はじめまして、異世界人です。ー5
医務室に入った瞬間、次々と目を丸くして凝視する人間達の光景を見たのは初めてだった。
執務室でダルフに細かい報告を聞いて、動けるくらいには回復したので、医務室に向かった。
子竜に部屋で待ってるように伝えたが、やっぱり通じるはずもなく、当然のようにペタペタ足音をたててついて来てしまう。
ドアを利用して子竜が部屋の中にいるうちに閉めようとしたが、中で大泣きして暴れる声とダルフの悲鳴が聞こえたので、仕方なく抱えて歩いてきた。
廊下の騎士や使用人達が二度見しながら立ち止まっていた。
さすがに子竜を抱いてる人間は俺だって見たことがない。
水竜は元々、人間を見守り助ける生き物ではあるが、馴れ合うことはないのだ。
普段は触れることもない水竜が人間に抱えられていたら、そりゃ皆、二度見もするか。
そして医務室にいる人間達も、口を開けてぽかんとしている。
「アンタ、何だい、そりゃ」
振り向いたままのヘルガが、当然の疑問を投げかけてくる。
子竜をおろすと、もっと抱っこしろとばかりにピィピィ鳴いた。
頭を撫でて、
「またあとでな、」
と伝える。
伝わるのかは、知らない。
「何か、離れると暴れるんだ、」
「アンタを見に行った時もくっついてたが、ずいぶん懐かれてるねぇ」
「一緒に帰るかと思って先に親竜の所に行ったんだが、やっぱりついてくるんだ、」
「……メスかい?とうとう、動物にも惚れられるようになったか、」
「……オス、らしい、」
「……………、」
ヘルガに向かって歩いていくと、後ろからついてくる子竜の足音がペタペタ聞こえてくる。
俺は親竜じゃないんだが。
「やっば、マジイケメンじゃんっ」
「言うと思ったわー、」
「動物に好かれるプラスオプション激アツッ
もうリト抱いてもらってイイんじゃない?逆にお礼言う案件だよコレ、」
「そりゃお前だけだ、バカ!んなことさせるかっ」
「ええ、だって美味しそ…んん!役得じゃんっ」
「もうお前、性モラルどーなってんだよ、」
「うるさいねぇ、アンタらは、」
ヘルガの呆れた顔が十歳くらい老けて見えた。
最初は彼らも子竜に反応しているのかと思っていたが、何か違う気もする。
ヘルガや看護師、ユエリスは抱えられてる子竜に驚いていたようだったが、彼らのいた世界では珍しいことでもないのだろうか。
「彼らが異世界人か?」
「そうさ、この通り順応性が高いらしくてね。最初は混乱してたけど、落ち着いたら話をすんなり受け入れて、今はアンタが助けたお嬢ちゃんの事で悩んでた所さ、」
「ユエリス」
「…は、はいっ」
ヘルガの前に俯いて座っていたユエリスが顔を赤くしている。
「い、いちおう、事情は説明したんですけど…、その、はいぃ」
すぐに顔を下げて、両手で覆った。
「ううぅ、」
「この二人があまりにもアケスケに話すもんだから、ユエリスがぶっ倒れそうになってたのさ、」
「ふぅん…、」
話題は想像がつくような気もするが、内容はよくわからない。
そんなに赤面するほどのこと。
「いやオバサン、そうなったのは俺のせいじゃな…イタッ」
ヘルガが男の頭を殴った。
親指が中に入っていて、ちゃんと関節を当てている。
「だから誰がオバサンだっ言葉に気をつけなっ」
「暴力ばばぁ…」
追加が入った。
彼の性格なのか、ヘルガが気に入ったのかはわからないが、めちゃくちゃ仲が良くなったようだった。
改めて彼の方を見ると、顔だけ不健康そうな成人男性という感じだった。
助けた時は倒れてたからわからなかったが、わりと背が高いらしく、俺とそんなに変わらない。
身体つきも入団訓練だけ受けた騎士団の内務官のような印象だ。
茶色っぽい黒髪で、端正な顔立ちをしている。
俺が助けた子に何となく似たような雰囲気だった。
「イイから自己紹介しな、」
ヘルガに背中を叩かれて、うっと唸っている。
「あ~、アンタが団長?」
再度ヘルガが背中を叩く。
「言葉遣いもうちょっとなんとかならないのかい、イイ大人のくせに」
「悪い悪い。んん!
助けて頂いて、ありがとうございました。わけもわからないうちにそのまま死ぬトコロでした。
私は橘 楪日と申します。言いにくい名前ですので、周りの者達にはゆい、ユリ、ユズと呼ばれております。言いやすいように呼んでください」
「おや、出来るんだねぇ。気持ち悪いけど」
「やらせといて文句言うなよ、」
「はは、もっと気楽に話してくれて構わないよ、」
「ハイハイ!私は津田 明!皆にはアケって呼ばれてます!助けてくれてありがとうございました!」
「ユリとアケだな。こちらこそ、そのまま体調崩してしまい、挨拶が遅くなってすまなかった。
サンツェッタ・ラプロー連邦国騎士団団長の、アルベルト・ゼナスカだ。慣れない異世界で不便だとは思うが、出来る限りは支援させてもらうので安心して欲しい」
「ありがとうございますっ」
「ありがとう」
二人はそれぞれ頭を下げた。
アケは華奢な身体つきだったが、その体格から連想させるほど小柄ではなく、ユエリスより少し低いくらいだった。大きな青い瞳をパチパチさせながら、かきあげた肩上の黒髪は青っぽかった。
「それで早速だが、アンタが助けたお嬢ちゃんに問題が起きていてね。今その議論をしていた所だ。座って話そうか」
ヘルガが再度座っていた椅子に戻り、他の二人もそれに習った。
俺もヘルガ側とユエリス側の間に用意されていた椅子に座った。
「ぷきゅっ」
座ったと同時に子竜が俺の膝に乗ってきた。
指定席みたいな顔をして、丁度いい感じと言わんばかりに俺の胸を背もたれにしておさまっている。
まあまあデカい。
いや、お前は聞いてもわからないだろう。
「緊張感なくなるねぇ、こいつ」
「まあ、これで落ち着いてるなら、これで」
「名前はつけたのかい、」
「すぐに飽きて親元に帰るだろうし、」
「わからんだろう、それでも見かけたら寄ってくるかも知れんし。そん時名前を呼んだら嬉しいんじゃないかい、」
長くいるとは思ってないので、正直面倒くさい。
名前までつけてしまったら、思い入れが出来てしまう。
「えええ……、じゃあピィピィ鳴くからピィ」
「子竜は皆ピィピィ鳴くだろう、」
「う、じゃあ風を操るから、カゼ」
「センスないねぇ、子供にコドモってつけるような感情のない発想はやめてくれ、」
テキトーにつけようとしてるのがバレてる。
さすがにあからさま過ぎたか。
「シルフィ」
ユリがすっと隙間に入るような声で言った。
「シルフィ。元の世界の有名な神話とか戯曲に出て来る、風の妖精の名前なんだけど、」
彼らの世界には妖精がいるのか。
そりゃあ、そんな風に交流があったら子竜に驚くことはないか。
「シルフィか。じゃあシルフィで」
「一番まともな名前だな、」
子竜の顔を向いて伝えてみる。
「よし、お前の名前はシルフィだ」
「ピィ!」
大きなエメラルドグリーンの目を輝かせて、嬉しそうに口を開けて笑っている。
通じたのか?
喉をぐっぐっと鳴らし、機嫌良く座っている。
「それじゃヘルガ、話をはじめてくれ、」
「ああ、」