105話 手の内にあったモノ
エリィ達一行は現在進行形で、真っ暗な林の中を静かに進んでいる。
先頭を歩くセラの背には、ぐったりとしたフィルの姿があった。転移を繰り返したせいで魔力切れになったらしい。とはいえ意識は辛うじて残っており、しきりに『大丈夫でございます~~』と力なく呟いていた。
そんな様子のフィルを宥めながら、エリィの思考は少し時間を遡っていた。
あの後機嫌を直したレーヴに、物理的に懐かれて動くことが出来なかった。
彼女の細い肢体のどこにそんな力があるんだと、盛大に首を捻りたくなるほどの剛力で抱きすくめられ、且つ頬擦りの刑を受ける羽目になったエリィだったが、早々に抵抗を諦めて、無心に収納内の整理をしつつ時間が過ぎ去るのを待っていた。
異空地に居る限り外の時間経過はないので、全く問題にはならない事だけが救いだろうか。
収納内を見れば、一応細切れになった衣服と靴も、祭壇の部屋に残すのは気が引けたので回収してきている。他にも適当にテントで回収した衣服等、恐らくはズースと呼ばれる人物の荷物――図らずも本人は死亡している事を知っていたので、ほぼ一切合切を持ち出してきたが、魔具類等はともかく、大きさの合わない衣服なんかは後程処分して良いだろう。証拠隠滅の為にもムゥにお願いする事にする。
意識を現実に一度戻すが、レーヴから未だ解放される兆しが見えないので、収納内の整理確認を再び続行する事にした。
そういえば、テントで回収してきた赤いリボンやメモ等は回収したままで、詳しく見ていなかったなと思い出す。
まずは赤いリボン。幅が1㎝ほどで魔紋が刻まれているものだ。
鑑定してみれば素材等が表示されるが、これと言って何か引っかかる情報はない。次いで魔紋の方を読み解いてみる。
最初に見た通り転移紋であることは間違いない様だ。座標を指定して送るタイプだとわかったが、如何せん座標の数値とこの世界の地理が嚙み合わず、宛先を知る事は現時点では難しい。
リボン状になっているのは、巻いた手紙や書類の止め紐として使うからだろう。
(報告書とか、そういう事に使っていたのかしらね……だけど何時までこの抱擁地獄に耐えれば良いのか…はぁ)
未だに終わらないのだから仕方ないと、次の品物で暇つぶしをし始める。
冒険者用かもと思った植物図鑑に意識を移し、まずはざっくりと観察した。
一見すると本のように装丁されていて、ギルドで配布されたり購入されたりしたものかと思ったのだが、描かれた絵には『ズース』と小さくサインがあるものがあったりして、彼自身が描いた図鑑だという事がわかる。
ところどころインクが滲んでぼやけたりしているが、線画そのものはとても丁寧に描かれていて、もしかすると絵をかいたりするのが好きな人物だったのかもしれない。
それからこちらも軽く鑑定して――その結果に少し目を瞠ることになった。
使用されたインクや紙、革その他の材質、製法などがずらすらと列記されている。
欠片を手に入れたおかげか、練度上げのおかげかわからないが、いつの間にか得られる情報量が増えていた。素材となったものの生息域や産地等、まだ空欄だったりする情報はあるが、それは今重要な情報ではない。
《 ※封じられているものがある 》
封じられて? と首を傾げるのも無理はないだろう。全頁に渡って描かれているのは薬草を始めとする植物の線画と、それらの説明文で、筆致も筆跡も変わってる部分はないように見える。
再度鑑定すればもう少し詳細がわかるかと、再鑑定しようとしたところで張り付いた頁があった事を思い出した。
このまま収納内で確認するのはやり辛いとは思い、レーヴの拘束の合間を狙って腕を伸ばし、件の本を取り出す。
何となく本のように整えられた物に傷をつけるのは躊躇われて、維持保存魔法をかけながら、張り付いた部分を剝がしていく。
これは2度目の欠片回収のおかげだろう。使える魔力はもちろん、その回復速度も上昇していた。維持保存魔法も今回解禁された魔法である。ついでと言う訳ではないが、暇を持て余していた時に、変化した部分全ては出来ていないが、一部の確認は既に行っている。
しかし……現在、自分の周囲は異種しかいないが、それでも異性であったりする訳で、身体の方の変化を確認することは避けている…一目瞭然の身長はともかく、色々と前回より成長しているのだから当然だ。
鑑定、探索、察知等々は当然機能も範囲も向上。
収納も更に設定が増えたりして、使い勝手が良いのか悪いのかわからなくなりつつある。
魔法については前述したように、魔力、魔力の回復速度も上がっていて、恐らくだが外界での魔法使用も、以前より難易度は下がっているだろう。維持保存魔法を始めとして、発動できる魔法の幅も広がったが、これについては元々行使可能であった魔法が、魔力などの制限のせいで発動できていなかったというだけで、体内魔力他が上昇したおかげで解放されたと言うだけに過ぎない。
瞬間移動も移動できる距離が増えていたし、隠密や隠蔽のスキルも増えている。
一応自分鑑定もしておくかとステータスは一応開いたが、以前よりさらに約款のように細かな文字列がどどんと増えていて、そっと閉じると決めるのに秒もかからなかった。
自分の方向性が本当にわからないが、てんこ盛りのチートはやはりテンションが上がる。
張り付いていたページが綺麗に剝がれると、頁と頁の間に折りたたまれた紙が挟まっていた。態々鑑定しなくても、張り付いた部分が硬いので労せず気づけそうなものだが、あの時は思った以上に緊張していたのかもしれない。それに張り付いた頁以外にも羊皮紙っぽいものが途中に挟まれていたりして、細やかではあるが違和感に気づきにくいようにはしてあったようだ。
頁と頁の間に隠されていた書類は複数あって、そのうち1枚はケネスの魔法誓約書だ。カーシュが攫われてある意味人質にされたものの、《剛力》の能力を持つ彼を、更に服従させるために作られたものだろう。
それがここに隠されていたという事は、ズースと言う人物は本当にケネスを気にかけていたようだ。
他にも何かの売買契約書が複数あり、署名欄にパウルの名前と、これまで聞いた覚えのない名前……メナルダ、これは子爵だろうか、その名前が連名で記載されている。
(あらまぁ、こっちの世界での犯罪捜査とか証拠能力とか、どうなってるのかわからないけれど、それなりに有用そうなものが出てきたわね)
自分にすりすりと頬擦りするレーヴを気にすることなく、エリィは出てきた書類を眺めているが、他の書類にぴったりと重なるようにしてあった1枚の書類にすっと両目を眇めた。
(これはこれは……さて、どう活用するのが良いかしらね)
エリィの顔が1枚の書類に向けられている。
―――起請文と言っても齟齬のなさそうな書類がエリィの手の中にあった。
この世界にどういう神がいるのかまだ不勉強だが、『誓う』という文言が見える事からも、恐らく何らかの神の名が書かれているのだろう。その誓詞に続いて何人もの署名と血判が押されていた。
既にこの手の内に、色々とあったようだ。確認大事。
そんな出来事を思い返しながらエリィは歩いていたのだが、先に立って歩くセラを制止しながらゆっくりと足を止めた。それに応じて先頭を歩いていたセラが、振り向いて立ち止まる。
【主殿?】
セラが念話で訊ねる。
トクスまでまだ距離はあるが、夜間巡回などに出くわさないとも限らない辺りまで戻れているようなので、念の為に念話で話す事にしたようだ。
【微かだけど瘴気が……しかも色付き】
全員に緊張が走る。
エリィは探索を伸ばし、セラもアレクも周囲の気配を探り始めた。へばっているフィルもせめて邪魔にならないようにと、セラの背の上で小さくなっている。
【この先に人間種がいるわね……ただ…なんだろ、2人いるようなんだけど、少しちぐはぐと言うか……】
要領を得ないエリィの言葉に、全員が緊張と困惑を深めた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)