109話 月夜のトクスの片隅で その4
誓文に違反時のペナルティがある事を記載し忘れてました、すみません><
「聞いてますか~?」
ピクリとも反応しないカデリオに小さく唸るが、めげていても仕方ないと、何度も声を張り上げていれば、根を上げたように胡乱な目を流してきた。
「では改めて、私と取引しませんか?」
視線の先に一旦エリィを捉えたものの、興味を失ったかのようにカデリオは、すぐにまた虚ろな表情に戻る。
結界でエリィ以外の姿は見えていないだろうが、それでもこんな現場を他人に見られても、慌てないどころか放心状態と言うのは常軌を逸した状態である事は間違いなく、どうしたものかと思考を巡らせる。
パウルの死亡によって、囮作戦はもう使えない。死人は問題行動を起こせないので芋蔓なんて出来るはずもない。ならばせめて手持ちの証拠品を渡したいのだが、『誰に』『どうやって』という問題が立ちはだかる。
エリィが適当に嘘八百を立て並べてポイッと渡してしまっても良いのだが、嘘がバレた場合、激しく面倒な事態になりかねない。それを避けるためにも、彼の協力は得ておきたい所だ。
だが彼から見れば、エリィ達は全くの初対面の怪しい事この上ない……すんなりと行くとは到底思えないので、『取引』を申し出てみた。
(私としては、適切な人物なり組織なりに、パウルと言う駒はもう使えない事をアピールしつつ、さくっと証拠品を渡して、後は丸投げと行きたいのよね)
未だ生気の抜けたような顔をしているカデリオは、このまま放置すれば餓死なり何なりで、自滅しそうな気配が濃厚だ。
思い出したように軽く鑑定もかけてみれば、無気力状態だとはっきり出ていて、恐らく生きようとする本能までも低下しているのだろう。
だが、少々気になったのは犯罪歴――暗殺だの情報操作だの、それなりに物騒なものが並んでいるが、ズースより少なく感じる。
もちろん罪は罪で、その大小や数は関係ないだろうが、エリィはそれらを判じる権利もなければ立場でもない。
(罪だの罰だのは被害者と司法に委ねるとするけど、私的にはあまりに勿体ないと思うのよね。だって彼が協力してくれれば、証拠品あれこれの捏造ストーリーだって、少しは不自然さが減ると思うし、何より収納から余計な物を一掃できるチャンスなのだから、これは是非ともモノにしたいのだけど)
心の内でグッと拳を握るが、現在進行形で門前払いを食らい続けている。まずはどうにかして『反応』を引き出す方法を考えなければならないだろう。
ムゥが見せてくれた雨の一幕を思い出しながら、収納内の一覧を中空に呼び出し、丁寧に見ていく。
(彼はズースと言う人物を探したいらしいから、きっと親しいんだろうと踏んで植物図鑑が良いかしら…あぁ、でもこれだと入手経路で警戒されそうね。親しかったなら持ち歩いていた事も知っているかもしれないし『何故お前が?』とか問い詰められかねない……となれば…これなら)
赤い石を中央にして、銀細工で装飾されたブローチを取り出した。
これもレーヴに拘束されているときに、さらっとではあるが鑑定済みで、小さいなりに存在感を主張する中央の赤い石は、宝石としては安物、石単体で見ても銀細工まで含めた装飾品として見ても、換金価値はどちらかと言えば低い。
だが、鑑定の練度も上がっているおかげで、元はペルタナック夫人――ズースや彼の姉デボラの母親の持ち物とわかった。
カデリオがこの装飾品を知っているかどうかはわからないが、彼らに繋がる品だと言えば意識をこちらに向けられるのではないかと考える。
(それにこの品が本当に彼らに繋がるものかどうかは、カデリオ自信が調べれば良い事だし、出所もケネスで私がどうこうした品でもない。嘘ではないんだから調べられても問題なしだものね)
今一度自分の周りの様子を一瞥するように顔を巡らせた後、結界を確認してから微かに深呼吸をする。
「報酬はこれ。これはペルタナック家の…」
それ以上を言葉にする前に、放心していたカデリオが斬りかかってきた。
当然その刃はエリィに届くことなく、キンという甲高い音共に結界で弾かれる。初めて張った結界の強度には不安しかなく、正直気が気ではなかったが、それを一切気取られるような失態は犯さないよう、結界越しに平然と見据える。
それとは対照的に、結界に刃は阻まれたが、今もって刃を押し通そうと力を籠め続けるカデリオの顔は、鬼の形相だ。
「それを……どこで手に入れた……」
結界が破壊されるかもしれないと言う不安をおくびにも出さずに、エリィは不敵に口元に笑みを乗せる。
「あら、怖い事。でも落ち着いてくださいな、これは預かり物」
薄い結界の壁を挟んだ先、カデリオの表情に僅かだが変化が見えた。
「預かり…も、の…?」
光を失い虚ろに囚われていた彼は何処かへ行ってしまったようだ。
「はい、預かり物です。ズース氏が気にかけていた兄弟から、と言えば伝わりますか?」
記憶を探る様に視線を彷徨わせてすぐ思い至ったようで、カデリオは小さく声を零す。
「ぁ……まさか、いや、でも…」
結界に斬りかかったままの姿勢で、それでも狼狽えているのか、刃も声も微かに震えているように思える。
「彼はその兄弟の兄の方に言ったそうですよ。『いつか隙ができたら逃げろ』『これ売って弟と逃げろ』と」
震えが大きくなったのか、カデリオが振りかざし結界を砕かんとしている剣がカチャカチャと煩くなったかと思うと、そのまま彼の手から零れ落ち、ガシャンと大きな音を立てて地面に抜身の刀身を横たえた。
カデリオ自身もその場にゆっくりと崩れ落ち、地面にへたり込むとそのまま俯いた。
どう声をかければ良いのかもわからず、沈黙が流れる。
だが、ずっと続くかに思われた沈黙を破ったのはカデリオの方だった。
「それを報酬にと言ったな? 俺は何をすればいい? 何が望みだ?」
沈黙に緊張していたエリィの口角が、綺麗な弧を描いて笑みを形作る。
「パウルと言う人物がギルドから監視を付けられていたのはご存じです?」
「……あぁ、噂くらいしか娯楽がないからな、広がるのは早い」
(まぁそうよねぇ……人の口に戸は建てられないもの。それにラドグースさんだっけ、見張りは得意じゃなさそうな事言ってたし、普通にバレても不思議ではないわ)
カデリオに気取られない程度に、疲労の色が濃い溜息を吐く。
「なるほど、まぁそれなら話は早くて済みます。ただまぁ先に約束して頂けません? これから話す事は取引が成立しようがしまいが、決して口外しないと」
念には念をとエリィが頼めば、カデリオは座り込んだまま暫く腕組みをして考えていたようだが、少しして彼自身の上着の内側を探り始めた。
羊皮紙のような物を取り出すと、徐に落ちたままにしていた剣を手に取り、その刃で自らの指に傷を作り羊皮紙に押し付けた。
剣を鞘へ戻し、羊皮紙様のものを軽く振っているのは乾かしているのだろうか……それをエリィの方へと差し出してきた。
(内側からなら結界越しでも受け取ったりが可能なのかしら……まぁやってみればわかるわね)
一瞬悩んだが、すぐに手を伸ばせばあっさりと結界の壁をすり抜けて、羊皮紙様のものを受け取る事ができた。
それには文字が書かれており、内容をざっくりと言えば、知った情報を一切漏らさないという誓いと、違反した時のペナルティが書かれており、それに血判が押されている。
「本当なら魔力を流さないといけないんだが、俺に魔力はないからな、血の誓いで勘弁してくれ」
エリィの沈黙を誤解したらしいカデリオが、言い訳するかのように説明してきた。
「いえ、疑った訳じゃないの。ただこんなもの持ち歩いてるのかと思っただけ」
「仕事柄、どうしてもな……定型文で悪いが正式な誓文だから、魔力は流せないがちゃんと効力はあるから安心しろ。それじゃ続けてくれ」
しかし誓文を渡してくるとは……更に言うならこちらの誓文もしくは同等のモノを求めないとは……彼が搾取されるだけの身だった事が垣間見える。
「悪用する気はないから、そちらも安心してくれて大丈夫よ」
「あ?………ぁ、あぁ」
一瞬何を言われてるのかわからなかったようで。呆けた表情を隠せなかったカデリオは、思った以上に若く…いや、幼く見えた。
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