110話 月夜のトクスの片隅で その5
「続けるわね。そのパウルの背後も含めて、今回の一件から検挙を狙っていたようなんだけど、糸口のパウルがコレだからねぇ…」
エリィがモザイク案件の方をチラ見する。
「…………」
「何か腹に据えかねる事でもあったんでしょ? だからコレに関しては何も言わないわ。だけどもし叶うなら協力してくれないかしら?」
「協力? 具体的に何を?」
エリィは顎先に人差し指を押し当て、首をコテリと傾ける。
「そうね……もしパウルの背後まで含めて何か悪事の証拠があるなら、それは欲しいかしら。ただ証拠を持ってなくても構わないし、貴方の上に居る誰かを裏切れないと思うのなら、そちらの証拠に関してはここまでの話よ。
ただその場合、私の持ってる証拠を『私が名前も知らない暗殺者から預かった』と偽証させて欲しいのだけど、どう?」
「名前も知らないと言うのは、俺の事か?」
「そう。パウルと仲間割れしてトンずらしちゃう予定の貴方よ。あぁ、そうそう、もし更に協力しても良いと言ってくれるなら、何人かの情報が欲しいのだけど、如何かしら?」
口角を柔らかく上げて、だけどどこか薄ら寒い笑顔を張り付けるエリィに、カデリオの方が目を瞠った。
「ちょっと待て……誓文を渡した以上、何かさせたいなら命令すればいい。俺はアンタの示した報酬が欲しい。だから望みのままに動いてやる。だが……俺を逃がしてくれるのか?」
「あら、まさか捕縛されたいの?」
「いや、そんな訳じゃないが」
眉根を寄せ、何かを堪えるような苦しげな表情で視線をエリィから外す。
「捕まって楽になりたいなら自首すれば良いわ。私はあなたの行動の被害者ではないから、貴方を裁く気も、告発する気もないわ。それ以前にそんな権利は持ち合わせていないのよ。
私は私の為に貴方と取引したいだけ」
「……わかった。誰の情報が欲しい?」
「商談成立って事で良いのかしら?」
「あぁ」
エリィが張り付けた笑みを穏やかに深める。正直幼女…いや、欠片吸収で成長して最早少女と言った方が良いが、それがして良い表情ではない。
「そう、それじゃ先にこれを渡しておくわ」
結界の壁越しに赤い石のブローチを差し出した。
それを見たカデリオの表情が驚愕に変わる。
「………報酬、なんだろ?」
「誓文も貰ってるから問題ないと思うのだけど? あぁ、それから疑問なのだけど、この誓文に書かれたペナルティ…ここが空欄になってるのは何故?」
羊皮紙様のものに書かれた『以下を課する』と言う文言の後に大きな空白があった。
左手はブローチで塞がっているので、右手で文字の書かれた面を突きつける様にして訊ねる。
「依頼者が書き込むからだ」
「……は?」
「依頼が達成できなかったり、出来ても不満があった場合のペナルティは依頼者が決める」
「相談もないという事かしら?」
「当然。そんなものある訳がないし、それが普通だ」
「普通と言うのが理解できないけれど、とんでもなく一方的だという事は理解できたわ」
「後で良いから、アンタもソレにサインしておいてくれよ。そうしないと有効にならない」
ご丁寧に有効にさせる条件まで話してくれる事に呆れてしまうが、恐らく本来は生真面目で、裏稼業なんかには向かない人物だろう事が垣間見える。
「…わかったわ。それと早く受け取ってくれないかしら?」
未だにエリィの左手には赤い石のブローチが鎮座しているのだが、それにカデリオは首を横に振る。
「報酬は最後にもらうモンだ。それに後から難癖付けられたくねぇ」
徐々に言葉尻が小さくなり、聞き取りにくいことこの上ないが、言いたいことはわかった。
「信用ないわね。まぁ初依頼だし仕方ないって所か。了解、じゃあ完遂後に渡すわね」
「あぁ。それで? 偽証内容は承知したが、誰の情報が欲しいんだ?」
「そうだったわね。ホスグエナ伯爵とその寄子……やっぱり恩義があったりするのかしら? だったらそっちの情報は諦めるわ。あぁ、ギルドの情報…強いて言うならヴェルザン氏の情報は欲しいわね。
まずはこの辺からお願い」
「そんなちっぽけなブローチ一つを対価に、御館様の情報を売れって?」
不満を口にするものの、視線が泳いでいるので、本当にそう思ってるわけではなさそうだ。
「あら、対価として十分だと思ったから、文句の一つもなく誓文も渡してきたんでしょ? それにパウルをミンチにしちゃった以上、今までと変わりなく素知らぬ顔で過ごそうにも周りは騒がしくなるだろうし、何より貴方自身が『これまでの継続』を望んでいないようにみえるのだけど」
「チッ……察しが良すぎて嫌になるな。まぁいい、恩義なんかないからな」
「それなら何の問題もないわね。ほら、さっさと話して」
彼らが『御館様』と呼んでいるホスグエナ伯爵のついては、ほぼ噂通りである事、その寄子であるメナルダ子爵と言う人物も同じ穴の狢だが、それをすっ飛ばしてパウルが伯爵に直接すり寄っていた事、ただそれ以外の人間関係は調べないとわからない事、ギルドとヴェルザンについても要調査だとカデリオは話す。
(パウルにこき使われる立場だったようだし、現状知ってる事はこの程度なのかもね。さて……あの施設に関してはどうしようかしら。知らないままの方が良い気もするんだけど、知らずに地雷とかも嫌だしなぁ……)
「調査後ならともかく、今の手持ちの情報はそのくらいだ。他には?」
「うぅ~ん、どうしようかしら……」
エリィは口元に手を添えて考え込む。
「特にないようなら、ギルド…ヴェルザンだったな、そいつの情報を探って来る。繋ぎはどう取ればいい?」
言いながら立ち上がろうとしているカデリオに、待ってと制止した。
「悩んだけど、やっぱり聞いておくわ……」
「なんだ? 早く言え」
急かされて、エリィは自分を落ち着けるかのように深呼吸を1つ。
「あの……ハレマス調屯地から遠くない場所にある施設は何?」
「……ぉ、お前何処まで知ってる!?」
『ハレマス調屯から遠くない施設』と聞いて狼狽するカデリオの顔からは血の気が失せ、言葉を発することも忘れたように唇を真一文字に引き結んでいる。
「ブローチを預かった兄弟とはそこで会ったのよ」
「そう、か……聞いていいか?」
「わかる事なら」
「ズースは……ズースは居たか?」
内心逡巡するものの、それを抑え込み、出来る限り平静を装う。
既にズースが自殺を命じられていたと、カデリオが知っている事をエリィは知らない。だから知らないエリィからしてみれば推測の域を出ないが、カデリオは多分ズースが死んだことを知ってるか察しているのだろうと思われた。
「兄弟の兄の方は負傷していて、その近くに死体が一つあったわ。だけど、ごめんなさい、ズースと言う人物を私は知らないし、死体を調べる事もしていないの」
エリィが鑑定持ちである事を言う必要はないと考えたので、調べていないと話す。実際鑑定はしたが、直接死体に触れて調べる事はしていないのだから、決して嘘ではない。
「………そ、うか…いや、済まない」
「いえ、大事な方だったのね」
どう答えればいいのか悩んでいるのだろうか、暫く重い静寂に包まれる。
「……そうだな、大事な…何より……だが、そうか…死体が一つあったんだな」
座り込んだまま顔を俯かせたので、その表情は分からないが、肩が小さく揺れていた。
「済まなかった。あの施設の事を話そう。だが俺も全部を知ってるわけじゃないし、多分調べてもどこまで辿れるかはわからん。それでもいいか?」
「えぇ、もちろん」
「あそこには元々何もなかった。数年前にドラゴン騒動があった事は知っているか?」
「話だけなら」
「そうか。そのドラゴン騒動の時にあの辺り一帯は廃棄封鎖になった。もっとも、それさえ計画の内だったがな。
5年くらい前のスタンピードにかこつけて、施設の為にドラゴンの噂を流してあの辺りを無人にしたんだ。
……そうだな、ここゴルドラーデンと言う国は魔力至上主義だって言うのは知っているか?」
問いかけの体をしていながらも、返事は求めていないのだろう、カデリオはすぐに言葉を続ける。
「魔力ナシは貴族に非ず……実際には魔力ナシの子供は貴族にも増え続けているから、おかしな話なんだが、高位貴族だけじゃなく低位の…もう平民と変わらない名だけの貴族って連中にも、魔力信仰は未だに根深く蔓延ってる。
で、御館様……いや、ホスグエナ伯爵の所にも魔力ナシが生まれるか、高位からの要請があるかしたんだろう、魔力ナシを魔力アリにするための研究と実験をし始めた。それがその施設だ」
前世日本人のエリィからすれば、到底理解できそうにないくだらない理由に、知らず溜息が洩れた。
(魔力のあるなしに、どれほどの価値があるのか知らないけれど、確かにあったら便利なのはわかるけど……やっぱり碌でも無さ過ぎて、理解できそうにないわ)
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)