111話 月夜のトクスの片隅で その6
「そう、それで施設を放棄した理由はわかるかしら」
「…いや、思い当たる理由は……そうだな、憶測でいいなら、騎士団が動くって話が流れてきたから、と言えなくもないか…」
最後の方は自問自答するようにどんどんと小声になっていったが、それを眺めながらエリィは考える。
(騎士団ねぇ……どこがどう繋がっているのやら。パウルとやらがやらかしたのは…既に日を跨いでいるから昨日の朝の事。そのあとヴェルザンが連絡を取った事で、騎士団の団長やらに洩れて囮作戦になった。にも拘らず、恐らくは末端であるはずの彼がそれを知っているという事は、芋蔓の先に辿り着く前に切り離される可能性も……って、私は自分と自分の身内に害が及ばないのであれば、それだけで良いのだけど。とにかく今は誰かの思考主観が入ってしまった『真実』ではなく、単なる『事実』をもう少し積み重ねたい所ね)
「なるほど。それじゃとりあえず貴方が用意できそうな証拠品や証人がいるなら、それらをお願い。後はヴェルザン氏とギルドの調査もお願い出来るなら宜しく」
わかった、と頷くカデリオを一瞬チラと見てから、顔をモザイク案件の肉塊に向ける。
今だけとは言え、折角手駒になってくれると言うのだから、彼へ手が伸びるかもしれない可能性は、排除しておくべきと考え、
「でもまぁ、まずはこれの隠滅と洒落込みましょうか」
場所は変わって、村の大通りからかなり離れた裏通りの一角に、ラドグースとナイハルトの姿があった。
早朝の陽光が薄っすらと差し込み、普通なら人々の活動が始まってどことなく騒がしくなる時間だというのに、この辺り一帯は静まり返っている。
村の中にあると言うのに、廃墟のような静寂が周囲を満たしていて、どうにも落ち着かない。
「カムランに連絡はついたけど、困ったわね」
「しゃーねぇだろ。ここいら辺は夜だけの場所だからな~」
「呑気に言ってんじゃないわよ! アンタがちゃんと見張ってればこんな手間かけなくて済んだのよ! ちょっとは反省しなさいよ!」
「うわっちゃ、だからすまねぇって言っただろーが!」
ナイハルトがペシペシと何度も叩くのに、逃げ腰になりながらラドグースは頭を庇う。
「痛えって!! と、とにかくだな、この引きずった跡を追ってみようぜ」
「……そうね、聞いて回ろうにも人っ子一人居やしないんだモン、出来る事だけでもしとかなきゃね」
地面に残る血痕と人がいた痕跡から伸びる、何かを引きずった跡を、ラドグースとナイハルトは黙って目で追ってから、追従するように歩き出した。
狭い裏通りの地面の上に残っていた跡は、何度か辻を折れた後、暫くすると石畳に変わったせいでわからなくなった。
「おい、どうするよ」
「せめて血の跡だけでも探したい所だけど、これじゃ無理ね…」
石畳に面した家屋の前の石畳には水が撒かれ、そこの住民と思しき人物が、せっせと箒で掃き清めている。
もう普通の人の活動時間帯になった事が仇となって、そこでパウルの足取りは潰えた。その周辺に二人とも視線を巡らせるが、いつもと変わらぬ平穏な一日の始まりがあるだけだった。
肩を落としていても見つかるわけではないので、ナイハルトは気を取り直しカムランへ連絡を入れると、とりあえず合流と言う運びになる。そこで暫く待っていると、ゲナイドとカムランの姿が近づいてきた。
合流してすぐ、言葉もなくゲナイドの拳がラドグースの頭に炸裂する。
余程痛かったのか、涙目で頭を抱えてその場に蹲り、う~う~と唸っている。
「アホウが。確かに俺らは情報収集とか隠れてどうこうとか、そういうのを得意としてるわけじゃねぇ、元々ハンターで偶に傭兵だしな。だが、少しは頭を使えっていっただろうが」
「うう……悪かったって」
「まぁ言っても始まらねぇ。地下通路なんて把握してなかったしな」
「そ、そうだよ! 俺が悪い訳じゃねぇ!!」
情報把握の甘さへの反省をゲナイドが口にした途端、嬉々として開き直るラドグースに、再び鉄槌が盛大に振り下ろされた。
石畳の上に上に蹲っているラドグースを無視して、3人で今後を話し合う。
「この辺は確か空き家が多かったよな?」
「そうだな、魔の森が溢れたときに、傭兵の宿泊所に開放されてた場所みたいだな」
ゲナイドの問いにカムランが答える。
「じゃあこの辺て、今は人がほぼ居ないの?」
ナイハルトの疑問は至極真っ当なもので、彼らが今いるこの辺りは村外れに近く、警備隊隊舎とも反対方向にあるため住民は少ない。
だが開拓時の家屋があるので、非常時の傭兵や兵士の宿泊所として利用されていたのだ。
そして今は警戒はしているものの、非常時と言う訳ではないので、こんな村の隅で不便極まりない宿泊所を利用する者はいない。
「とりあえず、そこの奴に聞いてみようぜ」
言うが早いか、ゲナイドは石畳を掃き清めている少年に近づいて行った。
「おい、ちょっといいか?」
少年はせっせと動かしていた箒の手を止め、大きな人影に微かに息を呑んでいる。
「ヒッ……お、俺何も…お金なんか……」
箒を両手で縋るように抱きかかえ、ブルブルと震えている少年に、カムランが溜息を吐くとゲナイドの肩にそっと手を置き、下がるように促した。
「あぁ、すまない。あんなのが急に来たら怖いよな。何もしないからちょっとだけ話を聞かせて欲しいんだ」
強面のゲナイドと違ってカムランの顔の造作は良く、声も少年に気を遣ってか、柔らかな物だったせいか、少年の震えが徐々に収まってきたようだ。
カムランは、困惑と狼狽に一杯一杯になっている少年と、目線を合わせる様に片膝をついて穏やかに訊ねる。
「えっと……俺」
「君はここに住んでるの?」
カムランの問いに少年は首を横に振る。
「ギルドの紹介で……」
「あぁ、ギルドの斡旋か。じゃあここには通い?」
「うん。あっちのほうに母ちゃんと弟と、3人で暮らしてんだ」
「そっか、お手伝いしてるんだね。お母さんと弟さんは何してるんだい?」
「母ちゃんと弟は露店の手伝いで、俺はここの清掃が終わったら、露店の手伝いに行くんだ」
ポンポンと頭をなでてやると、少年の方も落ち着いてきたのか、はにかんだ様な笑みを浮かべる。
「偉いな。じゃあここの辺を知らない人が通ったとか、石畳が汚れてたとか、何か気づいたことはあったかな?」
「何か? う~ん、別に変わんないよ? ここには3日置きに掃除に来てるけど、いつもと一緒だよ。他の建物は違う人がやってるから、わかんない」
「そっか、手を止めさせて悪かったな。露店の手伝いには間に合いそうか?」
「うん! 後は箒をかたずけて鍵をかければ終わりだから平気!」
少年と笑顔で別れてカムランは3人の方へと戻るが、剥れたゲナイドをラドグースとナイハルトが、苦笑交じりに宥めているのを見て吹き出した。
「おいおい、おっさんが剥れても可愛いどころか不気味だぜ?」
「っせえ!」
「ゲナイド…お前の顔が強面なのは変えようがないだろ? しかも他人から見ればギルド員も破落戸も大差ない恰好なんだから、怯えられても仕方ないって知ってるはずだ」
「………ぅ”ぅぅ……そりゃそうだけどよ」
兵士や警備隊員なんかと違って、ギルド員はその仕事柄、盗賊や破落戸と間違われても仕方ない恰好に落ち着きがちだ。
もちろん全員がそうではないので、誤解である部分も大きいのだが、特に傭兵業を主にしているギルド員はそうしたイメージも沁みついてしまっている為、如何ともしがたくなっている。
「それで? あの子から何か聞けたの?」
「いや、ここには清掃の仕事を受けてきてただけみたいだ。嘘をついてる風にも見えなかったしな」
「あぁん! じゃあほんとに手詰まりィ!?」
ゲナイドが左手を頭にやってボリボリと掻き毟りながら、大きく息を吐く。
「こっから手分けして探すにしても、一人はヴェルザンに報告、一人はお嬢に報告……二人で手分けっつっても、こりゃ無理があるか」
「そうね、私とラドグースでこの先を探しても良いけど……もう村の外に出ちゃうから、手掛かりなしで探すのは難しいかもよ」
「魔物対策用の壁もあって目撃者なんてのもいないだろうし、手掛りは苦しいだろうな」
ナイハルトもカムランも肩を落として呟く。
「っし、一度全員戻ろう。カムランはお嬢の方に報告に行ってくれ。俺とラドグース、ナイハルトはギルドだ」
「おう」
「わかったわ」
「りょーかい」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)




