて。そうそう、この辺だと南の林の方がお勧めです。西の森には近づかないように、とても危険ですからね」
エリィは再度『必殺曖昧笑み返し』をするに留めて、ヴェルザンの部屋を後にした。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)