125話 第2騎士団団長の現在の処遇
ソアンの部屋から出て巡回を終えた後私室に戻り、その奥の小さな寝室で軽く仮眠をとったローグバインは、少しばかり疲れた様子を隠せないまま執務室に戻った。
その手には寝室の伝書箱に送られてきた紙片が2枚ある。
どちらも差出人は言わずと知れたヴェルザン・シセドレ。
ローグバインにとって少々年齢の離れた幼馴染であり、現トクス村ギルドで補佐官のような役職についている男だ。
その彼から送られてきたのは、1枚は調査依頼。
『白暗29日』前後に何かなかったかという質問と、その日にトクスまで足を伸ばしていた貴族らしき男が子供を連れて居たという情報。
子飼は未だ行方不明だが、部屋を調べて出てきたもの等が列記されている。
メナルダ子爵宛の手紙類。
帳簿は出てきたがまだ調べ切れていない。
魔紋入り送信具も現在解析中。
記名のない封書に日付と時間、場所の書かれたメモと雑な地図が入っていたが、これらも調査中。
そして2枚目の紙片に書かれていたのは、その追加情報だった。
帳簿はメナルダ子爵の物ではない事が判明。もしかしたらホスグエナ伯爵に通じるかもしれない事。
魔紋入り送信具の解析の結果、送り先は貴族外の東端であることが判明。一応座標も併記されている。
ローグバインはそれらを懐へ入れると、溜息交じりに執務机の上に積まれた書類に目を通す。
しかしヴェルザンからの報告が頭を占拠していて、書類の内容が入ってこない。
内容は頭に入ってこないが、幾つかの書類は団長の署名が必要なものだというのがザッと見ただけでもわかったので、それらは団長へ持って行くしかないだろう。
恐らくだがケッセモルト団長が何時ものように我儘を言って、自分の仕事をローグバインに押し付けようとしたに違いない。
積まれた書類のうち団長の物を手に取れば、積まれていた書類の粗方がなくなった。座ったばかりの椅子から立ち上がり、部屋の扉の方へ向かうと静かに開く。
開いた扉の先、廊下の横には騎士が2人立っている。
「ビレントス副団長、どうなさいましたか?」
「あぁ、書類を団長に押し付けてこようかと思ってね。執務室に入ったばかりだと言うのに、少しばかりまた留守にするよ」
ケッセモルト団長がローグバインの執務室で見張りだ囮だと、大声で騒いだ事は団員達も知るところで、副団長の執務室の警護は騎士たちの方から提案された事だ。その程度にはケッセモルト団長は警戒されている。
団長が副団長の執務室に入るのは、問題はない。もっともケッセモルトはノックもなしに押し入ったようなので問題はあるのだが、それ以上に問題なのは騒いだ挙句、それを不特定多数の人間に聞かれた可能性があるという事だ。
今までも色々とやらかしていた為、今は団長室に半ば監禁されているのだが、暇になればまた首を突っ込んで来ようとするだろう。
部下の手柄の横取り、収賄、情報漏洩と、散々やらかしていながらも、辛うじてこれまで大事に至らずに済んでは来たが、目を瞑るのにも限度がある。
第2騎士団内はもちろん、他の騎士団からも胡乱な目を向けられる状況が続き、とうとう上もケッセモルトの団長解任を決めるかもしれないという話が流れてきて、功を焦っているのだ。
その為まだ単なる情報を殊更大きく騒ぎ立て、挙句誰に話を聞かれたかわからないなどと言う醜態を晒す結果となった。
実際、単なる情報は黒い噂の絶えないホスグエナ伯爵に至れる可能性のある、結構な糸口になりえたのだから、ローグバイン達も頭を抱えた。
「もし何かあったら公爵閣下の私室……いや、この時間なら離宮の方だろう、そこ居ると思うから、そちらへ伝令を頼めるかい?」
「承知しました!」
ソアンの部屋を目指す前に、とりあえず書類を土産代わりに団長室へ向かう。
ノックをし、返事を待ってから開ければ、こちらは団長室内に騎士が2名、警護と言う名の監視員が待機している。
その部屋の一番奥、無駄に豪華な執務机で頭をガリガリと掻きながら、眉間に皺を寄せているでっぷりとした男が一人。
「な、なんだね! わたしは忙しいんだ! 用がないなら出ていきたまえ!」
イラついているのはわかるが、入ってきたばかりで用件を言う間もないのに出て行けとは…と、ローグバインは上がりそうになる苦笑を抑え込む。
「団長、こちらの書類もお願いします。私の執務室の方へ持ち込まれましたが、これは団長のサインが必要な物ですので、私が処理することはできません」
「ぐ…」
顔を真っ赤にして何とか怒鳴りつけたいのだろうが、言葉に詰まっているのか、続いた言葉は何とも的外れな物であった。
「き、貴様がやればよいだけではないか! わたしは休みたいのだ!」
団長署名が必要だと言ったはずだが、理解できないのか?と突っ込みたい気持ちはあるが、それをしてしまえば彼の怒りは更に膨れ上がるだろう。
そうなっては、はっきり言って面倒でしかない。
「お休みになるなら書類を終わらせてからでお願いします。文官たちからまだかとせっつかれているのですよ」
事務的に言うローグバインにキレたのか、ケッセモルトが大きな音を立てて椅子を倒して立ち上がると、途端に室内に控えていた騎士2人が腕を拘束して押さえ込むが、大きな腹が机の端に食い込んで酷く苦しそうに叫んだ。
「お、お、お前ら!! わたしが団長だぞ!? は、はなせ!!」
「いい加減学んでいただけませんか? まぁ言ってわかるならこんな事態にはなってませんね」
ふっと息を吐いて苦い笑みを口元に乗せて首をゆるゆると振る。
未だケッセモルトを押さえ込んでいる騎士達に、『煽るつもりはなかったんだが済まない』と小さく告げて団長室を後にした。
第2騎士団隊舎をでて、小さな庭園を横切る。どこからも見えるような庭園ではなく、見る者と言えば無骨な騎士ばかりだと言うのに、小さくとも季節の花々に彩られ、丁寧に世話をされている事が窺える。
「今年はいつになく春が遅いから、花たちも随分と寒そうだ…枯れてしまわなければいいが」
つい小さくだが言葉が洩れた事に、ローグバインは自嘲する。
子供の頃から花など愛でた事もなく、名も全く知らなかったローグバインに、花の名を教えたのは小さなオリアーナだった。
そんな思い出に浸っている間に、ソアンが居るだろう離宮へ着いた。
扉を叩き、出てきた使用人に来訪を告げてもらうように頼むと、ソアンの侍従であるヒースがやってきて応接室へ案内してくれる。
「申し訳ございません。今暫く準備にお時間がかかりそうでございまして」
「いや、こちらが先触れもなく訪ねたのだから問題ありません。反対に急な来訪を断らずにいて下さって有難い限りです」
応接室に通され、扉をヒースが閉めるとソファへと誘導してからお茶の用意をする。
「昨晩もソアン様に付き合わされたのでしょう? 体調は悪くございませんか?」
「あぁ、まぁそれは……ヒース殿に気づかれない訳がありませんね。公爵閣下の私室に明かりが見えたので訊ねたのですが、そこから暫く…」」
「いえいえ、就寝前のお顔は少しすっきりとなさっていらっしゃいましたので、こちらこそがお礼を申し上げねばなりません」
「………あぁもう…言葉遣いがやっぱり慣れないな」
ローグバインの戸惑うような言葉に、お茶をテーブルに置きながらヒースと呼ばれた男性がニヤリと笑う。
「諦めろ。これも仕事だ」
立ち居振る舞いは仕える者として一級品の彼は、ローグバインにとっては年上の幼馴染でもある。
そしてあまり人を寄せ付けたがらないソアンにとっては幼馴染と言うだけでなく、色々と兼任してくれる懐刀でもあった。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)