119話 新たな情報
ゲナイドが馬蹄と銀の二葉亭へと急ぐ道すがら、包みを抱える藍色のフードを被った人影とすれ違い、意識を自分へと戻せば、周囲の人影やその喧騒に気づき、のっそりと顔を上げる。
そんな時間かと、ふと朝市で賑わう通りを見遣った。
ここトクスは『村』だが、もう『町』と言って良い規模なのだろうと思う。魔の森方向へ送られる兵士や、同じく魔の森近くの依頼を受ける傭兵やハンターのギルド員、そんな彼らを客とする朝市の露店や店舗も相まって、朝から結構な賑わいだ。
ただ店舗層はやはり前線に近いせいか、食料や武具、薬草なんかを扱う店が主で、ラドグースが好む甘味や宝飾品などは露店も店舗も少ない。
いつか魔の森がもう少しだけでも後退してくれたら、そんな店も増えるのかもしれないと、取り留めもない事を考えながら歩いていると、視界の端に見知った影が見えた気がした。
気になってそちらを見ると、オリアーナの方へ報告を頼んだカムランが困り顔で立っていた。
どういう事だとゲナイドは眉を顰めつつ、カムランへと足を向ける。
近づいてくるゲナイドに気づいたのか、カムランがホッとしたとも困惑したともとれる微妙な表情で振り向き、何も抱えていない方の手で何かを指し示すように下の方を指さした。
訳がわからず、カムランの指の方向を目で追うと、そこにはカムランの服の裾をしっかりと握って話さない、小さな男の子と、その後ろに申し訳なさそうにしながらも、訪れる客をせっせと捌く女性、そして掃除をしていた少年の姿が目に入ってきた。
「おい、お嬢への報告はどうなってんだ」
「すまない、時間が時間だし、何か差し入れるかと露店に立ち寄ったんだが…」
丁度清掃を終えた少年と再会し、ついでとばかり母親の所まで送ったのだが、少年の弟に妙に懐かれて放してもらえないという事らしい。
ありがとうございましたーと対応していた客を見送った女性が、困り顔でこちらへ向き直り、足元の男の子を宥める様にしゃがんで声をかけた。
「ほら、お兄ちゃんの服、放そうね? お兄ちゃんもご用があるの、だからね」
「や!」
「や! じゃないのよ、困ったわね」
清掃していた少年の弟らしき子供以外の全員が、困り顔で立ち尽くしているのを見て、ゲナイドまで困り顔になる。
「おいおい、どういう状況だよ、これ」
「俺の方が聞きたいよ」
盛大に溜息を落とすカムランに、女性と清掃少年が心底申し訳ないと眉尻を下げている。
「すみません、弟は大人の男の人をみると、たまに父親だと思うのか、こうして我儘を……本当にごめんなさい」
「なるほどな、んじゃお前はまだ動けそうにないな」
「いや、だが…」
「諦めて少し遊んでやれ、そうしたらそんな年だ、すぐに寝てくれるだろうさ」
「はぁ…子供は得意じゃないんだがな」
「相変わらずモテるね~、ま、こっちは何とかしてくれ。俺はお嬢の所へ行ってくらぁ、ナイハルトとラドグースはギルドにいる。後でどっちかに合流してくれや」
「俺はモテたいと思ってないんだがな」
「贅沢な事言いやがんぜ」
「はぁ……あぁ、それはそうと追加情報だ」
さらりと世間話のように言われて、そのまま流しそうになるが、慌てたせいか、ゲナイドの挙動が若干不審だ。
素早く女性と兄弟の様子をみてから、ゲナイドが眦を上げて小さく抗議する。
「おい、さらっと言ってんじゃねーよ」
「いや、彼女が証言者だし」
カムランが再び接客している女性を顎でしゃくった。
「念の為この辺の奴にパウルの事を聞いてみたんだが、一か月ほど前の早朝、村の外から戻る奴を見たと」
「一か月前だと!?」
「あ? あぁ、そう言ってたが…どうした」
買ってくれた客に礼を言って見送る女性に、ゲナイドが慌てて近づき、カムランから聞いた話を確認する。
一か月前の早朝となればかなり寒かったはずなのに、コートも着ずに足早に歩いていた為覚えていたらしい。
それだけじゃなく、時間も早朝と言っても朝市が始まる前の事で、まだ夜と言って良い程度には暗く、パウルがそんな時間に出歩いているのも初めて見たからだそうだ。
どの方向から戻ってきたのか訊ねた後、未だ小さな男の子に捕縛されているカムランの方に戻る。
「情報ありがとよ、詳しい事は合流してから話す。そんじゃ俺は先に行ってるぜ」
「あぁ、これも持ってってくれ。俺もできるだけ早くそっちに合流するよ」
二人して何とも言いようのない視線を、足元の小さな男の子に向け、同時に小さく息を吐く。
カムランから受け取った包みからは微かに甘い香りがして、どうやらマトゥーレが入っているようだが、それを抱え直し、ゲナイドは未だ子供に裾を掴まれたままのカムランを置いて、馬蹄と銀の二葉亭に足を向けた。
見えてきた馬蹄と銀の二葉亭に更に足を速める。
着くや否や扉を開ければ、直ぐのフロアにオリアーナが座っていた。
音で顔を上げた彼女がゲナイドの姿に気づき、軽く手を上げて挨拶する。
「お帰り、でいいかな」
「た、只今戻ったです」
オリアーナが手招くので、そのまま彼女の座るテーブルの空いた椅子に腰を下ろし、カムランから預かった包みをテーブルに置くと、入れ替わるようにオリアーナが立ち上がった。
ゲナイドの顔に疑問符を読み取ったのか、オリアーナは笑って『エリィを呼んでくる。一緒に聞いた方が早いだろう?』と言いおいて、奥へ歩いて行った。
少し待っているとオリアーナがエリィを伴って戻ってきた。
「んお?」
衣服が変わっているので錯覚しているのだろうか、どうにもエリィの身長が高くなっているように見える。
ゲナイドは自分の目がおかしいのかと何度か擦ってみるが、やはり大きくなっているように見えてしょうがない。
呆然と見つめたまま、エリィとオリアーナが席に着くのを目で追っていると、オリアーナが苦笑いを浮かべて口を開いた。
「ゲナイドも気づいたか。エリィの身長が伸びているだろう? 私も最初見たときは驚いたんだ」
「よかった…自分の目がおかしくなったのかと思っちまいましたよ。それにしても伸び幅が……俺の手の平の長さくらい? 結構伸びてますね」
「ま、こんな事もあるさ」
「そうですね、一晩明けたら急に老人のような姿になってる奴も見た事ありますし」
「あぁ、草人族だろう? あれは私も驚いたが、老人になるだけじゃなく若返る事もあるだろう?」
「えぇ、その日は祝うみたいですよ。まぁ草人ですしね」
エリィは目の前の二人が交わす話を聞いて、改めてなるほどと得心が行った。
急に成長したからと言って騒がれないのは、他にも人族とは違う部分を多数持つ種族が普通に居るからだと。
「とりあえずコレでも摘まみながら話しましょうや」
ゲナイドはそう言ってテーブルに置いた包みの口を開いた。
買い物をすると、大抵は商品をそのまま渡されるのだが、食べ物などは時折何かに包んでくれる。串焼きなどはタリュンの葉が使われることが多いのだが、これは何だろう?
前世の紙包みでもなく、布ほどしっかりもしていない。
それに布の袋なんて使っていたら、露店の経営など立ちいかないと思われる。
生成り色のネットのような柔らかさと持つ袋を見ながら、後でフィルにでも聞いてみようとエリィが考えていると、ゲナイドが早速話し始める。
「先に今の状況共有させてもらっていいっすかね?」
「あぁ、頼む」
オリアーナが頷くのと同じく、エリィも無言で頷いた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
そしてブックマーク、評価、本当にありがとうございます!
とてもとても嬉しいです。
もし宜しければブックマーク、評価等して頂けましたら幸いです。とっても励みになります!
修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)




