115話 囚われた精霊の話
―――コンコン
庭に面した扉を叩く硬い音が響くが、室内の誰もが寛いだままで、身じろぎ一つしない。
音の主がフィルだと分かっているからだが、それにしても緊張感がなさすぎる事に、再びシーツを被る姿に戻っていたエリィが、苦笑交じりに羽張りの扉へ近づき、それの施錠を外して開けながら声をかける。
「フィルお帰り」
「只今戻りましてございます。お待たせし申し訳ございません」
室内に直接転移してくれば良いと言ったのだが、それだと結界に綻びがでてしまい何かあったときに危険だと、丁重に辞退された。
もうパウルが襲ってくる危険はないし、それ以前に少々人間種が襲ってきた所で、エリィもアレクもセラも居る状態では何の脅威にもならない。
それ以前に、使えるようになったばかりの結界魔法だが、対象を指定しておけば出入り可能に出来るようになっているのだが……まぁいいか。
外から戻ってきたフィルは人型をしていて、その腕には大きな袋が抱えられている。
出かけるときに執事服のまま出ようとしたため、エリィが慌てて着替えさせたのだが、何か拘りでもあるのか、なかなか着替えに同意してもらえなかった。
それでもこんな辺境の村に執事服など目立ってしょうがないだろう。最もこの世界に執事服があるなら目立つだけで済むが、そもなければ、どんな視線が向けられるのか想像もつかないので、着替えは必須だ。
手持ちの衣服でフィルが着る事が出来そうなものと言うと、やはりテントで回収した男性服しかなく、フィルにはかなり抵抗されたが、上着はエリィが纏っていた物を渡せば、コロリと機嫌が直って買い物に出てくれた。
まぁそのおかげでエリィ自身は再度シーツ姿になっている訳だから、喜んで良いのか悲しんで良いのかわからない所ではある。
「エリィ様のお着替えを買ってまいりましたが、やはり辺境の村では大したものがなく、色味もエリィ様に相応しいものではございません。素材は仕方ないとしてもこのようなくすんだ色や黒しかないと言うのが……しかも古着ばかりで」
荷物を持つフィルを先に通し、エリィが施錠まで終わらせてフィルに近づくと、彼は荷物をテーブルに置いた途端、執事服に着替えていた。買い物時に着ていた衣服は、既にテーブルの袋の横に畳んで置かれていて、早替えどころの騒ぎではない早業だ。
それはともかく、執事なフィルがテーブルに置いた袋から買ってきた衣服を取り出し、エリィに手渡してきた。
確かにほぼ黒か灰色で、2枚のシャツにだけ、フィルの抵抗の跡が垣間見える。
「フィルありがとう。手を煩わせてごめんね、だけど、これでまた出かけられる」
ふわりと笑むと、フィルが深く一礼を返してくる。
「とんでもございません。エリィ様のお役に立てることこそ我が使命にございます」
爆睡しているアレクは兎も角、セラとフィルには後ろを向いてもらって手早く着替えた。
灰色で薄手のフード付き上着に黒のショートローブ。シャツはくすんだ藤色の方を選択して、後は黒いズボンに黒いブーツ、最後に手袋も黒。
念のため2枚ずつは購入して来てくれたようで、気遣いが有難い。
顔と言うか頭を覆う仮面のせいで、フード付きしか選べない事も選択の足枷になってしまっているが、これはどうしようもない事なので諦めている。
欠片を回収していけば、きっと頭部もどうにかなるとは期待しているのだが、一朝一夕に行くものではないだろうし、今の所は静観だ。
着替えを終え、セラとフィルに声をかければ、室内はいつもと変わらぬ穏やかな静寂に戻る。
製作の練度上げをしても良いのだが、何となく気が向かず、エリィはお茶の用意をし始めたのだが、すっ飛んできたフィルに全てを横取りされただけでなく、椅子に座らされた。
テーブルの上は綺麗に片付いており、何時片付けたんだと疑問ばかりが浮かぶ。
「お茶の御用意はお任せください! これでもなかなか上手いのですよ」
嬉々としてお茶の用意をしているフィルを、呆れ半分に眺めながら、椅子の背もたれに身体を預けて天井を見上げた。
「ぅ~…自分で出来るのに」
「ワタクシめが居ないときにはお願い致します」
にっこりと極上の笑顔を浮かべる執事なフィルに、やれやれと肩を竦めていると、セラが話しかけてきた。
「主殿、して、今日はどうするのだ?」
「そうだねぇ…あんまり眠れてないから、今日はゴロゴロ日にしても良いかもね。あ、ただ居空地には行かないと。レーヴの様子も気になるし。後はそうね…オリアーナ嬢次第かしら」
「と、言いますと?」
フィルが微かに首を横に傾けながら、エリィを覗き込むようにして訊ねてくる。
「またオリアーナ嬢が出かけるとかして、邪魔されない時間が手に入る様ならいっ、行ってみようかと思ってね」
「「??」」
「精霊が瘴気に囚われて動けない状態なんでしょ?」
「あぁ、そうでございましたね」
一瞬ポカンとした後、爽やかに微笑むフィルに、こいつ忘れてたなと胡乱な空気を向ける事は忘れない。
「まだ放っておいても宜しいかと思うのですが。あやつにはもう暫く反省して貰いたいので」
「「え!?」 だけど、放置してればしてるだけ、異空地のお世話に来て貰えないんでしょ?」
「ふむ……動けなくなっているのがアンセと…ぁ、アンセクティールとフロリセリーナの方ならば急ぎもしますが、セレスティオンですのでね……猛省して貰うのに良い機会なのですよ」
「「………え?」」
途中エリィと一緒に驚きの声をあげたセラが、再びエリィと共に声を零して固まった。
「ちょーっと待ってもらえるかな。確かセレスティオンって、フィルが補佐してる精霊じゃなかったっけ!? それを放っておいて良いの!?」
「はぁ……まぁほんの少しだけ急いだほうが良いかもしれない要素はあるにはあるのですが、それも今すぐどうにかしないと行けない訳でもなく……」
エリィの勢いに、少々フィルが仰け反って答えた。
「セレスが瘴気に囚われて身動きできなくなったのも、自業自得なのです。精霊に瘴気を浄化するだけの力は、殆どの者がございません。出来る者にしても精々自分の周囲をほんの少しマシにする程度なのです。
なのに、あやつは自分なら平気だとか何とかぬかした挙句、ものの見事に少し入った所で弱り、身動きできなくなっているだけなのですよ。
ただそのセレスをアンセが心配して近くから離れないようで……アンセの妹であるフロルが私にと……まぁ、こういった次第です」
風の大精霊セレスティオン……フィルにここまで忌々しげな表情をさせるとは、正直会うのも躊躇してしまいそうだが、そうも言ってられないだろう。
そのセレスの友人であるアンセとフロルの事は、フィルも気にかけているようだし、助けに行かないと言う選択肢はないのだが、いくら欠片の回収が一段階進んで出来る事が増えたとはいえ、瘴気から本当に救出できるのかわからない。それを確認するためにも、まずは現地に行くなり、その兄妹精霊と会うなりはしておきたい所だ。
「ま…まぁ、放置時間がもし出来たら出かけてみる……という事で良いかしら?」
「承知した」
「……畏まりました」
叶う事ならば、早々に自由に動き回れる放置時間をゲットできますように……と真剣に祈るエリィだった。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)