122話 深森蜂の元へ
どれほど駆けただろう、セラの背にしがみつくことに必死になっていたエリィにはわからないが、レーヴを先頭にして駆けている間に、周囲は林と言った方が良い風景だったのが、いつの間にか森になっていた。
ゆるゆると速度が落とされたので顔を上げてみれば、辺りは生き物の気配に溢れていて、ここに至るまでの森とはまた違った様相を見せていた。
「何だが気配が…賑やか?」
「そうだねぇ、餌になる虫や小物も多くて、魔物に限らず生物も沢山いる森なんだよ。しかもこの辺りは中心部に近い場所だから、人間種は近づかない場所でさ。そのおかげか生物は本当に多いって訳」
「狩場になりそうな場所なのにね。他の場所からわざわざ来る所じゃないかもしれないけど、住み着く人間種が居ても不思議ではない感じにも拘らず居ないって事は……何か問題あり?」
「問題と言うか、虫が多いんだよ! ホンットに多いの! ここを迂回したらすっごく遠回りになるから突っ切ったけど、普段ならアタシだって近づきゃしないよ!」
レーヴが目を吊り上げて力説する。
「虫が多いんかいな……虫は僕もあんまし好かへんわ」
「だからこそ魔物とは言え蜂族を見つけられたのでしょう。それでレーヴ、その深森蜂は何処です?」
口をへの字に曲げるアレクを後目に、フィルは淡々とレーヴに問いかけた。
「もうこの辺だよ。目印代わりに木に紐を結んでおいたから、それを探してくれれば」
「承知した」
「了解や」
「紐じゃなく魔力を残しておけばすぐに見つかったでしょうに……」
各々が実に『らしい』返事をしながら周囲の探索に散って行く様子を、エリィは口元ほんのり笑みを刻みながら見送る。
「私も探さないとね。レーヴ、紐は何色?」
「赤だねぇ」
「赤い紐ね、了解」
全員が探索に散ってほどなく、フィルから念話が入ってきた。
【見つけました】
その言葉にフィルの居る場所に全員が集まる。
フィルのすぐ傍にある大きな樹木の低い場所にある枝に、真っ赤な紐が括り付けてあった。その大きな木の幹に隠れるようにしてフィルが様子を窺っていたので、集った全員がそれに倣う。
【うっわぁぁ、めっちゃ大きい蜘蛛やん!】
【あれ、蜘蛛って言って良いの? もう昆虫って範疇じゃない気がするわ】
セラ、フィル、レーヴは特に驚いた様子もないが、エリィとアレクは視界に飛び込んできた大きく黒い影に目を丸くして固まった。
全員が見つめる先には、セラよりも、もしかしたら大狐化したレーヴよりも大きいんじゃないかと思うほどの、紛う事なき黒い蜘蛛が、足先から糸を出しながらせっせと作業をしている。
よく見れば、大蜘蛛の周りには、白い袋状のモノが所狭しと釣り下がっていた。
(あの袋って……あぁ、廃品利用って所かしらね……ぅん、まぁいいんだけど、洗っててくれるわよね…それと一つ賢くなったわ、スヴァラーって蜘蛛の事なのね)
先刻ゲナイドがカムランからだと持ってきていた、マトゥーレの入った袋と同じものが、そこには釣り下がっており、フィルに訊ねるまでもなく知った瞬間だった。
【あの種類はあそこまで大きくならないんですが……、普通は20セヤルくらいが精々ですし、気性も比較的穏やかで、人間種が飼って袋を作らせたりしていますね。ただ名前は『袋蜘蛛』等ではなく、何故か『籠蜘蛛』と呼ばれています】
20セヤルは20㎝とほぼ同じくらいだ。20㎝の蜘蛛が既に大きいと思うのだが、今見えている大蜘蛛は2m以上なのだ。
それにしても再利用ではなく、養蜘蛛(?)をして袋を生産してるとは初耳だ。
メキュト…イモムシがゴミ処理に飼われているのと同じ感じで、誰かがテイムしている訳ではないのだろう。
何にせよ人間種とかかわりが深い魔物という事だ。意外と知らないだけで、人間種に利用されている魔物は多いのかもしれない。
【ですので、あんな大きさだと勝手がわからずどうしたものかと……最早大きいと言うより巨大と言った方が的確でしょう。恐らく変異種か何かではないかと考えられますが、そうなると性質も原種と違う可能性が無きにしも非ずです。もし気性が荒いようなら危険な相手になってしまいます。彼らは雑食なので】
フィルの説明に顔が若干引き攣る。
【つまり……私達も御飯認定されるかもってこと?】
【はい、その可能性は否めません。とは言え、こちらの目的は深森蜂だけですので、それが入った袋だけ何とか手に入れられれば良いのではないでしょうか】
【そうね、無駄に交戦する必要はないわ】
【と言う訳ですので、アレク、その耳手で深森蜂の袋だけ取って下さい】
【何で僕なんやぁぁ!?】
さっぱりわからないと言いたげに、フィルが小首を傾げる。
【目の前のアレがどうだかわかりませんが、籠蜘蛛は魔力に少々敏感なのです。もしアレがその特性をちゃんと保持しているなら、魔力を使えばここに居る我々の事がアレに知れてしまうかもしれませんが、それでも鎌ませんか?】
アレクが顔色を悪くしながら声もなく俯いた。
【まぁ戦闘になったとて問題はありません。ですがあの大きさですし、アレはこの辺りの主と言っても良い存在でしょう。周囲の清掃にも寄与しているでしょうから、無駄に殺生をする必要はないと思ったのですが……】
【雑食って言ってたわね、さっき】
【はいはーい、雑食なんて可愛いモノじゃないと思うんだよ! だって籠蜘蛛って土や鉱石なんてのも食べちまうから悪食って言うべきだと思うんだがねぇ】
神妙に言葉を紡ぐフィルに、エリィが相槌を打っていると、レーヴが茶化す様な乗りの軽い声音で割り込んできた。
【そうなんだ、だけど……そうね、こっちの世界と言うか、魔物はわからないけど、前世だと土を食べる生物って普通に居たわよ? 理由はミネラルを摂取する為とか色々みたいだけど】
【悪食なりの理由があるって事かよ…】
【何にせよ、フィルの言う通り態々刺激することもないでしょ? そっと持ち出せるならその方が良いわ。アレク頼める?】
アレクが静かに溜息を吐く仕草を盛大に披露する。
【虫って好かんのやけど……しゃぁないなぁ】
【ごめんね。だけど他の誰かだと近づかないといけないし、魔法は非推奨みたいだし…ほんとごめん】
【せやなぁ、僕しか出来へんやり方やろしなぁ…頑張るわ。ただ一つ聞いてええ? あれ、ほんまに生きてんの? 全然動かへんのやけど】
【何度も言いますが、目の前のアレに当てはまるかわかりません。それを踏まえた上で…籠蜘蛛は死体も食べますが、あぁして袋に入れる場合は生きたままの事が多いようです。
まぁ魔石獣だった場合はそれ以前の事ですが。魔石獣の場合、殺してしまっては一部の素材と魔石を残して消えてしまいますしね。それでは捕らえた意味がなくなってしまいますでしょう。
まぁ死んでいるなら次を探すだけの事ですから、まずは取って確認しましょう】
【ァ…ハイ…】
若干涙目になってるように見えるアレクには申し訳ないが、今は頼らせてもらうとしよう。
木の陰からそぅっとアレクが耳手を伸ばす。
当の大蜘蛛はと言えば、せっせと足先から糸を出して袋を編む作業を続けている。
そこに何か入れる訳でもなく、ただただ、ひたすらに作っては木の枝などにぶら下げているのだ。
【あれ、何してるの? そもあの袋の使用目的って餌の貯蔵以外にもあったりする?】
【基本的にはそれで間違っていないと思いますが、ワタクシめもそこまで詳しくは…申し訳ございません。それにしても…確かに随分と沢山編んでいるようですね】
エリィとフィルが念会話している間にも、アレクは静かに耳手を目的の袋に伸ばしていて、やっとその袋に耳手の先を届かせる事が出来た。
袋に入れられた深森蜂は、アレクの耳手が届いたことで、多少なりとも振動が伝わったと思うのに、ピクリとも動かない。
だが折角耳手が届いたのだ、このまま引き寄せようと、枝に掛けられた部分を外しにかかった所で、大籠蜘蛛がぐるりと振り向いた。
振り向いただけなら良かったのだが、その複眼はしっかりとエリィ達の方へ向けられているように思われた。
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