123話 大籠蜘蛛
目が合ったと思った瞬間、大蜘蛛の右側の腕から伸ばされた白い糸が、エリィ達に迫っていた。
「「「「!!」」」」
回避すべくそれぞれが横跳びする。しかし少し大きく跳ねすぎて隙の出来たアレクが、耳手に深森蜂を入れた袋をしっかりと握ったまま、糸に絡めとられた。
「アカン! 皆逃げるんや!」
アレクが叫ぶがその声を無視してエリィが着地するや、間髪入れずにその足を基軸に捕まっているアレクめがけて飛び込む。
「馬鹿な事言ってんじゃないわよ。フィルはレーヴの方をお願い」
言いながらも取り出した短剣で糸を切ろうと刃を滑らせるが、思うように切れない。
フィルがエリィの指示に従いレーヴへ駆け寄ると、左足首が糸に巻き取られて、レーヴ自身は尻もちをつくような形で地面にへたり込んでいた。こちらの魔法で切ろうと足掻くが、やはり少しずつしか切れない。エリィはそれを見て口元を苦々し気に歪めたが、その視界の端に入り込んだ光景に、糸を切る手を止めてしまった。
何御儀式かわからないが、大蜘蛛が身体全体をフルフルと横に振っている。
ふと改めて自分達の状況を確認すれば、確かにアレクとレーヴは糸に絡めとられているが、そこから引き寄せられるなどしていないのだ。
(どういう…事?)
エリィは短剣を握って警戒は解かないまま、それでも大蜘蛛の方へと身体を向けて立ち上がった。
「▽◎…×◇@@!!」
形容しがたい音を発する大蜘蛛に、念話を試みてみるかと、エリィは意識を集中してみようと考える。
魔力交感もしていない相手だし、そも念話スキルを持っているのかわからないが、捕らえただけでそこから先をしてこないのであれば、試してみる価値はあるだろう。
「フィル、糸切れないようならそのままで良いわ」
「エリィ様?」
「糸で引き留められてるだけで、今も襲われてないでしょ? だからちょっと、ね」
「……わかりました」
フィルが魔法を止めるのを眦に見てから、ゆっくりと大蜘蛛の方へと再び意識を集中する。
【どう呼び掛けていいのかわからないから、蜘蛛さんと呼ばせてもらうわね。まずは貴方の獲物を横取りしようとしてごめんなさい】
【…………】
(これは念話スキル無しパターンかしらね……とは言えやはり攻撃してこない…うぅん…困ったな、この大蜘蛛は何を伝えたいのだろう)
正直蜘蛛の思考などわかるはずもない。途方に暮れて立ち尽くしていると、
【…………△□…**……】
先ほど聞いた形容しがたいモノがエリィに届いた。
どうやら念話そのものは可能みたいだが、やはり言葉が通じないのだろう。
魔物だからと言う理由はセラがいるので当てはまらない。虫だからというのもルゥを考えれば当てはまらない。となれば、もはや意思伝達の形態そのものが違うのだろう。
大蜘蛛の様子を窺えば、通じない事には気づいているのか、若干焦っているようにも見える。身体全体を横に振ったり、首を傾げる様に斜めに傾けたりしている。
この場に居る是認が困惑の極み状態だ。
「!」
大蜘蛛が何か思いついたのか、身体を小さく跳ねさせると、足先から出した糸を、別の足でスパンと鮮やかに切って見せた。
エリィ達にこれ以上の危害を加えないと言う、意思表示なのだろうか。
とりあえず切ってくれたことは有難いので、通じないとしても感謝は伝えるべきだろう。
【ありがとう】
【◎▽……ど…×…たし……??】
今度はエリィの方が驚愕に身を跳ねさせた。
たどたどしいが、聞き取れる音が混じっている。
会話できる可能性があるなら、ちゃんと事情を話し、深森蜂を譲ってもらう事も可能になるし、取ろうとした非礼を詫びる事もできる。
【貴方の言葉を理解できなくてごめんなさい。可能ならゆっくりで良いので、私の分かる言葉でお願いできる?】
大蜘蛛の方はじっとエリィと見つめているが、こちらの言葉は理解できているのか、身体全体を大きく縦に2度振った。
【ワタ…シ……オソウ、シ……ナイ】
【!……ぅん、ありがとう】
【オ、ネガ……イ、アル……イ、イ?】
ずっと森の奥深くに生きてきて、恐らく人間種と遭遇したこともほぼないだろうに、言葉をこんなに早く理解できるなんて、どれほどの知能を持っているのだろう。魔物が賢いのか、昆虫が賢いのか、それともこの個体が飛びぬけているだけなのか、その真偽はわからないが、今はこの大蜘蛛との意思疎通を図るとしよう。
【お願い? 言ってみて、叶えられることならもちろん協力するわ。だけど、まずは謝らせて。貴方の得物を奪うような真似をしてごめんなさい。許してくれなくても仕方ないけど、本当にごめんなさい】
【エモ、ノ? えもの!……ハチ、ア、ゲル。ダカラ、オねが…イ、イイ?】
片言だった言葉が少しづつ流暢になって行く事に、エリィの口角が無意識に柔らかく上がった。
その様子をフィルと、何とか糸から脱出することが出来たアレク、レーヴは沈黙を守ったまま見守っている。
【ココ、タベモノおおイ……デモ、コドモ、イキル…ム、ズカ、シイ】
【子供がいるの? この森で一緒に暮らせないって事?】
大蜘蛛が後ろを向いて何かに足を伸ばしているが、振り返ったとき、その足先にテニスボールくらいの、多分卵が鎮座していた。
だが、その色が……
【コノコ、ダイジョ…ブ】
そういって蜘蛛が足先で示したのは茶色い卵だ。
【コッチ、ムズ、カしい】
足先が指さす方向にあったのは、純白の卵と金色の卵だ。
【その2つの卵の子は、ここで暮らせないの?】
【イロ、メダ、ツ。いきル…ム、ズカしい。ソレ、ニ、アナタサ、マ、▽◎サマ……タクス、あなたサマノ、ケンゾ*…】
この大蜘蛛の卵の色は普通は茶色なのだろう。だけど白と金色は目立つから、ここで生きるのは難しいと言っているようだ。
卵の色が、子供の体色に呼応しているのであれば、確かに目立って幼いうちに捕食されてしまう可能性は高いだろう。
ただ後半の言葉はよく聞き取れない音があって、まともに聞き取れたのは『託す』と言う言葉と、『ケンゾ…』は眷属だろうか。
【この子達を私の眷属にしてくれって言ってるの?】
確認の為、問いかけてみれば正解だったようで、大蜘蛛は大きく身体を縦に揺すった。
どうやら色違いの子はここでは目立って殺されてしまうだろうから、眷属として連れてってくれとでも言っているようだ。
それはわかったが、ふとエリィは考えを巡らせてみる。
(蜘蛛……別に異空地で他を襲わないでくれるなら、この大蜘蛛さんごと引き受けるのは問題ないわよね。まぁ、先にルゥや皆に確認してみないといけないけど)
そこまで考えて、エリィは一つ頷く。
【少し待ってて、ちょっと確認してくるわ。すぐ戻るから】
言うが早いか、エリィの姿が掻き消えた。
その場に残された、大蜘蛛を除く全員が少し不安そうに表情を曇らせた。エリィは気づいていなかったが、蜘蛛との念話は全員に聞こえていた。だけど、聞こえていたのはエリィの言葉の方だけで、大蜘蛛が発した言葉は皆には聞こえていなかったのだ。
そうして不安気に互いに顔を見合わせていると、エリィが戻ってきた。
【戻ったわ。ルゥとムゥは襲わないなら構わないって。アレク、セラ、フィル、レーヴはどう?】
【【【【………】】】】
【ん? やっぱり問題?】
【いえ、そういう訳ではございません。ですがワタクシ共にはエリィ様のお言葉しか聞こえておりませんでしたので、少々理解が……】
【え!? ぁぁ、ごめんなさい。そっかぁ、大蜘蛛さんの言葉は聞こえてなかったのね】
【エリィ様のお言葉からだけでも、状況はある程度把握出来はしましたが】
【ごめんね、大蜘蛛さん、凄く言葉がたどたどしくて、それ聞く事に注力しちゃってたわね、気づかなくてごめんなさい】
【たどたどしいって……そんなら名前つけたったら良かったやん? いやまぁ、本人が嫌やなかったらやけど】
【………ぁ】
確かに従魔になって貰えば、もしかすると意思疎通はもっと簡単だったかもしれない事を、すっかり忘れていたエリィだった。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)