108話 月夜のトクスの片隅で その3
「モー…ぁぁ……カデリオさんと呼んで良いかしら?」
途中で変更したのは、カデリオの目に剣呑さが溢れたせいだ。余程『モーゲッツ』とは呼ばれたくないらしい。
然程大きくない声が届く距離にまで近づいたのだから、警戒した方が良いのだろうが、呼び方で一時広がった険しさは既になく、視線も地面に落とされてこちらを見ていない。
エリィはパウルだったモノについと顔を向ける。
絵面的にはモザイク必須場面なのだが、思った以上に衝撃はなく、その方に自分で少し驚いてしまった。
顔見知りとかであれば少しは変わるのかもしれないが、今はそうではないし、何ならエリィにとっては厄介事をもたらした諸悪の根源とも言うべき相手なのでよくわからない。
地面に死んだような目を落とすだけのカデリオに、エリィはどうしたものかと考える。
(彼をここで始末する必要は……なさそうよね。多分だけど私達を追ってきたり邪魔したりするような事はないんじゃないかしら。
ただパウルとかいうコレの事は頭が痛い…となれば私の手持ちの証拠品を使うか…でもどうやって渡す? 不自然にならないようにするには……って、まずは目の前の事からか)
「ねぇ、カデリオさん、お願いのあるのだけど、私と……」
時間は戻ってトクス村ギルド舎。
ギルドは24時間……いや、この世界では20時間営業だ。つまり不夜城なわけだが、それでも人の動きが減る夜間は照明も減じられて、やはりどこか物寂しい。特に1階フロア以外は本当に真っ暗だったりするのだが、今夜ばかりは2階も明るい。
その2階の奥まった一室で、ヴェルザンが手紙を片手に唸っている。
「こんな時間で助かったという所でしょうか。ケッセモルトのアホにパウルの行方不明の報を聞かれたら面倒な事になりますしね。ビレントス卿が抑えててくれればいいんですが」
何の証拠も見つけられていない現状、パウルの行方が知れないと言うのはかなり痛い。アレが考えなしに動く事で、尻尾を掴める可能性ありと判断したのに、これでは骨折り損だ。
ホスグエナ伯爵を潰したい一派の思惑がなければ、ヴェルザン自身は一ギルド職員として対応したかったのだが、中央……といっても第2騎士団ではなく、それより更に上の意向がそれを許してくれない。
「はぁ……」
何度目の溜息か、もう数える気にもならない。
「もう影を動かして暗殺してくだされば、こっちとしては面倒がないんですがね……大々的に見せしめにしたいとお思いなんでしょう」
独り言かと思いきや、聞いてる者がいたようだ。
「中央の思惑に振り回されるのは、ホント嫌ですよね~」
ヴェルザンの背後の扉に凭れ掛かり、間延びした言動をする男が一人。
へらっと笑っているその顔は、シャツにトラウザーズだけという装いのせいで、すぐに認識するのは難しいかもしれない。
「ザイード、元気がある様なら繋いでくれますか?」
「ビレントス卿に?」
「いえ、公の方に」
ヴェルザンが机の端に置いてある、いくつかの半割された魔石のうち、オレンジ色のものを手に取ってザイードに渡す。
ザイードはそれを手に両目を閉じて暫くすると、半割された魔石が淡く光を放ち始めた。
そう、トクスと言う辺境の村の警備隊門番で、ちょっと抜けたところのある大型犬なザイードには、少しばかり特殊なスキルがあった。
魔石を媒介に、それを半割した片割れとの双方向の会話を可能とするスキル。
現在の魔具は双方向は難しく、片方向の伝達が精一杯なのだが、ザイードはそれを可能にする。
とはいえ使い勝手の良いものではない。一度『繋いだ』ら、彼の魔力は一気に消費され、その回復に最低でも丸一日かかってしまうのだ。それだけでなく、持続時間も短い為に、使い処が難しいスキルでもあった。
暫くして、淡く光る魔石から声が聞こえてくる。
《待たせたな》
「いえ、こちらこそこのような時間に申し訳ございません」
落ち着いた声に、ヴェルザンはザイード以外誰もいないと言うのに、臣下の礼を取る。
《ヴェル、畏まる必要はない、と言っても難しいか……で、火急なんだろう?》
「はい」
《何があった》
「ホスグエナ伯爵の子飼いが行方をくらませました」
《ふむ………》
魔石越しにわかるはずもないが、続く沈黙に思案を巡らせているのだろうと推察する。
《ホスグエナを追い詰める証拠はまだ……だったな?》
「決定的となると、今はまだです」
《私はここから動けぬしな、済まぬが現場の事は任せる》
「……はい」
《ケッセモルトは私が抑えておくよ。あのバカが騒いでも誰の利にもならない》
「ありがとうございます」
《代わりと言っては何だが、ローグバインを向かわせようか?》
「ビレントス卿ですか? 少し返事は待って頂いても宜しいでしょうか? もう暫し子飼いの行方を追ってみたいと思いますので」
《そうか、わかった。苦労をかけて済まないな》
「滅相もございません」
《やっとの機会なんだ……公に潰せないが、馬鹿な貴族どもには知らしめる必要がある。ホスグエナ伯爵にはそのために生贄になって貰わねばならないんだ》
「承知しております」
《この手段ではあまり長く話せないんだったな、また何かあったら知らせてくれ。時間は問わない》
「御意」
半割された魔石の輝きが失せるとともに、ザイードの身体がふらりと傾いだ。
慌てて魔石を回収しながらそれを支え、近くのソファに座らせる。
「無理をさせて済みませんでしたね」
座る姿勢を維持することもできずに、ザイードがソファの座面に横になると、眉尻を下げながらへらりと苦しげに笑った。
「は、はは…すみ、ません。俺あんまし役に、たててないです…よね」
「何を馬鹿な事を。ザイードのおかげでこうして公とも直接話せるのです。本当に助かっているのですよ」
「そんなら、良か…た」
ザイードの身体から力が抜けて、どうやら眠ってしまったようだ。
「かなり無理をさせてしまいましたね。ですがザイードがここに軟禁されたのは本当に偶然だったんですよ。まぁ真面目な貴方しかきちんと門番としての仕事をしていなかったでしょうから、ある意味必然だったのかもしれませんが…」
ヴェルザンも、仕事が終わらずギルド舎に泊まり込むことがあるので、毛布くらいは置いてある。それをそっとかけてやると、静かに机の方へ回り椅子に腰を下ろして、軽く目と目の間を揉む。
「前王の負の遺産ですねぇ……公も前王の子であると言うだけで、その尻拭いにおわれて…あぁ、本当に忌々しいですね。とはいえ彼女を巻き込んだのはやはり悪手でしたでしょうか…しかも秘密裏に囮に使うなど……人として恥ずべき行為ですからね」
机の引き出しから何も書かれていない紙を1枚取り出し、ペンを手に取った。
「さて、どう報告したモノでしょうねぇ…ギルドマスターもサブマスターも不在時に限って、こう色々と起こるのは呪いか何かなのかもしれません。一度神殿にでも行ってみたほうが良いのかもしれませんね」
疲れたように呟くヴェルザンは、頬杖をつくと両目を静かに閉じた。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)