117話 ギルドの一室で朝食
ギルド舎を出ていくゲナイドの背中を、ヴェルザン、ラドグース、ナイハルトの3人が見送る。
全員がただ静かに階下を見下ろす中、ラドグースが両手を頭の後ろで組み、んぐぐと伸びあがってから肩をゴリゴリと鳴らした。
「っし、ヴェルザン、なんか食わせろ! ちゃんと大人しくしてやっただろ!?」
「……アンタねぇ…なんでそんなに偉そうなのよ、でもってヴェルザンが奢る事になってンのよ」
「一番金持ってそーじゃん?」
監視の失敗を気にもしていないラドグースの様子に、ヴェルザンは小さく吹き出す。
「ぃぇ、失礼しました。えぇ、すぐお話になってしましましたし、何か食堂の方から持ってきてもらいましょう」
「えー!? ここの食堂は食べ飽きたてるから他の店のがいいぞ!」
ナイハルトがすかさずラドグースの後頭部に拳を打ち込むと、両手で後頭部を押さえて始割り込んだ。
「す、すみません! こいつが失礼な事を」
追い打ちをかける様に、彼の後頭部をグリグリしながら、ナイハルトが頭を下げた。
「お気になさらないで下さい。私も流石に何か腹に入れようと思っていたところなのです。一応私室を頂いていますので、そちらに行きたいと思いますけど、構いませんか?」
「済みま「おう!」せ『ゴッ!!』ん」
頭を抱えるラドグースを引きずっているナイハルトに、一回奥の部屋で待っていてくれと伝え、ヴェルザン自身は厨房の方へ向かい、適当に食事を持ってきてくれるよう頼んだ。
そんなヴェルザンに、色々とやらかした厨房及び食堂の職員はもちろん、料理長を除く全員がビクビクしている。これは当然ながら『白銀のグリフォン』絡みなのだが、やらかしていない者までビクビクしているのは、あの朝全員が長々と説教を喰らった挙句、ペナルティ付きの魔法契約書にサインをさせられた為だ。
エリィについ渡しそびれているが、ヴェルザンだけでなく大地の剣面々や該当するギルド職員も、情報の漏洩禁止と、契約違反時のペナルティが記載された魔法契約書にサイン済みである。客として食堂に居て噂話をパウルの耳に入れた警備隊員達も、当然サイン済みである。
ヴェルザン自身、よくあの時あの短時間で魔法契約書の事まで思考が至ったと我ながら感心しているが、本当はこんなものが必要でない方が良いのは重々承知だ。
ちなみに料理長がビクビクしていないのは、『やらかしていない』事はもちろん、魔法契約にノリノリでサインしたからである。
ヴェルザンが私室の扉をノックすると、中から返事があったので扉を開けて部屋に入る。
その途端目に入ってきた光景は、ナイハルトがラドグースを縛り上げているというものだった。
「………ぁの、ですね…これはどういう…?」
聞けば、ヴェルザンの私室へ入るや否や、ラドグースが腹減ったとボヤキながら部屋を物色し始めたのだと言う。
仮にもギルドの秘書といった立場のヴェルザンの部屋だから、私室とは言え機密があるかもしれないとナイハルトは止めたらしいが、案の定と言うか…ラドグースは聞く耳を持たず、縛り上げられる顛末に至ったという事らしい。
「この部屋に機密はございませんので、どうぞ、解いて差し上げてください。あるモノと言えば…マスター達への書きかけの手紙と……」
そうですね、と呟きながらヴェルザンは机の上にある半割された魔石達を一瞥する。
「趣味で集めた魔石くらいです。これも割れていなければそこそこの価値になるんでしょうけど、割れてしまっていますしね、売っても大した金額にはなりませんよ」
にっこりと柔らかな笑みを浮かべるヴェルザンに、ナイハルトは済まないと身を小さくして頭を下げ、渋々と言った具合でラドグースを解放した。
「魔石なんて食えもしないモン、集めてどーすんだ?」
怒られようが何をしようがケロリと普段通りに戻るラドグースに、ナイハルトが大きな溜息を吐く。
「ホント、アンタってもう……人様の趣味に文句つけてどうすんのよ。それに魔石集めって私はわかるワ。だって綺麗なんだもん」
「真円なら兎も角よぉ、割れちまってたらタダの動力源でしかないじゃんか」
「使い道としてはそうかもしれないけど、ほら、あのオレンジ色のみたいに透き通ってるのなんか、すごく綺麗だワ」
机の上に並ぶ魔石の内、かなり大きめの、だけど半分しかないオレンジ色の魔石に全員が視線を向ける。
「えぇ、綺麗でしょう? ですが残念ながら半分しかないので、価値としてはラドグース様がおっしゃる通りでございますね」
そんな魔石談義をしていると、扉がノックされた。
ヴェルザンが返事をしながら扉へ近づき開けると、片手に料理の皿を持った料理長を先頭に、2人がパン籠などを持って並んでいた。
室内へ誘導し、テーブルの上に置いてもらうと、早々に彼らは退室していった。料理の仕込みなど、まだまだやる事があって忙しいのだろう。
彼らを見送り、食事の並ぶテーブルの方へ顔を向けると、既にラドグースがパンに齧りついている。それを止めようとしているナイハルトに、ヴェルザンは笑顔で首を横に振りつつ、思い出したように口を開いた。
「あぁ、お二人が嫌でなければなんですが、もう一人同席しても良いでしょうか?」
ナイハルトとラドグース、二人同時に顔を上げ、まだ立ったままのヴェルザンを見上げる。
「俺は食えりゃそんでいい!」
「私も構わないけど……誰かしら?」
答えて秒で、再びガツガツと食事に意識を全力投入したラドグースは置いておくとして、ナイハルトは視線を斜め上に泳がせて考え込んだ。
「ナイハルト様もご存じの方だと思いますが、ザイードですよ」
「あぁ、門番の……そう言えばここに強制逗留してもらってるんだったっけ。えぇ、私もいいわよ」
ありがとうございますと、微笑み乗せで一礼したヴェルザンが一度私室を出る。戻ってきた時にはザイードを伴っていた。
「すんません、お邪魔します~ッ!」
伴われたザイードがぺこりと部屋の入り口で頭を下げた。
それに応える様にナイハルトが手をひらひらとさせている。
苦笑交じりのヴェルザンに促されるままにソファに腰を下ろすと、ザイードはどうしたらいいのか困った様子でヴェルザンの方へ顔を向けた。
「朝食はまだですよね? 私の私室で申し訳ありませんが、どうぞ召し上がって下さい」
「ぅ、ぇっと……ありがとーございます~ッ!」
状況が掴めて落ち着いたのか、ザイードはカトラリーを手に取ると、すぐに並ぶ料理に手を伸ばした。
「門番クンも朝一番から肉って、元気ねぇ」
「ははッ、門番は体力勝負っすからね~。肉があるならまずは肉っすですよ~!」
「ちゃんと野菜も食べないさいよ? それにしても…そんだけ食べるのに、その肉どこにいっちゃうのかしら、不思議よねぇ」
うっと詰まってザイードが座ったまま自分を見下ろす。
食べても食べても身にならない、ひょろ長いだけの自分の体躯に項垂れるザイード。
「なのに名前は『ザイード』だもんなあ!!」
ギャハハと大口を開けて笑うラドグースの頭に、ナイハルトの拳が炸裂したことは言うまでもない。
「はああ……ですよね~! 俺、自分でも思いますもん! そこだけは死んだ親を恨んでますッ! なので俺の事は『ザイ』って呼んで下さいよ~!」
「親からもらった名前を粗末にするんじゃないわ。だけどザイード将軍ってホンット人気ねぇ」
スープの入ったカップに手を伸ばし、冷ますように息を吹きかけながらナイハルトがポツリと零すと、
「この国、特に辺境でザイード将軍のお話は好まれますから」
頷きつつヴェルザンが反応してくれた。
「勇猛果敢な騎士の英雄譚! だけど、それの名前を付けられた俺はこの通りっすからね~、まったく困ったモンですよ~」
「顔良し、体躯良し、性格良し、運良し、ンな奴いるわけねーだろーにな!」
「ですよねー!!」
「アンタたち……変なところで意気投合してるわね」
楽しそうなラドグースとザイードの様子に、ナイハルトがやや呆れたように眉を歪めた。
テーブルの上の皿が粗方空いた所で、そういや、とラドグースがザイードに顔を向けた。
「お前、あ~、何日だっけ、ナイハルト、あれ何日だ?」
思い出そうとして思い出せないのか、ラドグースが険しい顔をしてナイハルトを振り返る。
「あれって何よ」
「ほら、なんか紙切れの」
「あぁ、白暗月29日ってやつ?」
「そう! それだ! でよ、ザイード、なんか思いつくことあったら教えろ」
ラドグースがニヤリと片頬を上げて笑い、ザイードにグイッと顔を向ける。
「ちょっとアンタ、ザイードは門番よ? そんなのわかるわけ……ぁ」
最後の方でやや目を瞠る様に固まったナイハルトに、ラドグースがさらに眉を顰めた。
「ナイハルト、お前こそ何言ってんだ? こいつは門番で警備隊員だぞ?」
ここでヴェルザンも微かに息を呑んで固まった。
「そう…ですね、すっかり失念していました。とんだ失態です。
ザイードは門番で警備隊員で……そしてモーゲッツ大隊長の部下と言う立ち位置でしたね」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)