106話 月夜のトクスの片隅で その1
【あそこに何やおるなぁ】
【居るには居るが、どうみても一方は……】
【そうね、横たわっているわね。下手したら死んでるかも】
しかしどうしたものだろうと、エリィは途方に暮れる。
今まで魔物や魔石獣は容赦なく狩ってきた身としては、今更命の奪い合いに何を戸惑うのかと詰め寄られそうな気がするが、それとこれとは話が別だ。
魔物や魔石獣を狩ることは、一部保護獣や指定獣等を除けば犯罪行為ではないし、反対に推奨すらされる。だが今、まだ離れているとはいえ、エリィ達の前方にあるのは多分殺人現場だ。もう視認できる距離にまでは近づいているので、瘴気だけでなく、血と内臓の臭いが漂ってきている事からも間違いないだろう。
瘴気は魔素や魔力が使われた成れの果てのようなもので、生命が存在するところには必ず発生すると言われている。
魔力もスキルも持たない場合は無関係なのかと言うとそうではなく、やはり存在するだけで瘴気は発生するらしい。
ならば魔力に関係なく、単に生命活動の残滓とでも言うべきものなのでは? となりそうだが、未だ結論に至ってないと、オリアーナが講義で言っていた。
実際アレクにも聞いたことがあるが、その辺りはやはり曖昧模糊としているようで、現状はっきりしている事は、瘴気を浄化するシステムが崩れ、世界には瘴気が増え魔素が減る一方だという事と、強い感情や気配があれば、それは瘴気にも暫く残るという事。
その結果、感情や気配の残った瘴気、別の言い方をするなら、色付き瘴気を辿れば発生源を特定できてしまったりする。
ちなみに魔力も同じく生まれもっての色があり個人識別が可能だ。もっとも色付き瘴気にしろ魔力にしろ、個人識別をするには、かなりなハイスペックを要求されるため、それを可能とする存在はほぼいないという事になる。そうなるとギルド証の装置は、数少ない該当存在になるが、あれは表示項目に限りがあるし、辿ったりはしない。装置はどこまで行っても装置に過ぎないのだ。
何にせよ、この世界を作った者が存在するなら、そやつは酷く大雑把で、行き当たりばったりな性格ではなかろうかと思われる。
話は逸れてしまったが、怨嗟と嫌悪、そして狂気や絶望に満ちた瘴気は、酷く不快だ。
どろりと纏わりつく様なそれと悪臭に、どうにも足が止まってしまい、そうしたものかと頭を抱える。
(せめて悪臭だけでも遮断できれば……結界張ってもらうとかで何とかなる? ぃゃ、今のフィルにそれは無理よね……困ったな)
ふと自分の手に顔を向ける。
(私ができれば万事OKなのでは? 維持保存魔法も発動できたんだし、ダメ元でやってみれば良いわよね)
そう考えた途端、エリィ達は何かに囲われた。
視界は良好。そぉっと手を伸ばしてみれば、硬い何かに触れる。ガラスのようなそれはエリィが動いても、位置大きさ等に変化はなく、どうやら設置型結界のようだとわかった。
(これじゃ動けないからダメね。こう私達の動きに連動してくれないと)
エリィが試行錯誤しつつ奮闘していると、キンという甲高い音共に再び結界が張られた。今度はどうだと手を伸ばし確認する。
ガラスと言うより膜とった感触で、感触の確認の後は動きを確認する。
エリィの動きに合わせて膜が伸びているようだ。
臭いのせいか顔色を悪くしているアレク達が、結界の幕からすり抜けてしまう事もない。
自分の前だけガラスのような質感に換える事も成功した。
ふぅと息を吐いて気を取り直す。自分たちの周囲を結界で遮断に成功したなら、次はこの悪臭の一掃だ。
浄化はこれまでも使っているし、自分対象ではなく、空気対象に変更すれば良いだけなので、こちらはあっさり成功した。
外界でここまで魔法を使っても、まだ余力がある事に現実感が伴わない。
(これまで魔法なんて宝の持ち腐れと言うか、あってないような物というか……今後は魔法行使も視野に入れないとだわね。
ぁ、だけど魔法使ったら瘴気が増えるんだっけ? それはそれで困るなぁ。どこかになんたら除去装置とか落ちてないかしら。某イス〇ンダルまで取りに来いとか言われても困るけど)
悪臭が無くなった事に気づいたアレクが、顔色悪く半眼になった顔を上げた。
既に歩き出していたエリィの背中と、フィルと乗せて少し後ろについているセラが見えて、慌てて後を追う。
ゆっくりと近づいていくと、存外に明るい月明りのおかげで地面に座り込んでいる男と、その前に横たわる、一部ミンチになった肉塊が目に入った。
肉塊には剣が突き立っていて、それを目で追えばそこにあるのは頭部だった。
血と脂でくすんだ刀身は、左目を貫き、頭部を地面に縫い留めている。
遠目でしか見た事はないので顔はわからないが、地味なコートの下から覗く無駄に派手な衣装の残骸に、パウル・モーゲッツの死体だろうと予想した。
そして死体の前に座り込んでいる男―――声から中年と思っていたのに、ムゥが再生したあの場面で顔を見れば、思ったよりも若かった男―――
「カデリオ……モーゲッツ…」
返り血と肉片に汚れた顔からは生気が失われ、もう生きた屍といってよさそうだった男の双眸が僅かに反応し、ほんの少し光が戻った。
「お嬢、ちょっとギルドまで走って来るわ」
エリィが部屋で寝ていると思っている2人は、起こさないようにと静かに椅子に座ったまま、じっとテーブルを睨みつけていたが、何の情報もないまま時間だけが過ぎていくことに、ゲナイドの方が焦れて立ち上がった。
「それなら私も」
オリアーナもすぐに立ち上がろうとするが、ゲナイドはそれを手で制した。
「どっちもここを離れたんじゃ、ここの警護が手薄になっちまうんで、お嬢はここに居てください。状況把握したらすぐ戻ってきますよ」
「しかし!」
オリアーナも、わかっている事はパウルの行方が分からなくなったという事だけで、新たな情報がないままじっとしているしかない事に苛立っていた。
正直言って、パウルがここに現れる可能性は0に近い。
人を見下し、権力をかさに着るパウルと言う人物はその態度とは裏腹に、とても小心者な一面がある事をオリアーナは知っている。
しかも剣技はからきしで、ネズミ一匹仕留める事は出来ないだろう。そんな奴が単身自分達が守るここへ現れるとは、どうしても思えない。
どれほど身を飾る白銀のグリフォンを欲していると言っても、自分の命や立場を正面切って揺るがすとは考えられないのだ。
だからまず現状理解をしたいのに、何の情報も齎されない事にイライラが募る。
「わかってますって。馬鹿ウルの野郎が行方をくらませるのはいつもの事なのか、そうじゃないのかはわかりませんがね。
ギルドの監視もラドグースのせいでバレバレだったはずで、それを嫌ってと考える方が自然だが、どう考えても奴がここに来ると思えないんでしょ? 俺もそうですよ。
だから出来る事を探すためにも、ちょいと情報もらってきます。入れ違いとか一番時間が無駄になるんで、頼んますからここで待っててくださいよ」
オリアーナの口がぎゅっと悔し気に引き結ばれる。それでもぐっと拳を握り込みながら椅子に仕方なく座り直すオリアーナを見て、ゲナイドは一つ頷くと宿の出口の方へと足をむけた。
扉を開こうとしたその時、自分以外の誰かによってそれが開かれ、咄嗟に右手を腰の得物に伸ばした。当然オリアーナもすぐさま椅子から立ち上がり身構えるが、まだ闇に沈む街を背景に、宿の扉を開けたのはカムランだった。
「「「………」」」
緊張が伝わったのか、奥に引っ込んでいた女将も扉の隙間から顔を覗かせている。
そんな女将を安心させるように軽く会釈するカムランに、ゲナイドもオリアーナも詰めていた息を小さく吐き出した。
それを合図に、なんともぎこちない空気の中カムランが後ろ手に宿の扉を閉めたので、無言で椅子に座り、カムランを手招いた。
「何か動きがあったのか?」
まだ腰を下ろしてもいないのに声をかけられて、カムランは微妙な中腰姿勢のまま苦笑を浮かべるが、答えるより先にまずは椅子に座る。
「パウルが行方不明だって話は聞いた。ゲナイドもそれは知ってるんだろ?」
「それはな、そっから先が知りてえんだよ」
「俺はあちこちの聞き込みしてたから、行方不明だっていうのもさっき聞いたばっかりなんだがな。まぁいい、それでお前『2つ首犬の口』っていう酒場を知ってるか?」
「2つ首犬の口ぃ? なんだそりゃ」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
そしてブックマーク、評価、本当にありがとうございます!
とてもとても嬉しいです。
もし宜しければブックマーク、評価等して頂けましたら幸いです。とっても励みになります!
修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)