127話 踊る情報
「ヒース?」
黙り込んでしまったヒースにソアンが怪訝な表情で声をかける。
「ぁ、あぁ、申し訳ございませ……いや、すまない」
「その紙片がどうしたんだ?」
「……俺が気を回し過ぎているだけなんだと思う…思うんだが」
流石に拝借してきた名鑑に直に書き込むことは控えていたようで、何か聞いたり気づいた事は別の紙に書いて挟んでいたのだと言う。
「ホスグエナ伯爵の後継絡みになるか…嫡男の死亡届が出された日の前々日に弟が生まれている」
「それが一か月前なのか?」
「いや…そうではないんだが……死亡届と出生届が白明月25日の同日に出されている」
他国では違うのかもしれないがゴルドラーデンでは死亡も出生も、その当日か翌日には担当した医師が届け出る決まりがあった。これは慣習でも何でもなくしっかりと明文化されている。
であれば遅くとも次男誕生前日には嫡男死亡を届け出ていなければならないのだ。
そこまで聞いてヒースの持つ紙片を覗き込んでいたローグバインも眉根を寄せた。
「……届け出の死亡日そのものは22日になっているから確かに少し引っかかるといえば引っかかるが、夫人が産気づいたとかいろいろな事情も考えられなくはないんじゃないか?」
「あぁ、理由も夫人の容態を見ていた為離れられなかったとあるんだが、届を持ってきたのが使用人らしいんだ」
ソアンがその言葉に不快感を露わにした。
「出生も死亡も担当した医師がするように義務付けられていたはずだが…にも拘らず受理したと言うのか」
「ソアン落ち着け。非常時の場合届けること自体は、習慣的に代理人でも認められていたようなんだ。こればかりはその部署の過去からの遺産だからな……まぁ悪習慣は是正して欲しいものだが、話してくれた奴を処罰はしないでやってくれ」
「ふん……まぁいい、その悪習慣ごとどうにかすれば良いだけの事だ」
むすっとした表情を隠しもせず、やや行儀悪く紅茶を煽る様子に、ヒースは苦笑いを浮かべた。
「まぁ綱紀粛正も必須だからそこはソアンに任せるとして、王都からトクス村まで馬車を使えば一か月ほどかかるだろう?」
「ヒース……お前、貴族らしき人物が連れて居た子供というのを…」
「だから気の回しすぎだと思うと言っただろう? だけどどうにも気になってしょうがない」
ローグバインが組んだ両手の甲の上に額を乗せて顔を伏せた。
「もしそれがヒースの考えた通りだとすれば、子供は……」
ローグバインの声がやや掠れている事に気づき、ソアンとヒースも表情を更に暗くした。
「とにかく調べてみよう。白暗月29日のホスグエナ周辺の動きに、王都貴族街東端の座標はこちらが調べるべき事だ。帳簿他はヴェルザンに任せるしかないが、こちらも動かねば」
「「はい」」
裏通りの更に奥、扉は傾き壁も一部壊れている廃屋の中にカデリオの姿があった。
『2つ首犬の口』の入り口の丁度真裏にあたる。
廃屋の今にも踏み抜いてしまいそうな床に片膝をついて、手に持っていた赤茶けたコインのような物をかざすと、床の一部が口を開き下へ降りる階段が現れた。
赤茶けたコインには革紐が通されていて、それを首へかけるとカデリオは階段を音もなく降りて行く。
彼の姿が階下へ消えると同時に、床に開いた口もすぅっと消えた。
店側の階段とは違い、静かに階下まで降りることが出来る。赤茶けたコインのような物をかざす行為そのものが来訪を知らせる合図になっているので、階段を軋ませたりする必要はないのだろう。
階段を一番下まで降りれば扉が一枚、そこから先への進行を阻んでいるが、こちらには魔具も何も仕込まれてはおらず、ゆっくりと押せばすぐに開いた。
「おう、雛菊か」
過日酒場のカウンターにいた『おやっさん』と呼ばれていた男が、似合わない豪華なテーブルを前にソファで寛いでいた。
ここはおやっさんことクーターが依頼人と商談をする部屋だ。
クーターに裏の仕事を依頼したければ、『2つ首犬の口』の方で依頼を出し、後日赤茶けたコインを貸与されれば、ここへの入り口が開く。
赤茶けたコインを貸与されるまでの間に依頼人は素性他が調べられ、クーターが納得できれば貸与される仕組みだ。
請負人の方はクーターから信用されれば、首に下げる加工をされた赤茶けたコインを貰うことが出来、カデリオはその数少ない信用を得られた請負人の一人だった。
クーターの前、テーブルを挟んだ側にソファにカデリオは腰を下ろし、顔をクーターの方へ向ける。
「その呼び名、どうにかならないもんか?」
「お前が自分への指名コインの意匠に雛菊を選んだんだろうが、諦めろ」
仕方ないとばかりに苦笑交じりの息を吐きながら被っていたフードを下ろすと、ざんばらだった髪は切り整えられ無精髭もなく、どこかすっきりとした表情のカデリオの素顔が現れた。
パウルの実弟だと知っているクーターは、その顔をみて全く似てない兄弟だなとか、どうでもいい事を考えていたが、出た言葉は全く違っていた。
「すっきりした顔しやがって。変な覚悟決めたとかなら情報はわたさねぇぞ」
すっと細められた両眼にカデリオが薄く笑って首を振る。
「そう言うのも考えなかったわけじゃねぇが……あいつをどうにかしても俺の闇は晴れなかった。俺は半身を失っちまったが、その仇は取れそうなんだ。だからかもしれねぇな」
「半身ってぇと…お前が前に溢した恩人の事か?」
「おやっさん、それは忘れてくれと言っただろ? それに詮索はナシだ」
薄く笑っていたはずのカデリオの顔から、ストンと表情が抜け落ちた。
「悪かった…俺はお前を見込んでいるから、ついな」
「俺のようなゴミに何を言ってるんだか…っと、俺がここへ来たのはそんな話をする為じゃねぇ、俺宛ての情報が届いたんだろ、渡してくれ」
クーターは盛大に肩を揺らして溜息を吐くが、取り出した封書をそのままカデリオに渡してきた。
エリィ達から離れた後、カデリオは自分が使われていた組織の事を思い出そうとしていた。
ズースを盾に取られていたせいで彼と同じ場所にいる事は叶わなかったが、パウルと施設の間の繋ぎはカデリオに任せてもらえていた。
だが同じくズースを盾にされた同郷の仲間に、王都の方でに仕事を言いつけられた奴がいた事を思い出したのだ。
カデリオと荷運びの男そして王都に向かわされた男は、3人全員がズースとデボラの手がなければ、疾うに命がなかった者達だ。
だからそいつがもし何か情報をもっているなら話すだろうと、王都の情報屋にすぐさま連絡を取り探してもらっていたのだ。依頼を出したタイミングを思えばかなり急いで情報を集めてくれたのだろう、報酬の上乗せをしないといけないかと考えながら封書に視線を落とす。
渡された封書を開けば汚い文字で簡単に書かれていた。
見慣れた情報屋の汚い文字を目で追うと、そこに書かれていたのは予想外の事だった。
『探し人は行方不明だ。足取りを追ったが半月ほど前に青い顔をして西に走り去ったという情報だけで、その後の足取りは追えていない』
カデリオは情報の書かれたソレを懐へしまうと、徐に立ち上がる。
「おやっさん、すまねぇが暫くここを離れるわ。俺宛てに依頼があったら断っといてくれ」
「……はぁ…わかった。どこに行くんだ…なんて聞いても言わねぇんだろうが、気を付けて行けよ」
「中継ぎのおやっさんが請負人に肩入れするのはご法度だぜ」
「俺も人間だってこった………戻って来いよ」
クーターの顔を見ずに手を軽く上げるだけの挨拶を残して、カデリオはその部屋から静かに出て行った。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)