はじめまして、異世界人です。ー4
「うわぁ、あいつ完全に恩知らずの迷惑野郎じゃん、」
「う、まあ、平たく言えばそうなるね、」
「兄として、すまん」
「わざとではないから仕方ないけどねぇ、団長のアルベルトは魔力不足で今は寝てるが、後でここに来るように言ってある」
「そんなにすぐ回復するもんなのか?」
「いや、アルベルトは魔力が異常でねぇ、普通の人間が百だとしたら、やつは一千万くらいだ、」
何その戦闘力。
チートじゃんか。
むしろ魔王じゃん。
いやでもその半分をウチの子が持ってったんだよなぁ…。
ヘルガはベッド脇の椅子に持たれて脚を組み、右手を口元において一つ、咳払いした。
「この世界には魔法っていう便利なものがあるんだが、それを行使するには魔力が必要だ。魔力は精神力に近いものだが、また別で、だが七割以上を消費すると、精神力にも体力にも影響が出て来る。意識混濁、強い倦怠感、異常な眠気、頭痛、めまい、吐き気、その他いろいろな症状が表れる。
逆も然りで、急激な魔力上昇や増加は同じような症状が出る、」
「食あたりみたいだな、」
「まあ、そんなもんだ。何事もほどほどが一番なのさ。
で、アルベルトは魔力も異常だが、回復力も異常だ。たとえ魔力が体力を削ったところで、ほっといても一週間も寝たら完全に復活するだろう。
普通の人間はそんなことしたら死ぬか、生き延びて治療しても数ヶ月は動けない上に後遺症も残るけどねぇ。
まあ、薬も沢山打っといたし、動ける程度には回復するはずさ」
もうラスボスじゃんか。
スマホゲームで、不特定多数のユーザー全員でショボいダメージちまちま与えて倒してくやつ。
「ほんで、問題はお嬢ちゃん、アンタの妹だ」
「ん?」
「あの子はドレインっていう、千年に一人いるかいないかってくらい珍しい、魔力を奪う能力を持っているようでね、」
「何だその千年に一人の逸材みたいな」
奇跡のアイドルか。
「いや、本当にそうなんだ。恐らく救命措置の時にアルベルトの魔力に反応したんだろう、」
「え、でもただの人工呼吸じゃんか、」
「その際に魔力を一緒に流して、体内から刺激するんだ。血縁者と同性同士には効かない、使い勝手の悪いものなんだが、れっきとした救命措置さ。
アンタらは異世界人だからね、どんな魔力がどんだけ眠っているかもわからないが、普通はこんなこと起こらない」
「何その縛り。ま、それで助かったけど、」
「それでアンタの妹は魔力過多で寝込んでるわけだが、アルベルトの魔力を消化できないみたいなんだ。だからといって、あの大量の魔力をまた一気に返したら今度こそ命が危ない。でもこのままじゃずっと目覚めない」
「………、」
それは困る。
ウチの子は何でこんなことになったんだ。
深いため息を吐いて、頭を抱えた。
魔力って何だよ。
そんな得体の知れないもんで、死ぬのか。
この世界は、傷も病気もなくても死ねる世界か。
胸の辺りがすーっと冷えていくような感覚になった。
「それでねぇ、身内のアンタには、ちょっと、言いにくいんだが。
ーーーやつとお嬢ちゃんの魔力を馴染ませて同化することで、無理矢理自分の魔力と認識させることが出来れば、とりあえずの命の危険からは守れるんだが、ね…、その、方法なんだがね…、」
「…?何か問題あんのか?死ぬよりマシだろ、」
メチャクチャ口ごもってる。
目を逸らして、葛藤しているような表情で、組んでいる脚を戻していた。
「救命措置で魔力を流す時、どこから伝わっていくかわかるかい、」
「空気みたいなもんじゃないのか、」
「魔力は自身の中にしか存在出来ないから、空気に溶け込むことはない」
「え、じゃあ、救命措置…呼吸………、粘膜?」
あ、何か嫌な予感。
「接触した時の、体液を仲介している、」
「何か、メチャクチャ聞きたくない」
思わずうなだれて、右手で顔を覆った。
こんなくそほど面白くない展開あるかよ。
家族のそういう話が一番つまらない。
親じゃないだけマシとか、いや変わらねーよ。
タバコが吸いたい。
「一応、方法はいろいろあるんだが、どっちにしろお嬢ちゃんにも負担がかかる話だからね、同郷の身内がいるなら話してからだと思ってな、」
「はぁ……、」
「一番早くて安全なのは裸で抱き合うことだが、それはさすがに恋人でも夫婦でもないやつらがやるのは酷だろう」
「ウチの子は可愛いが、その団長がウチの子の好みかはわからんからな」
「おい、何でアルベルトの選択権はないんだ、」
「ウチの子第一」
「一応やつの名誉の為に言うが、年もお前と同じくらいで、顔もかなりイイ方だぞ。むしろ鍛えてるから身体つきも……って、そんなことはイイ!
あとは、もう一度同じ救命措置をする方法。抱き合うよりはだいぶ時間がかかるが、これもまあまあ安全だ。
最後はお互いの身体を傷付けて、傷同士を合わせる血液接触だな。傷は腕とかでイイだろうが、それなりに深く大きくないといけない上に、お互いの魔力が他の体液よりも直接的にぶつかる形になる。魔力が反発しやすく、今は制御するのがアルベルトのみで負担も大きい。お嬢ちゃんも寝ながら腕を切られるし、お互いに体力がいる。
ーーーどうするんだい」
何でえろいかグロいしかないんだよ、ファンタジーのくせに。
魔法って呪文唱えて杖でビビーッとやってハイOKじゃないのかよ。
おでこに傷ついた黒縁丸眼鏡の少年はどうした!
クソッ
個人的には、血液接触が一番安心だけど、りんに傷付けるのは嫌だ。
かといって、裸で抱き合うのは論外。
意識ない相手を剥いてすっぽんぽんで抱きつくなんて、もう夜這いじゃん。
どんなイケメンでもキモすぎだろ。
消去法で残るのは救命措置ーーーキス。
知らん男に長い時間キスされてるとか、不愉快だ。
本当に他にないのか。
イライラする。
「タバコ吸いたい、」
「何だって、」
「タバコ」
「………まったく、ここは医務室だ。ついといで」
ヘルガに従い医務室を出ると、正面の部屋の脇の奥にドアがあった。
ドアの外は屋根付きのベランダになっていて、ヘルガについて歩いていくと、テーブルの上に金魚鉢みたいな形の壷が置いてあった。
中には水が張られており、吸い殻が十本くらい浮いていた。
白衣のポケットからタバコを取り出し、ほい、と渡される。
口にくわえると、ヘルガが指先で丁度いい大きさの火を着けてくれた。
「魔法ってクソだと思ったけど、やっぱ便利だな、」
「ははは、便利だからクソにもなるのさ。
ーーーこっちの世界のタバコはどうだい、」
パソコンとかスマホでデータ管理すると、機械が潰れた時に一気にゴミになる的なもんか。
修理やデータ復旧には時間がかかるし、色んなロックを解除して潰れた原因を解析していかなきゃならない。
「………悪くない。後でくれ」
「………無遠慮なやつだね、アンタは、」
そう言って、ヘルガも自分のタバコに火を着けた。
ベランダの奥には落ちて死にかけた川がゆったり流れている。
たまに顔を出したり飛び跳ねて翼をバタバタ動かしているのが、水竜ってやつだろう。
鳥の羽が生えたトカゲみたいで、漫画でよく見られたドラゴンよりもちょっとイメージが違った。
俺達を助けてくれた水竜達は、屋上にいるらしい。
落ち着いたら会いに行こう。