124話 深森蜂掌握
結局大蜘蛛は手元に茶色の卵を残して、名前を受け取る事はしなかった。
たどたどしい語り口のまま森に残りこれまで通りの生活を続け、子にこの場所を残すと言っていた。
結果として当初の目的は達成できたし、ついでと言っては何だが変わった色の蜘蛛の卵まで手に入れてしまった。孵化するまでは異空地で様子を見てもらうにしても、その後はどうしたものだろうか…襲わないような事は言っていたが、それを卵に理解しろと言うのも無理な話だと思われるので孵化する際には、ルゥ達異空地に居る者には身を隠してもらうなり何なりしてもらうようにして貰った方が良いだろう。
とりあえず大籠蜘蛛親子(?)とは平穏にお別れして、森の外へ出る事を優先する。
セラとフィルは平気そうなのだが、アレクとレーヴの顔色が若干悪い…気がする。その場にとどまらなければならない理由も特にないので、一刻も早く離れるとし手早々に動き出す。
何はともあれ、目的の蜂族は手に入れた。
糸でグルグル巻きにされてはいるが、一応生きているので意識を取り戻す前に掌握しておこう。
森から出て少し離れた場所で足を止める。
宿に戻ってからでも問題ないと思うが、掌握スキルというものを初めて使う訳だし、何かトラブルが起こらないとも限らないので、途中の草原のようなところで居空地にはいる事にした。
異空地に入ればムゥとルゥが気づいたのか、離れた場所から真っすぐに近づいてくる。
【主様なのよ~】
【お帰りなさい、見つかりましたか?】
「ただいま、一番の目的ではないんだけど、何とか?」
ムゥの頭の上に乗って移動してきたルゥが、にょーんと伸びあがってエリィの手元を覗き込む。
エリィの手には籠蜘蛛の編んだ袋に入り、糸で未だ拘束されている深森蜂が見えていた。
【ひぇ! 深森蜂ですか!? な、なんでそんな戦闘特化な輩を!?】
【この蜂さん、強いの~?】
「強さはどうなのかしら、特に聞いてないけど」
【猪型の魔物でさえ一刺しでおわりですよ!】
「え!? そんなの強いの!?」
現在休憩中のフィル達を、エリィは思わず振り返る。
それに気づいたのか、フィルが立ち上がってエリィ達に近づいてきた。
「如何なさいましたか?」
「ぅぇっと…この蜂の強さの話題が出たんだけど、猪型の魔物でさえ一刺しで終わりってルゥが言ってるのよ」
「えぇ、かなり強力な毒を持っていますね。ですが蜂型の魔物は他にも居ます。黒と黄色の縞模様の奴に比べれば、まだ温厚な方かと思いますが」
【主君! ほら、言ったでしょう!? 私達なんてそいつからしたら、コロコロコロリンと転がされるだけの存在です!】
心なしルゥが冷や汗をかいているように見える。
「じゃあ居空地に置いておくのは危険かしらね」
「その『掌握』というスキル次第ではないでしょうか? 行動も何もかも『掌握』できるのであれば、命じられない限り他を襲う事はしないでしょうし」
「一度使ってみないと何とも言えないわね…よし、それじゃやってみますか」
エリィが手に持っていた袋から拘束された深森蜂を取り出し、地面へそっと横たえた。
ぐったりと動かない深森蜂に掌握スキルを使用する。
使っては見たものの見た目の変化も何もないし、エリィ自身にも変化は特に感じられないので、少しばかり困惑してしまったのだが、音もなく中空に見慣れた透明パネルが浮かび上がった。
パネルは見慣れているのだが、そこに並ぶ文字は見慣れたものではない。
掌握:デル・ファナン・セピトナ{1}
※{識別名もしくは識別番号を決定してください}
※{群体名可・個別名可}
命令:現在無し{待機中}
そんな文字の下には地図と共に光点が描出されている。とはいえ異空地だからだろう、深森蜂を示す光点は1つだけだ。
しかし、個別名も可能……前世とそう変わらないのであれば群れで生活しているだろうから、個別名は現実的じゃない気がする。多分だが、異空地より出て、群れを掌握出来てから名前を付けるのが一番効率的ではないだろうか。
そんな事を考えていると、足元から微かにカチカチと硬いものを叩いたような音が聞こえた。
足元へ顔を向けると、どうやら深森蜂が意識を取り戻したようで、周囲を確認するように首を動かしている。
「気が付いたみたいね」
【ひぇ!!】
【新しいお友達なのよぉ?】
ルゥはビビり上がっているが、ムゥの方は平常運転だ。蜂毒の怖さをわかっていないだけかもしれない。
念には念を入れて、そのまま開放するのではなく、結界を蜂の周囲に張り巡らせる。こうしておけば糸から解放して、最悪敵対行動をとられても大事には至らずに済むだろう。
結界の壁越しに糸を短剣で切って行く。相変わらず思うようには切れないが、少しずつなら何とか切り離せる。
糸をすべて切り終えようとする頃には、休憩していた面子も集まり、エリィ一行全員がその様子を固唾を飲んで見守っていた。
【大人しくしててね】
糸から完全に開放する前に有効かどうかわからないが、念話でお願いしてみる。
その後糸を結界から抜き去れば、深森蜂は触覚をひっきりなしに動かしてはいるものの、特に飛び上がったりはせず大人しく地面で待機してくれていた。
【右へ動いてみて、飛ばすに歩いて】
そう命じてみれば、ゆっくりと指示通りの動きを見せてくれる。
【私の仲間…眷属は何があっても襲わないように。これはずっと継続する命令よ】
掌握の特性なのだろうか、念話であっても会話が成立することはない様で、このお願いが有効になっているかどうかはパネルで確認する。
『命令』の所に『掌握主とその眷属は襲撃不可(永劫継続)』の一文が追加されていた。
「大丈夫みたい、それにしてもこのスキルって……被支配側の意思は全く反映されない強制なのね、何だかなぁ」
【主君の望みをできるだけ近い形で叶えるための付与繭ですから……ですが、今回ばかりは強制で良かったと思います! 深森蜂なんて自由にさせたら危ないじゃないですか!】
ルゥが本当に怖そうに全身をプルプルと震わせながら話す。
「そうかもしれないけど……ってそんな事で悩んでないで、次の段階に行かないとだわね」
「そうだな。まずは外に出て群れの掌握だろうか?」
「かなぁ、どの程度の規模の群れなのか……ちょっと怖い気もするけど」
エリィがははっと笑うが、力はなく顔はしっかり引き攣っていた。
結界を解除しても深森蜂は大人しいままで心底ほっとした。
そしてムゥとルゥを残して、再び外へと出るとパネルに変化があった。
掌握:デル・ファナン・セピトナ{387}
※{識別名もしくは識別番号を決定してください}
※{群体名可・個別名可}
命令:掌握主とその眷属は襲撃不可(永劫継続){待機中}
387…恐らくこの数値が群れの個体数ではないかと考える。この蜂種の平均総数はわからないが、普通に数字だけでもなかなかの大所帯だなと思ってしまう。
ちなみにだがキイロスズメバチは1000匹以上の場合もあるのだとか、恐ろしい。
何にせよ無事群れの掌握もできたようで一安心だが、ここからが本番だ。
そう、深森蜂に蜜蜂を探してもらうのだ。
【それじゃ……蜜蜂を探して。ただし攻撃不可だからね】
念話で命令するや否や、目の前で地面に大人しくしていた蜂も飛び上がって見えなくなった。
掌握:デル・ファナン・セピトナ{387}
※{識別名もしくは識別番号を決定してください}
※{群体名可・個別名可}
命令:掌握主とその眷属は襲撃不可(永劫継続)
蜜蜂及びその巣の探索{387}(対象への攻撃不可)
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