113話 半割魔石のこちらとあちら
「それで、エリィの予定は?」
「予定ですか? 予定と言っても私は宿から出られないですよね?」
そう、パウルが行方不明になっている話を、オリアーナからはまだ聞いていない。つまり今の段階で行方が分からなくなっていると、エリィが知っている事を自分からは明かせないのだ。
(何なら物言わぬ骸になってる事も知ってますけどね)
等と内心突っ込んでいると、オリアーナの表情が沈んだように見える。
「追加の情報がない状態であまり話したくなかったんだが……」
エリィの座っているテーブルに戻り、先程まで腰を下ろしていた椅子に座ると、オリアーナはほんの少し眉根を寄せてから話し出した。
「パウル…エリィが軟禁状態になる原因を作った奴なんだが、今行方不明なんだ」
「行方不明ですか? だけど監視がつくという話だったように記憶してますが」
「……済まない、どうやら監視は失敗に終わったらしいんだ」
項垂れるように頭を下げる彼女に、エリィは柔らかく口角を上げて首を横に振った。
「オリアーナさんに謝られたら、こっちが困りますので、もう謝らないで下さい。そう言えば監視には向かない人物だとか言ってましたものね」
「だが……いや、エリィに気を遣わせるのも悪いな、わかった。ゲナイドが戻ってくれば、追加の情報なり貰えると思う。だけど、エリィの事は私が守るから安心して欲しい」
エリィが軟禁状態になったのはパウルとかいうおバカと、何やら企てている中央騎士団の思惑のせいで、彼女のせいではないのだから謝られたら本当に困る。
もっともカデリオがあの段階で騎士団が動き出した事を、噂とは言え掴んでいた事を考えると、どこまで蔓延っているのかゾッとする。
(この国…大丈夫なのかしらね……ぃゃまぁ、私達に実害がなければそれで構わないけれど。でもオリアーナさん、私なら大丈夫。そんなに気負わなくても何の問題もないわ…ぃゃ、それより護衛不要だし放置してくれる方が嬉しい)
既にフィルのおかげで転移は使えるので、軟禁状態と言っても昨夜と同じく上辺だけの事で、自由に出入り出来る。何なら捕まってる精霊とか言う方を先に片づけたいという希望もあるので、放置してくれるのであれば軟禁状態熱烈大歓迎だ。
しかしパウルが行方不明と言う情報共有はできたし、ゲナイドからの情報待ちならさっさと部屋に戻った方が良いだろう。
「ありがとうございます。だけどちゃんと部屋で大人しくしてますし、忠…従魔達もいるので、私の事は気にせずオリアーナさんも用事があっったら、そちらを優先してくださいね」
「そうか…そうだな」
自分が気負っている事に気づいたのか、オリアーナは軽く深呼吸をしてから微笑んで首肯した。
「じゃあそろそろ部屋に戻りますね」
椅子から滑り降り、オリアーナに軽く会釈してからエリィは部屋へと足を向けた。
「わかった。何かあったら……そうだな、暫くは部屋に居ると思う。もし居なければ女将に言ってくれれば良いからな」
オリアーナからの声かけに一度足を止めて、頷きつつ返事をしてから再び部屋の方へ向かい、そのままエリィは部屋へ入って行った。
その背を見送った後オリアーナも席を立ち、厨房の女将へ声をかけるた後、彼女もエリィの隣の部屋へ消えた。
部屋へ戻り後ろ手に扉を閉め施錠もしてしまうと、エリィは使えるようになった結界魔法を発動する。
室内を見回せば、アレク達ももう起きていたようで、エリィの方へムゥとルゥ、そしてレーヴ以外の全員が顔を向けていた。
「おはよう、皆もう大丈夫?」
「おはようさんやで」
「あぁ、大丈夫だ。主殿は問題ないか?」
「エリィ様、おはようございます。御心配をおかけしたようで申し訳ございません」
全員全快とまではいかないかもしれないが、それなりに体力は戻ってる様子に、エリィはほっと胸を撫で下ろした。
後で居空地組の様子も見に行かないといけないだろう。
だがその前に……
「フィル、人型の擬態は今できそう?」
現在のフィルの姿は極上ふわふわシマエナガだ。その姿では店での買い物を頼めない。
「擬態でございますか? 魔力他使ってないのも同然でございますので、全く問題ありませんが、如何なさいましたか?」
薄緑色の大きなシマエナガが、コテリと首を傾がせる。
「そっか、なら店で買い物お願いしてもいい? だけど、擬態以外に不都合な事があったら断ってくれて良いからね」
「買い物でございますね、承知いたしました。何を御所望でございますか?」
エリィが口角を片側だけ引き攣らせるように上げて、はは…と情けなく笑みながら自分の服を摘まむ。
「服がね、これ実は…ん~どう言えば良いか…死者の持ち物と言うか……それも間の悪い事に昨晩のカデリオ氏の友人みたいでね、このままは少し……」
「なるほど! デザインのご希望はございますか? お好みの色は? あぁ、素材は何が宜しいでしょう…やはりここはエリィ様の……」
片羽を腕宜しく嘴に押し当てて、ぶつぶつと悩み始めたフィルに、エリィは更に苦笑を深めた。
半割されたオレンジ色の魔石の、つるりとした表面を左手で撫でながら、右手は所在無さげに執務机に無造作に置かれた書類を弾く。
齎された緊急の報告は彼にとって決して歓迎できないモノであったが、だからと言ってこの機会を逃す事はしたくない。
少し癖のある金髪が目元にかかり、鬱陶し気に浅黄色の瞳を眇めて溜息を吐いた所で、部屋の扉から微かなノック音が聞こえた。
照明が少し弱められた室内は、それでも上品で洗練されている事が窺い知れる。調度品の数々も、それぞれがどれほどの価値があるのか計り知れない。
そんな調度品にも胡乱な視線は止まることなく、ノックされた扉を一瞥する。
「……どうぞ」
投げやりに返事をすれば、重そうな扉が静かに開かれた。
「明かりが薄く見えたので。そろそろお休みになりませんか?」
室内に入ってきた男の方も、その動きは洗練されており隙が無く、部屋の主の方は相手の顔と声にふっと息を吐いて口角を薄く引き上げた。
「ローグか、どうした?」
「こんな時間に明かりが見えたもので。公爵閣下は最近無理が過ぎておられますから」
「それこそこんな時間だ『閣下』とか止めてくれ」
―――ローグバイン・ビレントス。
ゴルドラーデン王国の侯爵家現当主で、第2騎士団副団長を務めている男だ。緩くウェーブのかかった茶髪に、少し薄い青の優しげな目元が印象的な美丈夫で、体躯は騎士らしく細身ながらもしっかり鍛えられている。
以前はオリアーナの生家であるティゼルト辺境伯家に仕えていたが、跡継ぎである長男が病死した為に家に戻らなければならなくったという過去を持つ。
もっとも、その嫡男の病死も実の所きな臭い。本人はその時辺境伯家に在していただけでなく、以前より侯爵家からの除籍を願い出ていた為、すわお家騒動かと疑われるには至らなかったが、両親は嫡男の死ですっかり気落ちしてしまい、結局彼が家を継がねばならなくなった。
辺境のかの地に骨を埋める気でいたのに、何の因果か中央に戻らざるを得なかっただけでなく、目の前の――彼が『閣下』と呼ぶ男性、ゴルドラーデン王国王弟ソアン・ゴルドラーデン・ペルローとの縁まで復活してしまった。
嫡男であった兄と共に遊び相手兼学友として幼い頃は彼の下に参じていた為、幼馴染でもある。
「仕方ないですね。で、急ぎの仕事もないならそろそろ休んでください」
「そうだな…だがすっかり眼が冴えてしまった。お前も付き合え」
ソアンが気怠げに座っていた椅子から立ち上がり、奥のキャビネットからワインボトルとグラスを持ってくる。
「私はまだ仕事が残っているんだが」
「なんだ、割れ壷の尻拭いか?」
「割れ壷って……一応団長で上司なんだがな」
「お前だって割れ壷と聞いてケッセモルトを思い浮かべたんだろう? 同罪だよ」
「まぁ、誰でもわかると言うか……」
「壷のようにでっぷり体形で、成金趣味で、その上仕事も出来ない。なかなか的を射た呼び名だと思わないか?」
ソアンはボトルとグラスを、執務机ではなくテーブルの方に置き、腰が引けているローグバインの腕をつかんでソファに強引に座らせると、すぐにボトルを手に取りグラスを満たした。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)