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114話 月夜のとある場所の片隅で



 ソアンは自分のグラスも満たすと、そのままグイと煽った。

 その様にローグバインの表情が微かに沈む。


「愚痴でも何でも聞くから、そんな飲み方はやめておけ」


 ローグバインは自分の前に置かれたグラスを引き寄せながら言葉を口にするが、グラスを傾ける事はなく、テーブルに置いたままだ。


「だったら酒の方も付き合え」

「はいはい、それで? 何をそんなに荒れてるんだ?」


 空になったグラスを再びワインで些か雑に満たすと、ボトルを置いてそのまま両手を組み合わせた。


「ホスグエナの尻尾が消えた」

「!……済まない、それは知らなかった」

「さっきヴェルから直通報告が来たんだよ。お前の方は伝書箱にでも来てるんじゃないか?」

「巡回に出ていた間の事か……まだ部屋に戻っていないから気づいていなかったんだな」


 組み合わせた手の上に顎を乗せ、半眼になったソアンが視線だけローグバインに向ける。


「先に伝書箱から回収してくるか?」


 相変わらずテーブルの上にグラスは放置したまま、それでもソファに背を預け足を組むローグバインは、ゆるゆると首を横に振った。


「問題ない。隊の方への受信箱と、私の方への受信箱は分けたし、ヴェルザンには伝えてあるから送られてきてるとしたら、私への私信の方だろう」

「また割れ壷に見られたりしないか?」

「通常の鍵だけでなく、魔力鍵も追加してあるし、何よりあるのは私の寝室だ。団長が乗り込んでくることもないだろう? 一応護衛も立ってるしな」


 ソアンは視線を戻し、グラスに手を伸ばした。


「私もあんな失態は二度と御免被る」


 ローグバインの言葉に、ソアンは手にしたグラスに目を落とす。


「アレが不用意に騒いだせいで、どこまで漏れたと思う?」

「直ぐに団長室に連れて、今もそこに押し込めてはいるが…。あの時室内はともかく室外となると、朝早い時間とは言え使用人も行き交っていただろうから、頭が痛い所だよ」

「はぁ……アイツ自身清廉潔白でもなく、どちらかと言えば同じ穴の狢だろうに」


 何か思い出したのか、ローグバインが小さく口元に苦笑を刻んだ。


「同じ穴の狢は流石に可哀想だろう」

「犯罪は犯罪だぞ?」

「それはそうだが、ケッセモルト団長は精々賄賂を受け取って、使えない新人を入団させるくらいの事だ。ホスグエナ伯爵に比べれば可愛いものだよ」

「可愛いねぇ……確かに罪の重さの違いはあっても、どちらも犯罪者以外の何者でもないじゃないか」

「彼も大変なんだと思うよ。副団長の私の方が家の事情とは言え、急に侯爵だからな。それも彼の焦りの一因になってるんだろう」

「割れ壷は伯爵位だったか? だが騎士団に爵位での扱いの違いはないはずだろう?」

「そこはそれ、表向きはってやつだよ。こう、小さな事はどうしてもな」

「部下の手柄を横取り常習、収賄常習、こうなると贈賄なんかもやってるだろう。これを犯罪者と言わずして何とするんだ? それにそうだ、情報漏洩常習というのは見過ごせない罪だよ。例えそれが小さな、取るに足りない情報であったとしても、ね」


 ローグバインが『確かにな』と小さく呟き苦笑を零す。


「まぁ今回の件で、ついでに排除できるだろう事を喜ぶべきなのかもしれないな」

「そういう事だ。最低でも騎士団に籍は置いておけないし、恐らく降爵くらいはされるだろう。お前としても助かるだろう? その方が」

「どうだろうな。俺としては副官の方が性に合ってるから、そういう意味ではいてくれた方が良いんだろうけど」


 ソアンがグラスを傾けようとしたところで小さく吹き出し、慌ててグラスを唇から離した。


「おい、本気で言ってるのか!? あいつの娘に纏わりつかれて辟易してると思ってたんだが」

「あぁそれはな…だが私の方が爵位は上だし、丁重にお断りし続けているよ」

「断り続けるより、さっさと彼女を娶れば良いじゃないか」


 さらりとソアンの口から飛び出した『彼女』という単語に、目に見えてローグバインが項垂れる。


「……それが出来たらどんなに良いだろうね」

「丁度トクスに…ヴェルザンの近くに居るのだろう? ここからかなり遠いが、どうせ休暇も有り余ってるんだろうから会いに行けば良いと思うがな」


 項垂れていたローグバインが顔を上げ、困ったような笑みを浮かべた。


「今のこの状況でか? それこそ彼女にどやされるよ」

「あ~、そう言われればそうだな。『さっさと仕事を片付けろ! 貴族が仕事を遅らせれば、領民にその倍の迷惑がかかると思え!』とか言ってきそうだ」

「言いそうなセリフだ」


 互いに笑みを深めていたが、ソアンがその表情を落とし、視線をローグバインに向ける。


「今彼女……オリアーナ嬢は平民なんだったか?」

「あぁ、生き残ったのは魔力ナシだけである以上、家を継ぐ事はできないと…」

「そうだったな。あの糞な制度さえなければ、現状はもう少しマシだったかもしれないと思うと遣り切れないな……だが、可能ならお前が貴族籍を抜けるんじゃなく、何とかして彼女に嫁いできてもらってくれよ」

「ソアン!?……」

「お前、養子取る準備してるだろう?」


 仮にも第2騎士団副団長を務め、ビレントス侯爵家現当主でもあるローグバインには珍しく狼狽した様子で、組んだ足を解き、微かに腰さえ浮かせている。

 滅多に見れない彼のそんな様子に、ソアンが楽しげに笑った。


「隠し通せるとでも思っていたか?」

「……い、いや…だがまだ話をしただけで、何も動いてはいないのに」

「お前なぁ、臣籍降下してペルローを名乗ってはいるが、これでも現国王の実の弟なのでね」

「ソアン…君を侮っていたわけじゃない。だが私の個人的な事情を話すのは躊躇われたんだよ。何よりまだ検討段階で決定じゃない」

「ふん。これからは精々相談してくれ。私はこれ以上味方を減らしたくはない」


 ふぅと息を小さく吐いて、ローグバインが浮かせた腰を再び下ろす。


「それにしても誰だ…ソアンにそれを漏らしたのは……使用人達の口が軽すぎないか……」


 ぐったりと肩を落とすローグバインの様子に、ソアンは笑ってグラスをまた手にし、ゆっくりとその芳香を楽しむ。


「お前のところは皆口が固い。そこは安心していいぞ? 情報源は前ビレントス侯爵、お前の御父上だ」

「……は?」


 鳩が豆鉄砲を食らった顔と言うのは、まさに今のローグバインの事だろう、目を瞠って固まっている。


「彼も後悔ばかりしているんだろう。

 ローグ、お前の兄は確かに優秀だった。優しくて穏やかで私にとっても大切な友だった……だが、貴族には不向きだったな。疑う事をしない者は生き残れない。

 そんなあいつの性質をわかっていたくせに、お前の御父上はあいつの方を跡継ぎに、そしてお前を辺境へ追いやった」


 ローグバインは無意識になのだろうが、微かに喘ぐと首を横に振った。


「私は追いやられた訳では……それに兄上の方が跡継ぎに相応しいと思ったのは父上だけではない。私も、そして皆もそう思ったからこその決定だった」

「だが、結果あいつは死んだ。病死と届けられたが、本当は違うんだろう?」

「!!!」


 ローグバインの肩が大きく跳ねた。


「だから私に相談しに来られたんだよ。前ビレントス侯爵は、ローグの望み通りにしてやりたいと」

「そう…か…」

「ま、それもこれも、ホスグエナ伯爵から繋がる腐った糸を排除してからだがな」


 無言で頷くローグバインに、ソアンは目を柔らかく細める。


「いい加減、御退場して頂かなければな……忘れられたまま大人しく朽ち果ててくれればよかったのに…ま、かいた欲の分はその身をもって支払って頂こう」

「そうしたいのは山々だが、糸口が消えたのは痛いな」

「ヴェルがもう少し追ってみると言っていた。こちらが焦った所で移動時間等も考慮すれば、如何ともし難い。今の所は現場の事は任せた方が混乱がないだろう」

「こんな時にあそこのギルドマスターとサブマスター、共に不在と言うのも気にななる」

「あぁ、これ以上何も起こってくれるなと祈ってはいるんだがな」

「とりあえずこちらで出来る事でも検討をしよう。折角こうして居るんだしな」

「そうだな、大きく動けなくてもできる事はしていこう。動かなければ何も変わらない……私はこの国の澱みでしかない凝り固まった思考風習を変えたいんだ」

「ソアン…そうだな」

「お前の賛同が得られて何よりだよ。これで心置きなく頑張れると言う物だ。いずれお前の幸せにも繋がるかもしれないんだし、最大限で協力しろよ?」

「私の幸せ?」


 どことなく黒さが滲む笑みを口元に刻むソアンに、ローグバインは首を傾けた。


「お前にここに留まってもらうには、オリアーナ嬢に嫁いできてもらわないといけないからな」

「な!!」




 ―――その頃、オリアーナはクシャミをしていた……かもしれない。





ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。

リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。


そしてブックマーク、評価、本当にありがとうございます!

とてもとても嬉しいです。

もし宜しければブックマーク、評価等して頂けましたら幸いです。とっても励みになります!


修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)

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